それぞれの夢
「で、いつまでそのエッチな姿でいるつもりなんだ?」
「おおよそだけど三時間はこのままです。だからあんまりこっちをじろじろと見ないでよ?」
あれからニーナは寝室にて着替えてきた。けれども体が一回り以上大きくなってしまったために、いまの体のサイズに合う服が見つからず、<携帯用蚕ちゃん>が作り出した即席の服を着ることとなった。それは花柄のワンピースであり、蚕ちゃんが紡ぐ衣装にしてはまともな洋服に見えたものの、実際に着てみると意外にも首回りが緩くて胸の谷間を露出させてしまっている。
──まあでも、ぱつんぱつんの服よりかはマシなのかなぁ……
迷った挙句、丸椅子に座って背中を向け続ければいいかと思うことにしたのだった。
「努力はする。けどよ、それにしてもスゲー発明だよな」
「ほんと? ほんとにそう思ってくれる?」
ニーナは肩越しに振り返ってダンを見た。
「ああ、まさかニーナがロマナさんそっくりに変身してしまうなんてよ、さすがの俺もびっくりした。なあ、テッド?」
「うん。すごいよね。こんな発明を成し遂げちゃうなんて村にいた頃からは想像もつかないよ」
こうも二人から素直に褒められると、先ほどとはまた違った恥ずかしさが込み上げてくる。
──みんなから認められるような錬金術師になりたい。
そう思って村を飛び出したニーナからしてみれば、すごいと言ってもらえることはなによりも嬉しいことで。だからつい照れくさくなって、ニーナは丸椅子の上で小さくなって背を向けた。
「あっ、ニーナが恥ずかしがってる」
「そっ、そんなことないもんっ」
「でも耳赤いよ?」
びくりと肩を跳ねさせて、それから両手で覆うようにして耳を隠したが、その行為が恥ずかしがっていることを認めているようなものだということにニーナだけが気付いていない。向かい側に座るシャンテは、新しいおもちゃを見つけたみたいに口元に笑みを浮かべていた。
なんだかさっきからずっとからかわれているような気がする。
そう感じたニーナは、そんなことよりさ、と慌てて話題を変えようとする。
「二人はこっちに一週間ぐらいるつもりだって言ってたけど、なにかやりたいことでもあるの?」
「あるぜ。世界樹をもっと間近で見てみたいんだ」
「言ってたね。他には?」
「魔物を狩ってみたい。せっかく手元に剣があるしな」
「いやいや、危ないよ? 魔物って素人が手を出せる相手じゃないからね?」
「そんなことねーよ。ニーナでもなんとかなってるなら俺だって」
「私が無事なのはシャンテちゃんとロブさんがいてくれるから。それでも危ないときだってあったのに」
かつてダンが冒険者を志していたことは知っている。それは幼いころの夢で、いまはとっくに諦めているらしいけれど、それでもクノッフェンに来たのなら自分の力を試してみたいのだろう。
ニーナは困り顔でシャンテを見た。こういうときシャンテならビシッと、連れて行けないと言いそうだからだ。
ところが、である。
「……まあ、たしかに素人が増えるとアタシたち二人じゃ守り切れなくなるかもね。でもいまは<まんぷくカレービスケット>もあるし、ニーナもだいぶうまく立ち回れるようになったから大丈夫じゃないかしら」
そう言ってシャンテが微笑むと、ダンはよっしゃと無邪気に喜んだ。
なんだか無茶をしそうで不安が募るけれど。
「アタシに考えがあるの」
と、シャンテがニーナにだけ聞こえるぐらいの小さな声でそう言うので、信じることにした。
「それじゃあさっそく明日にでも……」
「明日はダメよ。アタシもニーナも予定あるから」
「了解です、お姉さま!」
なんとも調子のいい返事だ。こっちまで恥ずかしくなってくる。
「それで、テッドはなにかやりたいことないの?」
「僕? そうだなぁ、僕もマヒュルテの森には行ってみたいかな」
「へー、意外だね。テッドってあんまりそういう危ないことには首を突っ込まないタイプかと思ってたよ」
「うん、そうなんだけど、僕も親からカメラを借りることができたしね。リンド村にいたんじゃ一生見ることができない様なものを見て、触れて、それを記録として残したいんだ。あとで振り返ることができるようにね。だから時間があればでいいんだけど、街のなかとか案内してくれたらありがたいなって思うんだ」
