感電ビリビリレモンのど飴②
たっぷりと<マジカルシュガー>を溶かしたマナ溶液が粘り気を帯びてきたら、続けて<ウルドの滝の天然水>と粉末状にした<乾燥魔イワシ>を投入し、煮詰めることおよそ三十分弱。いい加減腕が痛くなってきたものの、めげずにかき混ぜ続けると<錬金スープ>が飴色に変わってくるので、そこへ<マーレレモン>を贅沢に十五個投入し、形がなくなるまで再び煮詰める。ここまできたら火を止めて、最後に<スピラーミントの葉>を釜のなかへ。
そして仕上げとばかりに大きく、時計回りに三回かき混ぜる。
「……よしっ、良い感じ!」
額に流れる汗を拭って、手に取ったのは<神秘のしずく>が入った小瓶だ。テーブルの向こう側では、テッドが身を乗り出すようにしてニーナの作業に注目していた。
「……いきますっ!」
誰に向かって言うでもないけれど。
ニーナはお決まりのフレーズを口にする。
錬金釜を満たす溶液のなかに<神秘のしずく>が一滴、ぽちゃりと落ちた。
──ぼふんっ!
勢いよく立ち上る煙の色は白。もくもくと、湧き出た大量の煙が天井に取り付けられた煙突に吸い込まれて、夕空に一筋の白いラインを描く。黒い煙ばかりを上げ続けた<ガラクタ発明家>の姿はそこにはなく、たくましく成長を遂げた錬金術師が完成品を手に笑顔を浮かべていた。
◆
「さて、それでは<感電ビリビリレモンのど飴>の実食に参りたいと思います!」
夕食後、ニーナは完成したばかりの黄色い飴玉を小さなお皿に乗せて、それぞれの前に並べる。これからみんなに食べてもらって、この調合品が商品化に値するか意見をもらうつもりだ。まだニーナも口にしていないので、鼓動はドキドキしっぱなし。期待に胸が膨らむ一方で、やはり少しばかり不安でもある。白い煙が上がったからといって、イメージした通りの商品ができたとは限らない。
ちなみに今日の夕食の献立はチキンステーキにコンソメスープ。そしてダンが皮を剥いた野菜はポテトサラダに形を変えていた。なるほど、これなら料理が下手なダンに手伝わせても、どうせ押しつぶしてしまうから問題ないわけだとニーナは感心した。味付けもシャンテがしてくれたので絶品であった。
「まずは口のなかに入れて舐めるだけでお願いします」
そう言ってニーナはひょいと飴玉をつまんで口のなかへ。
それにシャンテたちが続き、最後にダンが口に含んだ。
一同はそれぞれ黄色い飴玉を口のなかで転がす。
「どうかな?」
「まさにレモン味の飴玉ね。酸味を感じるけれど強すぎることなく、甘さもあって美味しいわ。……レモンとは別にすーっとする成分が含まれているような気がするけれど、これはミントを使ってるから?」
「うん、そうだよ。ミントって大きく分けて二種類あって、それぞれスペアミント系とペパーミント系に別れているんだけど、今回はより清涼感の強いペパーミント系である<スピラーミント>を採用してみました」
スペアミントは香りや清涼感が比較的穏やかで、そのまま料理やドリンクに混ぜて使われることも多い。
その一方でペパーミントは清涼感とピリッとした刺激が特徴だ。この辺りではなかなかお目にかかることが少ないが<ハッカ飴>に使われる薄荷もペパーミント系の一種である。
またこの二種類の他にも、アップルミントやレモンミントなど人気のハーブも存在する。
「ダンとテッドはどう? どんな意見でももらえると嬉しいんだけど」
「そうだね。最初はレモンの味が強いと思ったけれど、ずっと口のなかに入れていると鼻を突き抜けるような清涼感が勝ってくるね。リフレッシュするにはいいかも」
「だな。こりゃあ眠気も吹き飛ぶぜ。ただちょっと辛すぎないか?」
「うーん、たしかにずっと舐めてると辛くなってくるね。<マジカルシュガー>を増やすべきか、それとも他のハーブを試してみるか。一応素材屋で<レモンミント>っていう別の種類も買ってきてるから、あとで試してみようかな。ペパーミント系ではないから、どこまでイメージした清涼感を再現できるかわからないけれど。……それじゃあ今度は奥歯でガリっと噛んでみてください!」
舌の上で転がしていた飴玉を奥歯のほうへ。そして五人はほぼ同時にそれを噛み砕いた。
すると──
「んんっ!?」
まるで体に電流が走ったような、そんなあまりの刺激の強さと口いっぱいに広がる強烈な酸味。ニーナはぎゅっと目をつぶり、びくんと肩を跳ね上げる。痛みはないものの目がチカチカとするし、瞼の裏側に星が見えたような気がする。
そしてゆっくりと目を開けてみると……
──ええーっ……!?
