懐かしの訪問者
「こちら、今週分の<レモン香るピリ辛フルーツポーション>と<ヤギミルクたっぷりヌルテカ泡ぶろ入浴剤>をそれぞれ五十個ずつ、お届けです」
セオドア島から帰ってきた数週間後のお昼時、ニーナたちは調合品の納品するために、メイリィが営む魔法雑貨店<海風と太陽>にやってきていた。数多くの魔法の品が並ぶこの店において、初めて契約を取りつけてから早三か月。改良に改良を重ねた自慢のポーションと、故郷のヤギミルクをふんだんに使用した入浴剤を納品をして、その代金を受け取る。<青空マーケット>での口コミの効果もあってか、ここ最近は安定して収入を得られるようになってきていた。
「はいよ、代金だよ。いつもありがとうね」
「いえ、こちらこそ。納品した商品の売れ行きはどうですか?」
「順調に売れてるよ。お客さんからの評判もいいし、リピートしてくれる人もいる。入浴剤のほうは贈り物にも人気でね、あたしとしても、今後も引き続き契約して欲しいと思ってるよ」
「よかったぁ」
「そうそう、<大人顔負けグラマラスチョコレート>の在庫がちょっと減っててね、次の納品のときはそっちも作って来てくれるかい? 個数はそうだねぇ、三十個もらおうかな」
わかりました、とニーナは満面の笑みで返事をすると、忘れないように手帳にメモをする。一週間後に<大人顔負けグラマラスチョコレート>を三十個。目立つようにぐるぐると文字を丸で囲んでみる。納品日まで余裕はあるけれども早めに調合に取り掛かって、完成したらすぐに届けようと思う。
雑貨店をあとにしたニーナたちは、オレンジ屋根の民家が建ち並ぶ街の大通りを並んで歩く。どこまでも続くなだらかな上り坂にもすっかりと慣れた。
ただ、季節はいま夏真っ盛り。
ぎらつく太陽の下を歩くとどうしても汗ばんでしまうから、できる限り影を探しながら歩く。
「暑いぃ。だるいぃ。疲れたぁ。抱っこしてぇ」
「ただでさえ暑いのに、暑いって言うな。つべこべ言わずに黙って歩きなさい」
「でもよぉ、このちっこい体だと地面から跳ね返る太陽光がきつくてよぉ」
「普段は別に元の体に戻れなくても困らないとか、こっちの体のほうが怠けられて良いとか言うくせに、こういうときだけ文句言うな」
ダラダラと歩くロブを、シャンテは小突くように後ろからお尻を蹴り上げる。怠け者の兄と、しっかり者の妹。二人の関係は出会ったころから変わらない。
ロブがブタの姿になってしまった原因を作ったのは、魔女のリムステラだ。その魔女は現在逃亡中。あれから国家騎士のほうでも行方が掴めていない。いまもどこかで身を隠しながら、のんびりと次の機会を窺っているのだろう。リムステラは自分の安全を第一に考える割には、妙にあきらめが悪いところがある。
ロブの呪いを解くための一番の近道が魔女を捕らえることではあるものの、それが叶わないいま、求めるのは解呪薬に必要な六つの素材だ。そのうちの<一角獣のツノ>と<ゼノクリスタル>はすでに手に入れた。<輝く世界樹の葉>は採取から三日以内に調合に使用しなければ枯れて効力を失うという特性上、採取を後回しにするとして、ひとまずは<妖精の涙><巨大ナマズのヒゲ><マボロシキノコ>の三つを手に入れることが当面の目的となる。
ニーナたちはこれらの素材の目撃情報を集めたり、オークションなどで出品されるのを待ちながら、そのときに備えてお金を貯めることに専念する日々を送っていた。
そんなニーナの最近の楽しみが、新たに家のすぐ側の土地を耕して作った畑である。そこに、先日のセオドア島の探索時に持ち帰った<スリッピーバナナ>と<マーレ海産のレモン>の苗木を植えたのだ。育て始めたばかりなので果実はまだ成っていないが、<魔イワシ入り植物栄養剤>のおかげで日に日に目に見えて成長している。明日にでも採取できるんじゃないか、とニーナは秘かに期待していた。
家へと続く最後の坂道を登り終える。イザベラから借り受けた二階建てのシェアハウスと、その隣に広がる畑。真夏の太陽をたっぷりと受けて育つ苗木は、たったの一週間でニーナの背丈を優に超えた。こうして坂を登り終えたここからでも、とても目立って──
「……あれ?」
<スリッピーバナナ>の木の側に誰かがいる。家の前なら依頼人かなと思えるものの、畑の前に立ち苗木に手を伸ばす男性は見るからに怪しい。
──もしかして畑泥棒? いやでも、まだ果実はどちらも実を付けてないし……。だとしたらあの人は一体?
「あの人、シャンテちゃんの知り合い?」
「ううん、こっからじゃ後ろ向いてるから顔が見えないけど、たぶん違うと思うわ。そもそもこの街に知り合いなんてそれほど多くないし」
それは故郷を飛び出してきたニーナも同じである。錬金術に携わる関係で知り合いとなった人はいるものの、それほど多くはない。ましてや、あんな背の高い男の人なんて知らない。
そのときもう一人、畑のなかから顔を出す人物の姿が。
新たに現れた男性は小柄で、これまで背の高いバナナの木の陰に完全に隠れていたみたいだ。癖毛で丸眼鏡。首からカメラをぶら下げるその人は、こちらの存在に気付くなり大きく手を振る。
見覚えのある姿に、あっ、とニーナは声を漏らした。
「もしかしてテッド!? えっ、それじゃあ……」
もう一人の、日に焼けた背の高い男も振り返る。
「やっぱりダンだ! えっ、でもどうして二人がここに?」
ニーナの前に現れたのは、故郷のリンド村で暮らしているはずのダンとテッドだった。
二人の突然の訪問に驚きつつも、ニーナは二人の側に駆け寄った。




