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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
2章 最初のお仕事は突然に
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私、代わりに作ってみせます!

 慌てて店に飛び込んできたのは三十代ぐらいに見える男性だった。腰に剣をぶら下げているから冒険者であることは間違いないと思う。

 その人がメイリィに対し、息を切らしながらも事情の説明を始めた。


「イザークが倒れたって、それ本当かい?」


「ほんとだよ。俺たちもイザークさんに頼まれて、大急ぎで素材を採取してきたのに、ドアを叩いても反応がなくて。それで家の外へ回って、窓から部屋の様子を覗いてみたら倒れてたんだ。だから急いで窓を叩き割ってなかへ入って、体をゆすりながら呼びかけたらどうにか意識を取り戻してくれたんだが、かなりの高熱でな。しかも話を訊いたら、メイリィさんの店に納品予定だっていうじゃないか。それでどうすればいいか、イザークさんの代わりに訊きに来たんだよ」


「うーん、彼が無事だったのは喜ばしいけど、商品が届かないのは正直困ったね」


「欠品したらやはりまずいのか?」


「ああ。普通の商品なら別に構わないんだけどね、今回は今日の夕方五時までに納品するってお客さんに伝えてしまってるんだよ。しかもそのお客さん、今日中にはクノッフェンを離れるそうだから、明日買いに来てもらうわけにもいかなくてさ。馬車の時間もあるし、遅れるわけにはいかないんだよ」


「そいつは困ったな」


「母親へのプレゼントに買って帰りたいって楽しみにしてたんだけどねえ」


 二人は難しい顔して考え込んでしまった。どうやら観光客がお土産とするために購入予定だったらしい。相手に伝える連絡手段もなく、お断りの電話もできない。店に来られたお客さんに事情を伝えて謝るしかないね、とメイリィは悲しそうに言う。


 そんな二人のやり取りを、ニーナは店の出入り口付近でずっと眺めていた。


「あの……」


 遠慮がちに二人の会話に割って入る。メイリィたちの視線がニーナへと集まる。

 口を挟んでよかったのだろうか。若干迷いながらも、ニーナはメイリィに質問した。


「その納品して欲しかった品物って、具体的になんですか?」


「化粧水だよ。正式名称は<海月美人くらげびじん>っていって、クノッフェンでしか手に入らない素材を使った珍しい商品さ」


 この近辺で採れた素材を使った調合品らしい。

 当然ニーナは、その商品のことをなにも知らないけれど。


「それって錬金術で調合したもので、しかも素材は用意されているんですよね? だったら私が代わりに作りましょうか?」


 ニーナのこの提案に、二人は大きく目を見開いた。それだけじゃなく、いまやこの場に居た他の店員や客もニーナの言葉に注目している。なかには失礼にも笑い声をあげるものまで。


 なんだか身の丈以上の出過ぎた発言をしてしまったようである。

 やっぱり口を挟むんじゃなかった、と早くも後悔するが、でも誰かが困っているなら助けたいとも思った。


 しかし、そんなニーナの想いも他の人には伝わらない。

 お前みたいな子供に作れるわけないだろ、と客の一人が馬鹿にしたように言ってきた。


「一応これでも十五歳の錬金術師です! イザークさんのレシピ帳をお借りして、隣りで見守ってもらいながらなら、私だって作れるはずなんです!」


「どうせ目立ちたいだけなんだろ? たまにいるんだよね、そういう若い奴」


「ち、違います! 私はただ、困っている人がいるなら役に立ちたいと思っただけで……」


 ニーナは必死になって訴える。なんでこんなにも必死になっているのかは、自分でもよく分からないけれども。


 けれど、やはりみんなは顔を見合わせて笑うだけだった。子供がなにを言ってるんだと、そんな簡単に同じものが作れたら苦労はしないと、まともに相手をしてもらえない。メイリィでさえも、あんたのヘンテコな発明品を見たあとじゃねえ、と任せてくれようとしなかった。


 なんだか自分が惨めに思えてきた。

 望まれていないのならもういいのではないか。

 ニーナは諦めそうになる。


 応援してくれる声が聞こえたのは、そんなときだった。


「──それでも、やるだけやってみてもらえばいいじゃない」


 突然背後から声が聞こえて、ニーナはビクッと肩を震わせた。

 まさか、こんなにも近くにいるなんて思いもしなかった。


「……シャンテちゃん。それにロブさんも、どうしてここに?」


 すぐ後ろ、壁に寄り掛かるようにして話を聞いていたのはシャンテたちだった。


「たまたま近くを通っただけ。別にニーナの契約がどうなったか気になったとか、それで自分たちのことに集中できなくて居ても立っても居られなくなったとか、そういうことじゃないんだからね」


 シャンテは早口でまくし立てた。

 ロブは、そういうことのようです、とどこか他人事のように言うのだが、すると店内がしんと静まり返った。みんな喋るブタに呆気にとられたみたいだ。


 アンタら一体誰なんだい、とメイリィが目を丸くしながら訊ねる。


「誰かなんて別にいまはどうでもいいじゃない。それより途中からしか訊いてないから事情は詳しく知らないけども、でも商品が届かないと困る人がいて、それを解決できるかもしれないのはニーナだけなんでしょう? 他に方法がないのなら、ニーナに頼るしかないじゃない。それとそこのアンタ──」


