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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
2章 最初のお仕事は突然に
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頑鉄ジジイの家

 ニーナはふぅ、と息を吐いた。

 ちょうどいま、カフェのテラス席で食後のハーブティを飲んでいるところだった。優雅な朝。今日だけの贅沢な時間である。


 朝食は三人で割り勘だった。といってもロブのお金はシャンテが管理しているようだったが。


 シャンテは、ロブがニーナの食料を食べてしまったことを気にして、今日はおごると言ってくれた。しかしニーナはこれを断った。そもそも昨日はムスペルを信じてのこのことついていってしまった自分が悪いのだ。シャンテが疑ってくれなければ無事では済まなかった。ロブにも助けられたことだし、食料のことは気にしていない。だから割り勘にしようと提案した。それならと、シャンテもあっさりと同意してくれた。


 シャンテのそういうサバサバとした性格は好感が持てる。変に気を遣わなくてもいいから話しやすい。


「さてと、これから一緒に暮らすことになったんだし、あらためてニーナがこの街でやりたいことを訊かせてよ」


 食事を終えて一息ついたタイミングを見計らって、シャンテは話を切り出した。


「ニーナの目標は、世界をあっと驚かせる発明家になることだったわよね。具体的にはなにから始める予定なの?」


「えっとね、まずは魔法雑貨店と契約したい。実家から自信作をいくつか持ってきたから、それを持ち込んでみて、契約してもらえるようお願いして、そうして得た収入で素材を買って、また新しい発明品づくりに取り組みたい。できた発明品をまた魔法雑貨店と契約して、お金を貰って……という風に繰り返していけば、夢へと一歩ずつ近づいていけるんじゃないかと思ってるんだ」


「なるほど。考え方自体は意外とシンプルで堅実ね。ニーナのことだから、もっとぶっ飛んだプランを考えているのかと思ってたわ」


「あっ、ひどーい!」


 ニーナは頬を膨らませる。


「そういうシャンテちゃんはどうなの? 昨日は解決したいことがあるって、なにか言いかけてたみたいだったけど」


「よく覚えてるわね。そっ、兄さんにまつわることでちょっとね」


 そう言ってシャンテは、足元にいたロブを自分の膝の上にのせる。テーブルの上からちょこんと顔を出す形になったブタさん。こうして見ると可愛らしい。だからって朝の出来事を許す気にはなれないけれど。


 シャンテは辺りを見渡した。まだ朝早いこともあって、お客さんの数はまばらであるが、それでも声を潜めて言う。


「兄さんはね、魔女に呪いをかけられてしまったの」


 ニーナは言葉を失った。

 けれど思い返す。昨日、助けてもらったあのとき、確かにロブは「呪いの解き方を忘れていた」などと言っていたような気がする。それにシャンテは魔女なのかと訊ねたとき、なんとも微妙な表情をしていた。あれは魔女を憎んでいたからこそ間違われて複雑な気持ちだったのかもしれない。


「アタシと兄さんは幼いころに両親を流行病で亡くして以来ずっと、二人で旅をして生きてきたの。兄さんはアタシと違って人並外れた魔法の才能があったから、そのうわさを聞き付けた人たちからひっきりなしに仕事を頼まれて、だから食べることに苦労したことは無かった。むしろ、すぐに安請け合いするくせに怠けようとする兄さんの扱いに困っていたぐらいよ」


 あはは……

 ニーナは苦笑した。ロブがブタになる以前から、二人の関係は変わっていないようだ。


「事件が起きたのはちょうど一年前。人里離れた山奥に突如として現れた洋館に住む女が、近くの村に住む若い男性を次々とさらっていくということで、依頼されて調査に乗り出したの。その女は怪しい術を使うとは訊いていたけれど、兄さんがいれば楽勝だと思っていたわ。そう、あのときまでは」


 ニーナはごくりと唾を飲み込む。


「実際、魔法使いとしての才能は今でも兄さんのほうが上だと思っている。でもあの女、リムステラが持つ魔法の杖と、右目の赤い義眼の力は特別だった。杖か義眼。どちらか一つだけなら負けなかったと思う。でもやっぱり勝てなかった。アタシが足手まといだったせいで、兄さんは負けてしまった。それでも兄さんは魔女に一矢報いたんだけど、そのときに呪いを受けてしまって」


「それでお兄さんはブタさんの姿になっちゃったんだね」


 シャンテはゆっくりと頷いた。

 少しの沈黙。ややあって、シャンテは再び言葉を紡ぎ始める。


「それからはどうにか呪いを解こうと、各地に足を運んで情報を集めて回ったわ。その結果、王都エルトリアの図書館で、呪いを解いたという人の話が書かれた本を見つけたの。ある秘薬を調合して、それを呪われてしまった愛する人に飲ませたらしいのだけれど、その秘薬に使われた素材の一つが<輝く世界樹の葉>だったの」


「そっか。それでクノッフェンまでやってきたんだね」


「そうなのよ。他にも素材が全部で五つ必要なんだけど」


「五つも?」


「えっと、<巨大ナマズのヒゲ>、<一角獣のツノ>、<ゼノクリスタル>、<マボロシキノコ>、<妖精の涙>の五つね。その多くはクノッフェンの近くで手に入るみたいだし、それにこの街なら調合を請け負ってくれそうな凄腕の錬金術師にも会えるはず。この一年、いろんな街でいろんな解呪を試してみても呪いは解けなかったけれど、やっと有力な方法を見つけることができたんだ。たとえ困難でも、絶対に素材を集めてみせる。だからニーナも協力してよね!」


