三人でわいわい!
今日もやってきた朝。新しい一日の始まり。朝食を作るのはニーナの役目だけれど、今朝は少しだけいつもと違う。五人分のお皿を並べるニーナは上機嫌に鼻歌を歌っていた。ダンとテッドが突然やってきたときは驚いたけれど、それでもわざわざこんな遠いところまで訪ねてくれたことが嬉しい。
朝食を作っていると、シャンテたちより先にダンとテッドが起きてきた。二人とも長旅の疲れが残っていたが、それでも日ごろから早起きする癖がついているからか、自然と目が覚めてしまったらしい。
「僕らもなにか手伝った方がいい?」
「ううん、もうすぐできるから大丈夫」
ほどなくしてシャンテとロブが起きてきて、五人揃っての朝食となる。なんだかそれだけでいつもよりも楽しくて、つい表情をほころばせてしまう。
朝食を終えて、片づけをして。それからダンとテッドとともに畑の様子を見に行くことにした。すると昨日は見られなかった<マーレレモン>の苗木に、綺麗に色づいた果実が実っていた。
「おぉ! もうそろそろだとは思っていたけれど、いざ果実が実ると嬉しいもんだね!」
ニーナはなんてことない風に黄色いレモンをもぎ取るが、ダンとテッドは開いた口が塞がらない様子である。二人からしたら、たったの一日でこんなにもたわわに果実が実ることも、それが収穫できるぐらいに色づくのもおかしかったのだ。
そんな二人の疑問にニーナは答える。
「ここクノッフェンは世界樹の近くということで、すごく大地が肥沃なんだ。この街は工房都市という名の通り農作がそれほど盛んではないけれど、この街と世界樹を挟んで反対側の街では、それはもう広大な畑が広がってるんだって。それに加えて……これ!」
片手でじょうろを持つニーナは、もう片方の手に小瓶を握る。そのなかには茶色い顆粒状の調合品が入れられていた。
「名付けて<魔イワシ入り植物栄養剤>といってね、私が作った物凄い効き目のある栄養剤なの。水と混ぜて使うものなんだけど、これでもだいぶ効果を抑えてあるんだ」
「これで?」
「そっ。本当なら使ってから二時間ほどで辺り一帯をジャングルに変えちゃうぐらいすごい効き目があるんだよ」
それはさすがに嘘だろ、とダンが言うので、ニーナは意味深な笑みを返しておく。
ダンとしては、無暗に言い返してこないことが逆に不気味に感じられた。
「ねえニーナ。このレモンにはなにか秘密があるのかい?」
「ううん。これは普通のレモンの苗木だよ。この前遊びに行ったセオドア島から持って帰ってきて育ててるんだ。なにに使うかはまだ考え中」
「やっぱりこのまま売るんじゃなくて、調合に使う気なんだ?」
「そりゃあね。<スロジョアトマト>みたいになにかと掛け合わせて新種の果物を作ってみてもいいんだけど、とりあえずはこのまま調合素材として使用することを考えてるよ。二人はなにかいいアイデアないかな?」
「いいアイデアつってもなぁ」
ダンが口をとがらせる。錬金術師でない俺たちに訊かれても、というわけだ。ダンは昔から頭を使うことが苦手なのである。
その一方で、こういうときに一緒に考えてくれるのがテッドの良いところだ。
「普通ならジュースやジャムなどに加工するんだろうね。あとはドライフルーツとか? レモンなら蜂蜜漬けっていうのもあるよね」
「ふむふむ……」
「でもただ美味しいだけの発明品を目指してるんじゃないんだよね? 料理人ではできないことをやってのけてこその錬金術師。美味しいだけ、健康にいいだけの商品を作るなら錬金術はいらないもんね」
「テッドの言う通りだね。ただ美味しいだけの商品なら、錬金術を用いないほうが簡単に、しかも安くてたくさん作ることができるもの。大量生産は錬金術の苦手な分野。だからそこで勝負しちゃいけない。錬金術ならではの付加価値をつけなくちゃ……」
ニーナは口元に手を当てながら考え込む。
それを見たテッドが、やっぱりすごいね、と呟くように言った。
「えっ、なにが?」
「ニーナは本当にこっちで生活できてるんだなってあらためて思ったんだよ」
「ま、まあね」
不意に褒められて、ニーナはつい照れてしまう。
「といっても、シャンテさんの力もかなり大きそうだけどね。三つしか違わないのに落ち着いてるし、すごくしっかりしてそう」
あはは……
さすがはテッド。よく見てる。自分一人では絶対に暮らしていけないだろうなということは、ニーナも事あるごとに感じていたことだった。
「なあニーナ。一つ気になることがあるんだけどよ、どうして畑が二つあるんだ?」
「ああ、それはね、こっちの畑はレモンとバナナを育てたくて、つい先日作ったばかりなの。だからちょっと離れたところに作ってあるというか」
<スロジョアトマト>が植えられているのは家の真横。隣接するように併設されたそれは、畑というよりも花壇である。一方の畑は、そこから少し離れた場所に作られていた。
「へー、なるほどな。一から耕したならけっこう大変だったんじゃないか?」
