夜明け前の決意
箒に乗って海賊たちの島から脱出を果たしたニーナたちは……
フラウの背中に寄り掛かりながら、ニーナは何度も何度もありがとうの気持ちを伝えた。こうして三人揃って無事でいられるのはフラウのおかげ。いくら感謝してもし足りない。
「それにしてもどうして私たちがあの島にいるってわかったんです? 他にも探す候補は山ほどあったと思うのですが」
「それはもう皆さんがどこに流されてしまったのか、そもそも生きているのかすらわからなくて、とーっても焦ってました。あのあと仲間を呼んで、みんなに協力してもらいながら空から探して、一度セオドア島まで戻ってみたり。それでも夜になっても見つけられなくて、朝を迎えて、また夜になって。正直何度も諦めそうになりました。けどですね、そんなときに山火事のようなものが見えまして。これはなにかあるなと、急いで箒を飛ばしてみたわけですよ。そうそう、皆さんの荷物もちゃーんと無事ですので安心してくださいね!」
「よかったぁ……。調合道具はもちろん、<ゼノクリスタル>とかアンネリーネさんからもらった<イルカの呼び笛>とか、お金で買えないものもあったので本当に助かりました」
「いえいえ。皆さんが海に投げ出されたとき、私だけ空を飛ぶことができたのになんの役にも立てなかったので、これぐらいは」
「あの悪天候じゃ仕方ないですよ。そもそも真っ先に海に落ちた私が悪いんですから。それにこんな夜遅くになっても捜索を続けてくれていたというだけで感謝の気持ちでいっぱいです。あっ、そういえばヤックさんやジョーさんはご無事ですか?」
「ええ、なんとか船も転覆せずに済みましたので。そのあとはお二人とも協力して、嵐に巻き込まれたもう一隻の船の乗組員を救助してまして」
「というと、国家騎士の方々ですか?」
「おや、よくわかりましたね」
「はい、その……海賊に捕まっていた国家騎士の姿を偶然見かけたので」
ニーナはフラウに、島の大空洞で見た光景を思い返せる限り詳細に伝えた。そして一息付けたらすぐにでも引き返して、捕まった二人を助け出したいと考えていることを伝えた。
「それはあまりに危険ではないのですか? 国家騎士の方々にお任せすればよいと思うのですが……」
「でも海はクラーケンに支配されていますし、それにあの島には恐ろしい魔女であるリムステラが待ち構えています。あの人はロブさんじゃなきゃ対処できないと思うんです」
それにこの件はオルドレイクが作り出した機械の腕や<デゼディシレーション>がかかわっている。もう他人事には思えなかった。
「あやや、そうなのですか。ちなみに国家騎士の方々はクラーケンを操っているのが海賊だとご存知なのでしょうか?」
「たぶん知らないと思う。……そっか、騎士の皆さんにもこのことをお伝えしないと」
こつん、と肩にぶつかるシャンテの頭。振り返ってみるとシャンテがうとうとしていた。一日中命がけで逃げ回っていたのだから無理もないことだ。シャンテが落ちてしまわないように、ニーナはワイヤーで自分の体とシャンテの体をぐるぐるに巻きつけた。
それから程なくして、ニーナたちはクノッフェンへと帰ってきた。すぐにでも横になって眠りたかったが、その前に国家騎士にアデリーナたちのこととクラーケンについて、知っている情報を伝えなくてはと思っていた。するとタイミングの良いことに、国家騎士たちはちょうど船を出して海に繰り出そうとしているときだった。まだ空は暗いが、騎士たちも救出を急ぎたいのだろう。
ニーナたちは空より船の上に滑るように降り立つ。
「おい、そこ、何者だ?」
当然のように警戒されたが、騎士たちのなかには、ニーナが巨大ゴーレム事件の解決に協力したことを知ってくれている人がいた。そしてアデリーナが海賊に捕まっていることを話すと、すぐに真摯に耳を傾けてくれた。どうやら騎士たちは、その海賊の島に目星がついているらしく、いまから船で向かおうとしているらしかった。ニーナは続けて、クラーケンに関する事柄についても話す。この頃にはシャンテの目も冴えてきたのか、言葉足らずなところは補足してくれた。
