弟子入り志願
あまりに突然の弟子入り志願に、なんと答えたらいいかわからなかった。とりあえず濡れたままでは風邪をひいてしまうからと、ミスティにはお風呂を勧めたのだけど。
「で、今日はもう遅いし、この雨だから泊っていってもらうとして、これからどうするの?」
「私としてはミスティさんのことを応援したいと思うし、できることがあるなら協力してあげたいと思うんだ。今日この街に来たばかりで、たぶんまだ家も決めてないみたいだけど、うちにはまだ空き部屋もあるし」
「なるほど、初めての弟子を可愛がってあげたいと」
「うぅ、そんなんじゃないよ。ただ私と同じように、夢を追って村を飛び出してきたミスティさんの力になりたいだけ。それにまだ、先生を引き受けるかどうかは悩んでるんだよね。なんか自分が先生だなんてしっくりこないというか、そもそもミスティさんは同い年だし」
「そこは気にしなくていいでしょ。向こうは錬金術の勉強を始めてまだ半年って話だし、ニーナのほうが経験と知識があるのなら教えてあげればいいのよ」
「それはそうかもだけど。とりあえずシャンテちゃんはミスティさんを泊めてあげてもいいと思う?」
まあ、しばらくのあいだだけなら、とシャンテは頷く。
「ロブさんは……訊くまでもないか」
ミスティは同性のニーナから見ても綺麗な人だった。理由はそれだけでじゅうぶんである。
「おー、俺は大歓迎なんだぜ。空き部屋といったら俺が寝てるへ」
──どごぉ!
すべてを言い終わらないうちに、シャンテのげんこつが炸裂する。
今日のはいつにも増して痛そうだ。
「兄さんと一緒の部屋になるなんて気の毒だし、なにしでかすかもわかんないから、しばらくのあいだはアタシが兄さんの部屋に移るわ」
「おー、我が妹が添い寝を」
──どごぉ!
「部屋を移動するだけよ。というわけだからニーナはミスティと同じ部屋で眠りなさい」
あはは……
ニーナは苦笑まじりに頷くのであった。
◆
ほどなくして、お風呂を済ませたミスティと一緒に夕食を取ることになった。本日の夕食の献立は温かいシチュー。幸いにも一人増えても問題のないメニューで良かった。そのぶんロブはお代わりできなくなってしまったが、これから数日のあいだ美人と過ごすことができるとあって上機嫌である。
「何から何まですみません」
夕食を終えたミスティがあらたまって言う。
「気にしないでください。いきなり弟子にしてほしいと言われたときは驚きましたけど、わざわざ遠くから私に会いに来てくれたことはとても嬉しいですし」
「確かに、アタシたちのことを知ってくれているのは悪い気はしないわね。ただ、さっきは勢いで村を飛び出してきたみたいなことを言ってたように思うけど、これからのことはどう考えてるの? 住む場所とかは決めてる?」
「それが、お恥ずかしい話ながらまだなんです。しかも、ここへ来る途中のどこかでお財布を落としてしまいまして」
「えっ、お財布を?」
「そうなんです。一応お金は小分けにして保管してあったので、失くしたのは手持ちの半分だけで済んだのですが、それでも私にとっては凄く痛手で。正直に言うと途方に暮れています。あの、お金のことをニーナさんに相談しても困らせてしまうだけだと思うのですが、これから私はどうすればいいのでしょうか?」
そう言ってミスティは肩を落として俯いてしまう。金銭の悩みはニーナにも経験があったから、ミスティの胸の苦しみは痛いほどよくわかった。
「そう暗い顔をしないでください。誰か親切な方がお財布を拾ってくれているかもしれませんし、それに泊まる場所でしたら、しばらくここを使ってくれて構わないので」
「そんな、一晩泊めていただけるだけでもありがたいことなのに、そこまでお世話になるわけには……」
「遠慮しないでください。さっきシャンテちゃんやロブさんとも相談して、住む場所が決まるまで、ここで暮らしてもらおうと話し合っていたところなんです。もともとここはシェアハウスとして使われていたので、部屋にもベッドにも余裕があるんですよ」
ニーナがそう告げると、ミスティは目に涙を浮かべて泣き出してしまった。
よほど切羽詰まっていたのだろう。ひとまずの住居を確保できて安堵したみたいだ。
「住む場所だって、この家を貸してくれたイザベラさんに頼めば、きっと良い家を紹介してくれるに決まってます。ですから、安心してください」
「……はい!」
「とはいえ、この街で暮らしていくには稼ぎがないといけない訳ですが、ミスティさんはこれまでどのようなレシピを創作したのですか? あるいはオリジナルでなくとも、これまで調合したことのある商品があれば教えてもらいたいのですが」
錬金術師が錬金術の腕前だけで生活していくには、大きく分けて三つの道がある。一つは自分のお店を持つこと。二つ目はニーナのように、どこかしらのお店と契約をして商品を納品すること。そして三つめが、他の錬金術師の下で働かせてもらうことだ。
ミスティが弟子入りするとなれば、三つ目の方法、つまりミスティの働きに応じてニーナがお金を支払うことになるのだろうけれど、あいにくとそこまでニーナたちにも余裕は無い。だからある程度は自分の力で稼いでほしいと思い、この質問をしたのだった。
けれどミスティは自作の発明品に自信がないのか、またしても俯いてしまう。
「オリジナルの調合品が無いことも無いのですが、いずれも人に見せられるような物では無くて」
「でも、形にはなったんですよね?」
錬金術は知識と、閃きと、そしてある程度の才能がないと、黒い煙を上げるばかりでそもそも形にならないはず。
つまりミスティにはじゅんぶん錬金術師としての素養があるというわけだ。それがわかっただけでもニーナは少しだけ安心した。
「失敗作でもいいです。どんなものを作ったことがあるのか、話してみてもらえませんか?」