みんなの髪の毛がぶわっと、まるで静電気を帯びたときのように逆立っているのである。ニーナは恐る恐る自分の頭上に手をやると、案の定自分の髪の毛も逆立っていた。ロブの短い毛も見事に立っている。
「……ぷっ! あはは!」
揃いも揃って髪の毛を逆立たせている姿がおかしくて、ニーナは思わず笑ってしまった。特に髪の長いシャンテはすごいことになってしまっている。たまに見かける寝ぐせよりもずっと酷い。
「なによ。笑ってるけどニーナだってすごいことになってるんだからね」
「あっ、やっぱり?」
いやー、これはこれで面白いだろ、とロブが。
「自分はブタだからって呑気なこと言ってくれちゃって」
「あっ、俺、新しい魔法閃いたかも」
「実は僕も小説のネタが閃いたんだ。忘れないうちにメモしないと」
おぉ、さっそく二人に効果が現れたみたい。これは商品化を期待できるかも。
「シャンテちゃんとダンはなにか閃いたりしなかった?」
「ごめん。アタシは特になにも。まあ別に悩み事もなかったし」
「俺も特には」
「そっか。さすがに全員に効果はなかったみたいだね。でももともと<もう少しでなにか閃きそう>と頭を悩ませている人の背中を押すための調合品として作ったし、悩み事がない人に効果がなくても当然なのかも」
そういうニーナはどうなのよ、とシャンテが訊ねる。もう髪の毛はほとんど元通りに戻っていた。
「えへへ、実は私も特に閃きはなかったんだ。まあ今回の発明品は改善すべき点がわりと明確だし、そのために次は別のハーブを試してみようということも決めてたから、特に悩んでなかったんだよね。あっ、でも髪が逆立つ現象はなんとかしなきゃ。もう一個飴玉を噛み砕けば閃くかな?」
「別にこのままでもいいんじゃね? 見てるぶんには面白いし」
「ダンは男の子だから、そう思えるんだよ」
「かもしんねーけど、でもこれはこれで目立つじゃん。街のあちこちで髪の毛が逆立ってたら話題になって売れるんじゃね? それに見た人はみんな笑顔になるし」
「あぁ、なるほど……」
ニーナは想像してみる。街中で突然髪を逆立てる人と、それを見た人々の反応。最初はぎょっとされるかもしれないけれど、そのおかしさに思わず笑ってしまって、それでいて飴を噛み砕いた人には閃きがもたらされて。みんなが少しずつ幸せてなってくれるのなら、発明家としてこんなにも嬉しいことはない。
「……うん、いいかもっ! たまにはダンもいいこと言うじゃないっ!」
「<たまには>は余計なんだよ!」
せっかく元に戻った髪の毛をわしゃわしゃと乱暴にされてしまう。けれど嫌な気分にはならず、むしろそうされることを望んでいる自分がいた。ダンと、それからみんなが笑顔だったから。自分の発明品を喜んでくれる人の存在が心の底から嬉しいと思えたのだ。