「うん、任せて!」


 良い返事ね、とシャンテは微笑む。


「そうそう、こういう呪いって実は大昔からあったみたいなの」


「そうなの?」


「うん。それでね、動物に変えられちゃった人たちを<アニメタモル>というんだって。基本的には呪いを解かない限り一生その姿のままで、一時的にでも自力で人間に戻れる兄さんは例外中の例外なんだと思う。その代わり全身の魔力と体力をものすごく消費しちゃうんだけどね」


 それであの「ぎゅるるるるるぅ……!」というすごい腹の音が鳴ったのか。ニーナは妙に納得してしまった。


「ちなみに術者を倒せば元の姿に戻れた例も報告されているから、今度あの魔女に会ったら、それはもうコテンパンにやっつけてやるんだから!」


 シャンテの目が静かに燃えている。困難な状況でもなに一つ諦めていないみたいだ。

 どうすれば協力できるのか分からないけれど、少しずつでも手掛かりを集めて一緒に考えよう。ニーナもまた秘かに決意するのであった。







 カフェをあとにした一行は、ニーナたっての希望で、窓から見えたヘンテコな家を目指すことにした。出発前にカフェの店員に訊ねたところ、そこは地元民のあいだで<頑鉄ジジイの家>と呼ばれているらしかった。


「錬金術師のオルドレイクさんが住んでいる家なんだけど、かなりの頑固者で、みんなからは頑鉄ジジイって呼ばれてるわ。ちょっとした街の観光スポットにもなってるんだけど、気難しい人だから、あんまり近くでじろじろと見ないほうがいいかも」


 なるほど。家の形がヘンテコなだけでなく、住んでいる人もまた変わり者なのか。これはより一層興味が湧いてきた。


 店員からもらった手書きの地図を頼りに歩くこと十分弱。辿り着いた目的地、頑鉄ジジイの家。街中に突如現れた異形の建物を前に、ニーナはくりりとした琥珀色の瞳を輝かせる。


「ふぉー! な、な、なんですか、この古めかしくも先鋭的なデザインのお家は!」


 頑鉄ジジイあらため錬金術師オルドレイクの家は、黄土色の鉄板をつぎはぎしたような建造物である。木枠の民家が並ぶ住宅街において、離れ小島のようにぽつんと孤立しているこの建物は明らかに異質であり、悪目立ちしているともいえる。鉄板も、ネジも、家の扉も、煙突も、そのすべてが黄土色をしており、唯一違うとすれば、丸い屋根の下に取り付けられた妙に細長い窓ぐらいなものだ。


 その窓から、通行人を怒鳴り散らすオルドレイクの姿が目撃される一方で、ここ数年家から一歩も出ていないのでは、という噂も立っているらしい。地元の人はこの家を遠巻きに眺めながらも、決して近づこうとはしないのだとか。


「あっ、見て、シャンテちゃん! 煙! しかも黒だよ、黒!」


 黒い煙が錬成の失敗を表すことぐらいはシャンテも知っていた。だからそれを見てはしゃぐのはいかがなものかとシャンテは思った。

 けれどニーナは相手の失敗を見て笑ったのではなく、むしろ感心していた。


「私ね、黒い煙は<失敗の証>じゃなくて<挑戦者の証>だと思うんだ。失敗するとみんなからからかわれちゃうけど、本当は挑戦したことを褒めるべきだと思うんだよね。それなのにこの街はどこを見ても白い煙ばかり。家の窓から街を見渡したときも、黒い煙はここ以外一つも見えなかった。それがなんだか悲しくて。もちろん素材を無駄にしたくない気持ちもわかるんだけどさ」


 そういってニーナは唇を尖らせる。頭のなかでは、村でからかわれたときのことを思い浮かべていた。悔しい想いが蘇ってきて、自分でも気付かぬうちにこぶしを握っていた。それをシャンテとロブは横目に見ながらも、黙ってニーナの言葉に耳を傾けていた。


 そのとき、人前で滅多に姿を見せないオルドレイクが細長い窓を開けて、高所から見下ろしてきた。薄汚れた白衣にふさふさの白髪と、いかにも研究者といった風貌だ。


「こらーっ! わしの偉大なる研究を笑った愚か者は誰じゃーっ!」


 オルドレイクはスパナを片手に、顔を真っ赤にして怒鳴っている。

 ニーナはしまったという顔をした。


「ご、ごめんなさい! でも私、オルドレイクさんの研究を笑ったんじゃなくて──」


「問答無用じゃあ!」


 オルドレイクはスパナを持った手を振りかぶると、あろうことか、それをニーナ目掛けて投げつけてきた。


「危ない!」


 シャンテがニーナの後頭部を押さえてしゃがませる。

 ひゅん、とスパナが朱色のベレー帽をかすめる。本当に危機一髪だった。

 それでもオルドレイクの怒りは収まらない。次々に工具を取り出しては、それらをデタラメに投げつけてくるのだ。


「ひゃあ!」


「ちっ、逃げるわよ、ニーナ!」


 せっかく会えたのに、まさかこんなことになってしまうなんて。

 ニーナは後ろ髪を引かれながらも、その場を一旦あとにした。

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