「にわかには信じられない話だが、本当のことなんだね?」
その男は自らをクリストフと名乗った。国家騎士団の副団長であるらしい。年齢は四十歳前後の真面目そうな男性だ。
「なるほど、先日の一件は偶然ではなかったということか。タイミング的にも、あまりに相手に都合がよすぎるとは思っていたが」
「あの、それってどういう意味ですか?」
「私たちがあの海域に船を出していたのは、ジェラルドと海賊が結託しているという情報を掴んでいたからなんだ」
「つまり悪い人たちを捕まえに行くところだった、ということですか?」
「そういうことだ。いまごろ一網打尽にしている予定だったんだが、どうやら相手の方が一枚上手だったらしい」
クリストフが腕組みをして考え込む。
「奴らがある程度自由にクラーケンを呼び出すことができるとなると、船を出すのは危険だ。かといって、いま追わなくては国外に逃げられる。そうなれば犯罪者どもをみすみす逃すことになってしまう……」
「あの、国の外に逃げられたとしても、追いかけたらいいだけなのでは?」
「うん? ああ、いや、実を言うとそれは難しいんだ。言ってみれば私たち国家騎士は軍隊のようなものだからね。他国の領域に武装して侵入すると、今度は国家間の問題となる。最悪の場合、戦争にまで発展するかもしれない。たとえ私たちに戦う意思がなかったとしてもね」
「そんな……」
「恐らくだが奴らは、船で攻めてきた私たちをクラーケンを操ることで返り討ちにしようと考え、これまで敢えて島に残っていたのだろう。しかし君たちが島を脱出したいまとなっては、当然相手の動きも変わってくる。今ごろは奴らも逃亡を図るために必死で荷物を船に積んでいる頃だろうな」
「それじゃあ私たちが逃げ出したせいで、アデリーナさんたちは国の外へと連れ出されてしまうということですか?」
「いやいや、決して君たちのせいなんかじゃないよ。奴らはずる賢くて狡猾だ。きっとニーナさんたちが情報をもたらしてくれていなかったら、もっと余裕をもって逃げられていたはずだ。さっきも言った通り、もともと相手の方が一枚上手だった。それがニーナさんが持ち帰ってくれた情報のおかげで、ようやくイーブンになったんだ。私たちは君にとても感謝しているんだよ」
クリストフは労うように、ニーナの華奢な肩にぽんと手を乗せた。
「疲れているだろう。近くの宿を手配するから、あとはゆっくりと休むといい」
「ねえ、救出に向かうというのならアタシと兄さんも一緒に連れて行ってよ」
シャンテの訴えがあまりに予想外だったのか、クリストフは目を瞬いた。
ニーナも、えっ、という顔でシャンテのことを見る。
「敵は海賊だけじゃない。リムステラという魔女がいるの。アタシと兄さんにとって因縁の相手なんだけど」
魔女の名を口にした途端、クリストフは表情を険しくする。
「そういえばニーナさんは彼女に誘拐されたことがあったんだったな。人々の心を惑わせる悪名高い魔女として我々も追っていたのだが。ここ最近の足取りが掴めないと思っていたら、そんなところに潜んでいたのか」
「ええ、アタシたちも驚いたわ。その……騎士の皆さんにこんなことを言うのは失礼だと思うけど、リムステラに正面から対抗できるのは兄さんだけだと思うの」
国家騎士は接近戦において無類の強さを誇ると耳にする。しかしリムステラは規格外の存在だ。そんな彼女に対抗できるのはロブしかいないのではとニーナも思う。
ただリムステラのもとに向かうということはつまり、自分たちから危険地帯に足を踏み込むということである。命からがら逃げてきたというのに。ニーナは複雑な気持ちだった。
「報告にあった喋るブタか。正体は人間で、彼もリムステラの被害者だと聞いているが」
「そうなんだけど、でも、変身すればリムステラだって圧倒できるわ」
