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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
11章 ガラクタ発明家を訪ねて
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ヌシが住む沼を目指して③

 続いてニーナたちは再び<風紋>を通って東のベースキャンプへと転移する。ここから<巨大ナマズ>が生息するとされる沼へと移動するのが一番の近道で、正式には<フレス湖>と呼ばれる湖が目的地だ。


「いまから移動するけど、キャンプ地の外側は魔物がうろつく危険な場所だからじゅうぶんに気を付けてよ?」


 ベースキャンプはその周囲を取り囲むように<魔よけの燭台>が設置してあるため、魔物が侵入してくることはまずない。けれどそこから一歩でも踏み出せば、いつ襲われてもおかしくない危険地帯となる。


「わかってるって。といっても、魔物って世界樹の影響でちょっと大型化した動物だろ?」


「いやいや、本当に獰猛で危険なんだって。私もこーんなに大きなクマの魔物に襲われたときは死を覚悟したんだから」


 ニーナは両手をいっぱいに広げて大きさをアピールしようとした。けれど小柄なニーナがいくら腕を広げたところでダンは笑うだけ。

 反対にテッドには脅しが効いたのか、落ち着かない様子で辺りを見渡している。


「ねえ、空から襲ってくることとかないの?」


「あるよ。<オオユグルド>みたいな巨大な怪鳥に鷲掴みにされたらひとたまりもないから、気を付けてね」


 実際ニーナは、自分なんかとは比べ物にならないほど大きな存在である<バトルベアー>が、<オオユグルド>に一瞬で捕獲されるところを目の当たりにしたことがある。


「うええ、なんだか急に怖くなってきたよ」


「大丈夫だって。襲ってくるやつらはみんな俺が斬ってやるよ。あっ、でも<ユグ>とか<オオユグルド>は傷つけたらダメだって受付のお姉さんが言ってたな」


 この地域では昔からフクロウのことを<ユグ>と呼び、世界樹の守り神として崇めている。そして、そんな<ユグ>のなかでも一際大きな体躯を誇るフクロウを<オオユグルド>と呼んでいる。彼らが持つ羽は錬金素材として非常に優秀なのだが捕獲は禁じられており、傷つけると厳しい罰則が待っている。


「もしだけどよ、連れ去られそうになったらどうすりゃいいんだ?」


「そこは……ロブさんにお任せしよう。きっと誰も傷つけることなく解決してくれるから」


「俺か? まあ、この前海賊と戦ったときに編み出した新技で対処すればなんとかなるか」


「……海賊?」


 このロブの言葉にダンとテッドは同時に首を傾げた。

 ついうっかり口を滑らせたロブはしまったという顔をする。

 そこへすかさずシャンテが、夢のなかの話よ、とフォローを入れる。


「兄さんは変わり者でね、夢の内容から新しい魔法を編み出すことがあるの。実際に海賊と戦ったわけじゃないわ」


「そうそう、俺って天才だから、寝てる間に魔法が閃いちゃうこともあるのよ」


 ふーん、そういうものなのか、と魔法に詳しくない二人はどうにか納得してくれたみたいだった。


 気を取り直して、ニーナたちは<フレス湖>を目指して歩き出す。先頭はニーナとロブ。その後ろをダンとテッドが歩き、しんがりをシャンテが務める。


「おいおい、あれ見ろよテッド、なんか木の上にネコみたいなのがいるぜ?」


「あっ、ほんとだ」


 パシャリ、とシャッターを切る音が聞こえる。


「もう、二人とも遊びじゃないんだから、もうちょっと集中して歩いてよね」


「わかってるって」


「珍しいものが見えても勝手に行動しちゃダメだからね?」


「へいへい」


「ここでは私のほうが先輩なんだから、ちゃんと言うこと聞いてよ?」


「ほいほい」


 まったく、なんて適当な返事なのだろう。気を抜くと危ない場所だってわかってくれているんだろうか。

 ……って、あれ?


「あっ、<アンブレラキノコ>だ!」


 ニーナは倒木の側にびっしりと生えるそれを見つけては一目散に側に駆け寄り、服が汚れることも厭わずに地面に膝をつく。そしてポシェットからスコップと<拡縮自在の魔法瓶>を取り出すと、さっそく採取を開始する。


「なあ、ニーナ?」


「なに?」


 追いかけてきたダンに話しかけられてもお構いなし。ニーナは手を止めることなく採取を続ける。こんなにも大きなキノコが手つかずで残っているなんて珍しい。


「その真っ赤なキノコも錬金術に使う素材なのか?」


「そうだよ。<アンブレラキノコ>といってね、この大きな傘の部分が特徴的なんだ。でもそれ以上に見て欲しいのがこの部分なの」


 ニーナは真っ赤なキノコを採取すると、それを裏返してみせる。その裏側には蜘蛛の巣のような白い糸がびっしりとくっついていた。

 それを見たダンは、なんだよそれ、と顔をしかめる。


「これはキノコの菌糸だよ。この細い綿みたいなものを伸ばしてキノコは栄養を吸い取り成長するんだ。普通のキノコは土のなかや落ち葉の下なんかに菌糸を伸ばすんだけど、<アンブレラキノコ>は巨大な傘の部分の裏側にびっしりと菌糸を張り巡らせると同時に、獲物をおびき寄せるために甘い香りを出すの。で、飛んできた虫なんかを捕らえて養分にしちゃうんだ。ちなみにキノコの本体ってどこだと思う?」


「そりゃあそのでっかい傘の部分か、その下の茎みたいなところじゃねーの?」


「ぶぶーっ。正解は、この菌糸の部分でした。私たちが普段食べてる部分は子実体しじつたいっていってね、ここから胞子を飛ばして子孫を残すんだ。まあこの子実体も菌糸が集まってできたものだから、そういう意味では本体といっても間違いじゃないのかもだけど」