 シャンテは足早に店内へと入っていき、ニーナのことを笑った客に詰め寄る。

 客は気圧されるように一歩後ずさった。


「アンタ、随分とニーナのことを馬鹿にしていたようだけど、アンタならこの状況をどうにかできるの? それとも他になにか良い案でもあるというの? ねえ? ねえっ!?」


 そ、それは、と客は狼狽える。助けてくれと周りの人間に目配せするものの、他の者たちは気まずそうに目を逸らすだけだった。


「ないんでしょう? だったら、勇気を出して提案したニーナのことを笑うんじゃなく、頑張れって背中を押してあげたらいいじゃない。そうでしょう?」


 客はもう許してくれと言わんばかりに何度も頷いた。

 シャンテはふんっ、と客を一瞥して、それからメイリィへと向き直る。


「どう? 正直言って、商品がなくて困るのはお店とお客さんだけ。ニーナはなにも困らない。それでもニーナはみんなを助けようとしてくれてるんだよ? 可能性があるのに諦めたいならそれでもいいけどさ、もしお客さんの喜ぶ顔が見たいのなら、ニーナの気が変わらないうちに早く頭を下げてお願いすべきなんじゃない?」


「……そうだね。お客さんのことを考えたら、店主としてお願いしないわけにもいかないね。イザークも意識があるのなら手伝ってくれるだろうし、それじゃあ、ニーナに任せてもいいかい?」


「はいっ、精いっぱい頑張らせていただきます!」


「もちろんアタシも手伝うわよ。とりあえずそのイザークさんのところまで行ってみましょ」


 まさか本当に任せてもらえるなんて。自分の発言から始まったことなのに、いざ任せてもらえるとなると途端に不安が押し寄せる。

 それでもシャンテが、悔しい気持ちを代弁するかのように抗議してくれたことが嬉しかった。足元を見ると、ロブもにっと笑ってくれている。だからやれるだけやってみようと思うのだ。







 目的地に辿り着いたころには、ニーナは既にへとへとだった。

 イザークの家では、もう一人の冒険者が看病にあたっていた。ベッドの上で苦しそうに呼吸を繰り返す痩せ気味の男性を、髪の長い女性が見守っている。紅い髪をゴムで一つくくりにしているようだ。


 ニーナはイザークに代わって自分が作ろうと思っていることを伝えると、イザークはよほど驚いたのか、上半身を起こしてニーナをまじまじと見た。


「ほ、本気なのか? だが、君は商品のレシピを知らないだろ?」


「私も一人で錬成できるとは思っていません。ですがレシピ帳を見せてもらって、隣りでアドバイスを頂けるのであれば、作成することもできると思うのです」


 イザークは額に手を当てて考え込む。戸棚の上の置時計に視線を送り、あと一時間もないのか、と呟く。


「いまから準備してもギリギリだな」


「でも、間に合うんですね? だったらやらせてください!」


「……分かった。本当ならレシピなんて他人に教えるものじゃないが、今回は病気になっちまった俺が悪い。協力してくれるなんて願ってもないことだ。頼む、力を貸してくれ」


 深々と頭を下げるイザークに、ニーナは恐縮しきりだ。いいですから早く準備に取り掛かりましょう、と男を急かす。


 工房に移動して、さっそくレシピ帳を見せてもらう。木製の丸テーブルと椅子が一つ、それに素材が入った瓶が並ぶ戸棚。左には大きな本棚に分厚い本がぎっしりと詰まっている。ニーナは本棚からレシピ帳を抜き出して、それをテーブルの上に広げた。


 失礼ながらイザークは、あまり清潔感のない男だ。髪は伸び放題で無精ひげも生えている。表情も険しく、気難しい性格なのかもと思っていた。


 けれどレシピ帳への記入はかなり几帳面だ。文字も綺麗で読みやすく、細かなところまで注意点がメモされている。完成品の写真も貼られているから、イメージもしやすい。


(最後の工程にさえ気を付ければ、私でも作れるかも……!)


 なんとかなりそうなの、とシャンテが訊ねてくる。


「このレシピ帳があれば大丈夫。でも時間がないんだ。準備を手伝ってもらえるかな?」


「もちろん。アタシにできることならなんでもやるわ」


 そこからは手分けして準備に取り掛かった。

 イザークには椅子に座ってもらい、女性には引き続きイザークの看病をお願いした。シャンテには黄緑色のドロッとした液体である<マナ溶液>を、壺のような形の錬金釜になみなみと注いでもらい、それを<ヴルカンの炎>で温める。そして冒険者の男には、ニーナが読み上げた素材を戸棚から探してもらった。


「えっと、必要なものは<プリズムリーフ>と<ローズウォーター>と<白樺しらかばの樹液>です。見つけたらテーブルの上に置いてください。<ローズウォーター>はピンク色をした液体なので、すぐ見つかるかと」


「ああ、ほんとだ。あったあった……」


 錬金術の素材は基本的に瓶に入れて、ラベルで素材名を書いて保管しておくのが一般的だ。素材屋でも瓶詰の状態で売られてあるので、そのまま家で保管できる。ちなみに、これらの瓶はすべて<拡縮自在の魔法瓶>だ。ニーナのリュックサックと同様に、瓶の中は異空間が広がっており、見た目以上に収納できる。そもそもの瓶の大きさも変更することができるため、やろうと思えば、人を瓶に入れたあとで小さくすることもできたりする。


 冒険者たちもこの瓶を使用して素材を採取したりと、いまや人々の生活に欠かせない必需品となった。いつか私もこんな凄い発明がしてみたいなと、ニーナはこの瓶を見るたびに思っていた。


「ない、ない、これでも……あった! これか。これだな。よし!」


 もう一度レシピ帳に記された工程を確認しているあいだに、男が三つの素材を見つけることができたようだ。いまからそっちに持っていくよ、という彼に、お願いします、とレシピ帳に視線を落としたまま答えるのだけれど。


「あっ──」


 冒険者二人の声が重なる。

 次の瞬間、瓶の割れる音が工房内に響いた。

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