「別に実力を疑っているわけじゃない。私もマシンゴーレムとの戦いでは現場にいたからな。あの兵器が放った熱光線から街を守ったのも彼なのだろう? それだけ力のある魔法使いが味方となってくれるのなら、こちらとしても心強いが。しかしいいのかい? 奴らのアジトに足を踏み入れることがどれほど危険なのか、君たちは身をもって知っているだろう?」
「ええ、でも兄さんの呪いを解く一番の近道は、呪いをかけた張本人であるリムステラを捕らえて、呪いを解かせることなの。別の道も模索してるけど、だからってこのチャンスを逃したくないわ」
「まー、俺は自分自身の呪いを解くことを焦ってないんだけども、アデリーナには街に来た当初からお世話になってるしな。力になれるんなら協力したいと思うんだぜ。もちろん迷惑かけないように安全第一でいくから、もしよかったら連れていってくんないかな?」
「二人の意思は固い、か。ニーナさんはどうする」
「私は……私も連れて行って欲しいです」
「ちょっとニーナ!?」
シャンテは信じられないとばかりにニーナの瞳をまじまじと見た。
「足手まといなのはわかってる。でも私だって二人の力になりたいんだよ」
「気持ちはありがたいけど怖くないの? これはアタシたち兄妹の問題なんだし、無理はしなくていいのよ?」
「そうだぜ。<一角獣のツノ>や<ゼノクリスタル>を手に入れられたのだってニーナのおかげなんだ。もうじゅうぶんニーナは俺たち兄妹の力になってるんだぜ」
「そうよ。相談もなく勝手に決めたことは悪いと思うけど、ニーナを危険な目に合わせたくないのよ。それでなくともアタシたちの問題に巻き込んでしまってるし」
「うん、でも……」
本音を言えば怖い。リムステラのことを思い出すだけで体の震えが止まらない。ニーナはただの村娘で、戦いのなかに身を置いてきた二人や騎士たちとは違う。戦いに臨む理由だって確固たるものがあるわけじゃない。だからシャンテが初め、アタシたちも行きたいとクリストフに訴えたときは戸惑っていた。
それでも連れて行って欲しいと願い出たのは、ニーナなりの理由があった。
「ほんとは逃げちゃいたいよ。でも、いつまでもリムステラの影に怯えるのは嫌なんだ。それに錬金術やオルドレイクさんの技術を悪用しようとする人たちのことも許せないんだよ。役に立てるかどうかなんてわからないけれど、見て見ぬふりはしたくない」
「ニーナ……」
「まっ、一緒に来てくれるって言うなら、それはそれで安心だよな。俺とシャンテが責任もって守ってみせるぜ。……ということなんだけど、どうかな?」
ロブがクリストフの顔色を窺うと、そこまで考えてのことなら断る理由はなにもないと副団長は頷いた。
「ただ、今回の作戦は時間との勝負になる。数時間後には戦闘になっていると思うが、それでも来るか? 傷は魔法で治療してやれるが、疲労困憊の体を癒してやることまではできない」
「治療していただけるだけでじゅうぶんです。とっておきのポーションと、どんなに短い時間でもぐっすり快適に眠ることができる魔法の道具がありますから」
「わかった。それでは船の一室を君たちに貸し出す。海賊たちが潜む島の近くまで船で移動したのち詳細な作戦を伝えるので、それまでゆっくりと体を休めてくれ」
そのあとニーナたちは女性に案内されて、船の一室に辿り着く。そこで清潔な布で手足を拭って、癒しの奇跡で傷を癒してもらう。そのあいだ食べ物を胃にひたすら詰め込んで、ポーションを喉に通してからすぐに眠った。
そしてまだ夜も開けない早朝の時間帯に目を覚ますと、ニーナはリュックの中身を確認する。わがままを言ったのだから、連れて行ってもらうからにはみんなの力になりたい。ここよりはクラーケンを避けるために箒に乗って海賊船に乗り込むという手筈となったのだが、もう間もなく出発するという直前まで自作の発明品と睨めっこしながら、どんなときに役に立つことができるのかニーナは考え続けるのであった。
これまでに登場した発明品が大活躍の予感!?
ニーナはどんな使い方をするのでしょうか、ご期待を!




