閃いた!
ニーナは駆け込むように家に戻ると、すぐさまリビングのテーブルにレシピ帳を開いてペンを握る。そしてまっさらなページに閃いたばかりのアイデアを書き連ねていく。
レシピ帳の隣にはもぎ取ったばかりのレモン。
このレモンを使って新たな発明品を生み出すのだ。
「おい、いきなり家に戻ってどうしたんだよ」
訳がわからぬまま置いていかれたダンとテッドが遅れて戻ってきた。
けれどニーナは二人に声をかけられても気が付かない。いまは浮かんだアイデアを書き留めるのに夢中で、周りの音が耳に入ってこなかった。
「ごめんね。こうなるとなにを話しかけてもムダなの」
シャンテはテーブルにそっとアイスティーが注がれたグラスを置く。きっとこれにも気付いていないだろうな、と思いながら。
「ああ……はい、知ってます。村でもこんな感じでしたから」
「うん、そういえばそうだった。僕もこの集中力は見習いたいよ」
シャンテは村でのニーナを知らないが、それでも二人を通じてなんとなく想像ができてしまった。きっと閃きに身を任せるように、慌ただしくしていたのだろう。そして時折周りを巻き込む様な大失敗をやらかしていたのだろうな、と。
今回はそんな失敗がないと信じたいけれど……まあ、そのときはそのときである。ひたむきに頑張る姿を見ていると、例え迷惑をかけられてもなんだか憎めないのだ。
「さてと、それじゃあアタシはニーナに代わってレモンを収穫してこようかな。よかったら二人も手伝ってくれる?」
「はいっ、喜んで!」
◆
「と、いうわけで、今回私は新商品として<感電ビリビリレモンのど飴>を開発したいと思います!」
ソファの上に立って高らかに宣言をするニーナに、一同はまばらな拍手を送る。
「はい、質問でーす。その商品はどんな時に役立つんですか?」
「おぉ、いい質問だねダン君。これはね、二通りの使い方ができるのど飴なんだよ。一つは集中力を高めたいとき。この飴を舐めると頭がスッキリとするんだ。気分もリフレッシュできて、きっと考え事をするときなんかにピッタリだよ」
「なるほど。で、もう一つの使い方ってのは?」
「それはね、舐めるんじゃなくて奥歯でガリっとかみ砕くんだ。するとレモンの酸味が脳をビビっと刺激して、思考を一気に活性化させるの。なにか閃きそうって時にアイデアを与えてくれたり、なにか大事なことを忘れをしてしまったような気がするけれど思い出せないぃーってときに使うと、それを思い出させてくれる。そんな素敵な商品になる予定です!」
「へー、それじゃあそれを舐めると、俺でも頭がよくなれるってわけ?」
「残念だけどダンの頭につける薬は世界中のどこにもありません。これはどちらかというとテッドのような、たくさん物事を考える人があと少しでなにか閃きそうなんだけどなぁ、と思い悩む時に、少しだけ手助けをしてくれる商品なの。まあ、物忘れを改善したい、ということならダンにもじゅうぶん効果があると思うけどね」
「ちょいちょい俺を馬鹿にしてくるのがムカつくけれど、でもその商品を発明できたらなんだか凄そうだな! さっそく調合に取り掛かるのか?」
「そうしたいところだけれど、そのためには必要なものを揃えないとね。なのでこれから素材屋に買い出しに行きたいと思います。それにテッドに街を案内したいから、ついでにいろんなところを見て回ろう。シャンテちゃんたちもそれでいいかな?」
「ええ、準備するわ」
シャンテがいつものように小さなかばんを手に取る。なかには財布はもちろんのこと、もしもの時に備えてナイフなどを仕込んである。もちろんベルトにもだ。
それからシャンテが手に取ったのは、誕生日にニーナがプレゼントした<ソーラー充力ハンドクリーム>だ。
──肌をクリームで覆うことで<マナ>の吸収を助けられたらいいのではないか。
そういう発想で作られたこのクリームは日焼け止めの効果もあり、体内が魔力で満たされると体調も良くなるので、魔法を使う予定がなくても外出するときは欠かさず塗るようにしていた。
ニーナも背中にリュックを背負い、テッドは首からカメラをぶら下げる。
「よしっ、それじゃあしゅっぱーつ」
外は今日も日差しが強かった。なるべく影を探しつつ、ニーナとテッドが前を歩き、その後ろをシャンテとテッドが続く。ロブは何食わぬ顔でダンの肩に飛び乗った。早くもニーナとテッドは会話に夢中で、夢を追う二人は村にいたときよりも楽しそうにダンには見えた。
「なあ、シャンテさん」
「なにかしら?」
「シャンテさんはどうしてニーナと一緒に暮らしてるんだ?」
「昨日も話したと思うけど、利害が一致したからよ。錬金術師と冒険者は協力し合った方が、この街では暮らしやすいの。もちろんいまはそれだけじゃないけど」
「ふーん。それにしても過保護じゃないですか? 今日も別に買い出しなんかに付き合う必要なさそうなのに」
「あら、邪魔だった? 離れて歩こうか?」
「あっ、いやいや、そういうつもりじゃなくて。俺としては美人さんの隣を歩けるのは嬉しいですし。ただニーナと一緒に暮らすのは大変じゃねーのかなと。あいつに色々と振り回されません?」
「まあね。でもそういうのも含めて楽しんでるからいいのよ。何度か調合の失敗に巻き込まれて散々な目にあったけれど、それでもアタシはニーナの発明に期待してるし、それになにより助けられることも多いから。だから、持ちつ持たれつ、みたいな?」
「へー、そうなんすね。意外でした」
それからニーナたちは素材屋に赴き必要な材料を買って、続けてメイリィが営む魔法雑貨店にも立ち寄った。ダンとテッドからしてみれば素材屋はもちろんのこと、都会の魔法雑貨店も初めて訪れる場所である。だから二人にとってはどちらも<よくわからないけれどとにかくすごい場所>であり、見るものすべてが刺激的だった。テッドも興奮気味に、何度もカメラのシャッターを切った。
「なんだい。今日は友達連れかい?」
「はい。故郷のリンド村から遊びに来てくれたんです。あっ、そうだ。忘れないうちに昨日頼まれていた<大人顔負けグラマラスチョコレート>を持ってきたんですけど、納品してもいいですか?」
「おや、もうできたのかい? いつも仕事が早くて助かるよ」
メイリィは商品を受け取ると、そのぶんの代金をニーナに手渡した。
「それから、実はいま新商品の開発に取り組んでいまして。まだ素材を買いそろえただけで、これから調合に取り掛かるという段階なんですけど、完成したらまた見てもらってもいいですか?」
「へー、そうかい。もちろん、持ってきてもらえるのを楽しみにしてるよ」
よろしくお願いします、とニーナはぺこりと頭を下げる。
いまのところは順調そのもの。なんだかすべてが良いサイクルで回っているような気がする。あとは二人の前で調合を成功させるだけ。新作の調合を華麗に成功させてこそ、一人前の錬金術師なのである。
──よーっし、なにがなんでも調合を成功させてみせるぞー、おーっ!