「もちろんいいよ! 面白いお店もたくさんあるし、みんなで見て回ろうよ」
ニーナの提案に、それいいな、とダンも乗り気になって答える。
「そうえいえばずっと気になってたんだけどよ、旅の途中でちょくちょく書いてた日記。あれ、なに書いてたんだ? あれも記録ってやつか?」
「う、うん、まあね……」
と、テッドは少しばかり口ごもる。下を向いて、手のなかのカメラをじっと見つめてしまう。これ以上は追及して欲しくなさそうだ。
とはいえ、そもそも日記というものは他人に見せるものでもないし、あまり詮索されたくないという気持ちも理解できる。
などと思っていたら、ぱちりと目が合った。
そしてテッドは言った。夢があるんだ、と。
「実は僕、作家になりたいんだ。自分で物語を考えて、それを多くの人に読んで貰いたい。ずっと前から思い続けてて、でも僕なんてと挑戦する前から諦めてたことなんだけど。でもニーナの挑戦を見て、自分でも頑張ったらもしかしたらって思っちゃったんだ。甘い考えかもしれないけれど、でも挑戦してみたくなったんだよ」
「お前、そんなこと考えてたのかよ……」
「うん。いままで誰にも話したことなかったんだけどね。親に話したのもつい最近だったし。実はカメラを貸してもらえたのも、親に話したからなんだ。いろんなものを見て、感じて、その瞬間をカメラで記録しなさい。自分のなかの引き出しを増やすことが、必ず小説を書く上で役に立つから、って」
「それじゃあいつかはテッドも村を出ていくのか?」
「ううん、さすがにニーナみたいな度胸は僕にはないよ。それに作家ならリンド村にいてもなれる。気になって調べてみたんだけど、自分の小説を本にすることは意外と簡単らしいんだ。ありがたいことにいまの時代、錬金術師たちのおかげで印刷技術も発展したからね。もちろん売れるかどうかはまた別問題だし、出版業界の人たちに認めてもらうには相当な努力が必要なんだろうけれど」
錬金術師たちは自分の持っている知識を後世に残すために、進んで記録を書き留め、それを書物という形で世の中に残してきた。その過程で印刷技術が発達し、次の時代の錬金術師たちが気軽に本を手にすることができるようになった。そしてその恩恵は時代と共に小説家なども受けられるようになっていた。テッドが作家を志すように、一庶民が自由に物語を創作できる日が案外すぐそこまで来ているのかもしれない。
「とりあえずは家業を手伝いつつ、商人としての勉強も続ける。でも自由な時間がないわけじゃないから、空いた時間を利用して自分だけの物語を書いてみようと思うんだ。いまはそのための知識やアイデアを自分のなかの引き出しに蓄えているってところかな」
テッドがそんなことを考えていたなんて……
村にいたときはよく三人で遊んだけれど、テッドはあまり自分の話をしたがらないから、その秘めたる想いにまったく気付かなかった。
ただ意外だと思う一方で、テッドなら作家になれるんじゃないかという気もしてくる。物知りだし、本もよく読むし、それに勉強も得意だ。何事にもコツコツと取り組める性格だから、机に向かう仕事も向いている気がする。なにより自分と違って段階を踏みながら、無理なく夢を追う姿がいかにもテッドらしいな、とニーナは思う。
「そっか。それじゃあ私がお気に入りの場所をいっぱい案内してあげる! テッドはどんな物語を書こうとしているの?」
「いや、構想はあるけれど、それはまだ秘密にしておきたいというか……」
「ええー? 作家を目指してるのに恥ずかしがるの?」
「作品として完成したときは二人にも読んで欲しいけれど、いまはまだ見せられないよ」
「気持ちはわかるけど、私だって失敗作ばかりのレシピ帳を見せたことがあるんだし、ちょっとぐらいいいじゃない! よしっ、ということで力づくで見せてもらおう!」
「よし来たっ! 俺も手伝うぜ!」
「ちょっと、二人とも!?」
二人がかりで跳びかかるようにしてテッドを押さえつけると、ニーナが馬乗りになり、その隙にダンがかばんのなかから手帳を漁る。
けれどそのとき、馬乗りとなったニーナの大きな胸がテッドの顔に当たり、テッドはまたしても鼻血を出してしまった。これにダンがいち早く反応。ズルいだとか、俺も押しつぶされたいだとか言い始めたため、結局のところ手帳の中身を見るどころではなくなってしまった。




