道を切り開くのはガラクタ品②
ドカドカバカスカ──
無理やり立ち上がろうとするカネロを<骨伝導ソード>で何度も叩いて失神させる。兜を外すと、カネロは頭がクラクラするのか目の焦点が合っていなかった。いまのうちにと、シャンテが懐を漁って鍵束をくすねる。このうちのどれかが牢屋の鍵であることを願うばかりだ。
ただ、隊長であるカネロは倒したものの、それだけで気圧されるような海賊たちではない。むしろ目を怒らせ歯茎を剥き出しにして、すぐにでも襲い掛かってこようという動きを見せる。
しかしそこへ別行動していたクリストフ率いる国家騎士たちが流れ込むと、戦況は大きく変わった。ニーナたちは騎士と協力して海賊たちを撃退する。増援はたったの三人だが、それでも噂にたがわぬ強さで騎士たちは海賊どもを蹴散らす。ニーナとフラウの出番はほとんどなかった。
「無事だったようだな」
「はい、おかげさまで。それと鍵を手に入れました。このうちのどれかがアデリーナさんが捕らえられている牢屋の鍵だと思うのですが」
「お手柄だな。牢屋の場所は分かるか」
「この廊下をまっすぐ、突き当りに位置していると聞きました」
「わかった。ここからは一緒に行こう」
騎士たちに後ろの守りを任せて、ニーナたちは目的地へと急ぐ。
辿り着いた場所は男が話した通り、大部屋へと繋がっていた。扉には小さな窓が付いており、そこから部屋の様子をこっそり窺うと、中には数えるのも億劫になるほどの大勢の海賊の姿が。騎士たちの目的がアデリーナの奪還であることを知ってか、先んじて牢屋の守りを固めたらしかった。
これにはさすがのクリストフも、あの数は少々厄介だな、と表情を険しくする。
けれどこういうときこそ発明品の出番である。
ニーナはかねてより試してみたかったことを実行に移してみる。
扉をこっそりと少しだけ開けて、部屋の中央へ<バケツ雨の卵>を投げ込んだ。
「なんだぁ? なにが飛んできた?」
扉の向こうから戸惑い気味の声が上がると、それはすぐさま大きな騒ぎへと発展する。黒い煙が大部屋の天井を埋め尽くし、船内だというのにバケツをひっくり返したかのような大雨を降らし始めたからだ。さすがに悲鳴は聞こえてこないが、男たちの動揺はじゅうぶんに伝わってきた。
扉の隙間からじわりと雨水が染み出す。
それを合図にして、ニーナは再び扉を開けて杖を構えた。
「いっけぇ……!」
狙うは目の前を陣取る海賊……ではなくて、男たちの足元。そこに出来上がった広大な水たまり目掛けてニーナは雷撃を放った。すると水たまりを通じて雷撃は瞬く間に拡散。大部屋を守護するように集まった海賊どもは全身ぐしょ濡れだったこともあり、電流をまともに浴びてしまう。
「あばばばばばぁ……!」
全身を硬直させ、白目を剥き、そしてバタバタと。雷に打たれたように男たちは成すすべなく木床に横たわる。まさに一網打尽という結果をもたらしたニーナの発明品と発想に、クリストフたち騎士は揃いも揃って目を丸くした。そしてニーナもまた、自身がやってのけたことに大いに驚いていた。
「やったじゃない、ニーナ!」
「う、うん。というかやり過ぎちゃったかも」
「なに言ってるの。報いを受けて当然の連中に遠慮なんていらないわ」
そう言ってシャンテは本当に遠慮することなく、積み重なるようにして倒れた男たちの体を踏みつけながら奥の部屋を目指して歩き始める。その後ろをニーナはどうにか足の踏み場を見つけながらついて行く。
大部屋の奥は、情報通り牢屋へと繋がっていた。そこには島の大空洞で見かけた聖女らしき人物と、それから男女四人の若者の姿が。以前から海賊たちに捕らえられていたのだろう。奴隷として売り飛ばす気だったのか、それともあの島で働かされていたのかはわからないが、とにかく四人は痩せこけていて、身に纏う衣服もみすぼらしいものだった。助けが来たというのに表情にも覇気がない。
その一方でアデリーナの姿はどこにも見当たらなかった。
クリストフが聖女に声をかける。
「ご無事でなによりです、セシル様」
「ありがとうございます。信じていましたよ。ただ、アデリーナが私を庇って連れて行かれてしまいました」
「どこへ連れて行かれたのかわかりますか?」
「いえ、残念ながら。ですが新薬の実験に付き合ってもらうとジェラルドは言っていました」
そう言って目を伏せるセシルはとても悲しそうな顔をしていた。聖女という立場上、常に気丈に振舞うことを求められる彼女もやはり心を痛めているのだろう。
「話の途中で悪いけど、開いたわよ」
これ見よがしに取り付けられた厳めしい南京錠を、先ほどくすねた鍵を使ってシャンテが開けた。鉄格子の扉が開くと、まず捕らえられていた四人がおずおずと出てきて、最後に聖女が扉をくぐる。
「こちらはジェラルドに利用されていた者たちですか?」
「そうです。彼らはみな錬金術師であり、それぞれ甘い言葉に騙されて連れてこられて以来、薬の製造を無理強いされていたようなのです」
──それって、まるで……
思い返すのは、クノッフェンを初めて訪れた日のこと。あの日ニーナもムスペルに騙されて、どこかへ連れ込まれてしまうところだった。シャンテがいなければ、自分も今ごろこの人たちと同じように命じられるがままに働かされていたのだろうか。ほんの少しでも運命の歯車が狂っていればと思うとゾッとする。
そのとき、部屋の外、ここへと通じる大部屋を見張っていた騎士の一人が声を張り上げた。敵の増援でも来たのだろうか。それとも気絶していた海賊たちが意識を取り戻し始めたのか。ニーナは自然と身構える。
「敵増援来ますっ! それと隊長の姿も確認。ですが様子が……」