「うーん、実を言うとその辺の大変な作業は他の人にやってもらったからわかんない」
「なんだよそれ。金払ってお願いしたのか?」
「ううん。シャンテちゃんが三馬鹿さんに命令してた」
「サンバカさん?」
二人が首を傾げたのを見て、ニーナはまたしてもしまったなと思う。きちんと説明しようとすると魔女のことを話さなくてはいけなくなるけれど、できれば二人を心配させたくはない。なので、どうやって説明しようか。
「えっとね、三馬鹿さんというのはシャンテちゃんの舎弟というか……」
「舎弟? シャンテさんの?」
「ああ、えっと、いまの説明はなし。忘れて」
「なんだよそれ」
「いやあ、説明しづらいというか。実は<青空マーケット>ってイベントで私たちがお店を出していたときに酔っ払いに絡まれたんだけど、その三人組がオドさん、バッカスさん、ジェイコブさんといってね、ちょっとばかし喧嘩になったの。もちろん悪いのは相手の方なんだけど、そのとき並べていた商品を壊されたりしてさ。そのあと色々あって謝ってもらえたんだけど、それからというもののシャンテちゃんの舎弟として色々と協力してくれるようになったの」
「なるほど、要は弱みを握ったってわけだ。そりゃあ相手も文句は言えないな」
どうやら納得してくれたようである。本当はそのあと魔女に動物化の呪いをかけられたところを、助けてもらえたことに恩義を感じて、という流れなのだけれど。
「で、なにを作るのか決まったのか?」
「おかげさまで、ダンが全く関係のない質問をしたのでまだ決まってません」
「俺のせいかよ。あっ、それじゃあさ、俺専用の武器を作ってくれよ」
「なにが『それじゃあ』なのか意味が分からないんだけど。それにお父さんから剣を貸してもらえたんでしょ。それ使えばいいじゃない」
「そうなんだけどさ、せっかく錬金術師様が目の前にいるんだから、俺専用の武器が欲しくなるじゃん?」
「えー……それじゃあ<骨伝導ソード>はどう?」
なにそれ、と言うダンにニーナは自作の発明品を簡単に説明する。見た目は細長い骨。叩くと振動して、叩く強さに応じて振動も強くなる。思いっきり叩くと大男ですら膝をつかせることができる、とっておきの武器だと話してみたのだけれど。
「なにそれ。なんか凄そうではあるけど、俺はもっとカッコいいのが良いんだよ。ほら、いかにも冒険者が背中に背負っていそうな大剣とか」
「私は武器屋じゃないんだけど、それでもまあ依頼としてお金を出してくれるなら、作ってあげてもいいよ?」
「なんだよ、ケチ」
ダンは腕を組んでニーナを睨むが、ニーナだって譲らない。まっすぐに視線を受け止めて、顎を突き出すようにして睨み返す。
するといつもはダンの味方をすることが多かったテッドが、今日はニーナの味方をしてくれる。ニーナは遊びでやってるんじゃないんだから、わがままを言って困らせちゃいけないよ、とたしなめてくれたのだ。
──わがまま、か。
思えば、クノッフェンへ行こうと決めたのは、テッドが旅立ちの日の前日に言った「僕らは長男だから、ニーナみたいにいつまでもわがままを言ってられないんだ」という言葉だった。あのときは自分の夢を単なるわがままだと言われて、悔しくて、それでいて言い返せない自分に腹が立っていた。だからクノッフェンで学んで、錬金術師として成功を収めて二人を見返そうと思ったのだ。
「……なあ、なに笑ってんだ?」
「えっ? ああ……ううん、なんでもないよ。あっ、イザベラさんだ。おはよーございます!」
ご近所さんの姿が見えたので、ニーナは大きく手を振って呼びかけてみた。けれど少しばかり距離があったこともあり、声が届いていないようだ。それになにかを探しているのか、扉の前でかばんのなかをごそごそと漁っている。
ニーナは気になって、近くまで駆け寄ってみる。
「どうかしましたか?」
「あら、ニーナさん。おはよう。実はちょっと家の鍵が見当たらなくて。散歩に出かけたときはかばんに入れたと思ったんだけど、最近物忘れが激しくて。歳は取りたくないわね」
どうやら鍵を失くしてしまって家に入れなくなったようである。
「いえいえ、まだまだお若いですよ。それに私もしょっちゅういろんなものを失くしてはシャンテちゃんに見つけてもらってます」
「あらあら、そうなのね」
「それで、ポケットのなかは探してみました?」
「ええ、かばんのなかでないのならポケットかなと私も思ったんだけど……」
「だったらお財布のなかとか? 私、たまに入れちゃうんです」
「お財布? たぶんそこに入れるようなことは……あらやだ、あったわ! 普段は絶対にお財布のなかに入れたりしないんだけど、どうしてかしらね。記憶にないなんて困ったものだわ」
イザベラは目を細めて笑う。きっと何かの拍子にうっかり入れてしまったのだろう。よくあることです、とニーナも笑って見送った。
そう、こういうことは誰にでもあること。ついうっかりして、そのままどこでなにをしたか忘れてしまう──
あっ、なにか閃きそうかもっ……!