「へー、なるほどなぁ。……でさあ」


「うん、なに?」


「珍しいものを見つけても勝手な行動をしちゃいけないって、誰かさん言ってなかった?」


「……あっ」


 うん、これはやってしまいました。

 あれだけ注意を促していた本人がそれを破るなんて、ダンに文句を言われても仕方がない。遠くではシャンテが呆れ顔で、追いかけてきてすらいなかった。


「え、ええと、ほら、私は慣れてるから別にいいというか、これも遊びじゃなくてれっきとした仕事といいますか」


「あー、はいはい、わかったわかった。だからさっさと採取しちまえよ」


 うぅ、適当にあしらわれてしまった。せっかく先輩風を吹かせていたのに、これでは面目丸つぶれである。

 と、そのとき、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れた。ニーナは<七曲がりサンダーワンド>を手繰り寄せて、急いで立ち上がる。


「うおっ!」


 さっと飛び出してきたのは黄色いネコだった。それが茂みを抜けてきたかと思うと、わき目もふらずに背後を駆け抜けていったのである。


「なんだ、ネコか。驚かすなよ」


 体をこわばらせていたダンがふぅーと息を吐く。

 しかしニーナはむしろ警戒を強める。先ほど一瞬だけ見えたネコ、恐らくは<エレクトリカルキャット>という名の小動物は、なにかに追われているようだった。


 だとしたら──


 再び茂みの揺れる音。そして間髪入れずに現れた灰色の獣。茂みを飛び越えてやってきたそいつがジロリとこちらを睨む。美しい空中姿勢。オオカミに似た生き物と目が合ったとき、時が止まったような錯覚を覚える。が、ニーナはここで半歩踏み出し、杖を小さく振りかぶった。


「ええいっ!」


 思いのほか距離が近かったものの、しかし警戒していたために咄嗟に体が動いた。

 コンパクトに杖を振って叩き落とすと、怯んだ隙に至近距離から雷撃を繰り出す。


「キャウウン……!」


 雷撃を浴びたオオカミはびっくりしたように跳びあがり、そのままひっくり返って倒れた。

 ──ふぅ……なんとかなったみたい。


「まじかよ」


 呟くようにそう言ったダンは、まだ呆然とした様子で横たわるオオカミを見つめている。


「ね、だからここは危ないって言ったでしょ? というか、せめて腰の剣に手をかけるぐらいしなよ」


「し、仕方ねーだろ。いきなり飛び出してきたんだし」


「いきなりじゃないよ。初めにネコが飛び出してきたでしょ? あれが予兆だったんだよ」


「いや、それだけじゃわかんねーよ。でもまあ、とりあえず相手が一匹だけで助かったよな」


「ほんとほんと。もし群れだったとしたら……」


 ──あれ、オオカミって普通は群れで暮らす生き物じゃなかった?

 

 嫌な予感がしたものの、今度は少しばかり気付くのが遅れてしまった。周りを見渡したときにはすでに囲まれてしまっていたのだ。相手は六匹。こちらは勝手な行動をしたニーナと、あとを追いかけてきたダンの二人だけ。数の上で明らかに不利なだけでなく、新たに現れたオオカミたちは先ほど倒した個体よりも体格が一回り大きい。つまりは親。しかも額には第三の目が怪しく光っていて。


 ──しまった。このオオカミは<三つ目ウルフ>だ……!


 赤色の魔眼を直視したものは金縛りにあったかのように動けなくなると聞く。まさにニーナも指先一つ動かず、喉を震わすこともできないばかりか、軽い呼吸困難に陥りそうになっていた。目を逸らすこともできない。


 と、そのときだ。視界を遮るように巨大なブタが現れた。魔眼から解放されたニーナはけほけほと咽るように息を吸う。後ろではシャンテが、炎を灯したフレイムスピアを弧を描くように振り回して魔物たちを退ける。


「シャンテちゃん!」


「あとでお仕置きするけど、とりあえずいまは雷撃をぶっぱなしときなさい」


 ニーナは言われた通り雷撃を乱れ撃った。ロブは牙を振りかざし、シャンテも炎の刃で牽制する。

 それらの威嚇が効いたのか、オオカミたちは唸り声を上げるだけで近寄ってこようとしない。やがて先ほど倒れたオオカミが立ち上がると、群れは仲間を伴い逃げていった。


 ──どごぉ!


「いったぁ……!」


「痛いじゃないでしょ。勝手な行動をして!」


「ご、ごめんなさい」


「珍しいものを見ると飛び出しちゃうのはいつものことだけど、今日はダンとテッドの二人がいるんだから、アンタがしっかりしないとダメじゃない」


「はい、その通りです」


「まあすぐに追いかけなかったアタシたちも悪いんだけどさ、とりあえず<フレス湖>までもう寄り道しないこと。いい?」


 はい、とニーナは素直に返事をして、頭を下げた。げんこつを受けた個所がズキズキと痛むけれど、これは仕方がないことである。


「さっ、気を取り直して元気に行くわよ」


 気落ちしかけたところで、ばんっ、と背中を叩かれて前を歩かされる。

 怒られたけど、ここで落ち込んでちゃダメだよね。失敗したぶんは挽回すればいいのである。


「怒られてやんの」


 ボソッと、ダンがニーナの耳元で呟いた。


「うっさい。いい、絶対に<巨大ナマズ>を釣り上げてみせるんだから、張り切っていくよ!?」


「おおっ、そう来なくっちゃな! ほら、テッドもテンション上げてこうぜ」


「えっ、僕は関係……なくはないか。よし、いこうっ!」


 おーっ、と三人は声を揃えて、今度こそ真っすぐに<フレス湖>を目指すのであった。

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