命がけの鬼ごっこ④
殺せ、殺せの大合唱のあと、各地に散っていた海賊たちが一斉に動き出した。これまでの緩慢な動きから一変して、誰もが血眼になってニーナたちのことを探している。明らかにあの汽笛の音から動きが変わった。これまでだって必死になって逃げていたというのに、いままでは遊ばれていただけだと気付かされたニーナは泣きだしそうになるのを懸命にこらえて走る。
「そっち行ったぞ! 絶対に逃がすな!」
昼間は連携なんて皆無だったのに、いまは周りの者たちと協力して追い詰めてくる。ただ、やはり部隊ごとに競っているのか、喧嘩も至る所で勃発していて、妨害行為も激しさを増している。なんとかこうして逃げることができているのも、海賊たち同士で潰し合ってくれているからだった。
「……うっ!?」
投げつけられたナイフが膝元をかすめる。血が噴き出し、その痛みから転んでしまいそうになるのをシャンテに支えられる形でどうにか耐える。相手が武器を手にしているのも昼間と違うところだった。
前方より敵がやってくる。後ろを振り返ってみても、右手を見ても海賊の姿が。残された道は一つだけだと、ニーナたちは進路を変えてなだらかな上り坂を突き進む。考える暇も余裕もなくて、ただ敵の姿が見えないところを目指して走っていた。
それが海賊たちの思惑に嵌まった結果だとも知らずに。
上り坂を駆け上がった先にあるのは断崖絶壁。目の前は行き止まりだが、けれどそれはワイヤーが活躍するチャンスでもあった。
しかしながらそれは、これまで通りだったらの話だ。
「そんな……」
崖の先端に立ったニーナは言葉を失った。眼下では、ニーナたちが降りてくるのを待ち構えるように、松明を掲げた海賊たちが埋め尽くしていた。
「へへっ、追い詰めたぜぇ、子ウサギちゃんたち」
背後を振り返る。ニーナたちがたったいま登ってきた坂は、いまや海賊たちが占拠してしまった。
海賊たちを従えるその男は、他の者たちと一線を画していた。体格や威圧感が明らかに違うだけでなく、右腕が異常なまでに発達している。その腕が気になって注視していると、男はこちらに見せつけるように黒い手袋を捨て去った。
現れたのは黄土色に鈍く光る、機械仕掛けの腕だ。
「俺の名はグレゴリー。泣く子も黙るブラッドリー海賊団の二番隊隊長様であり、お前らの人生を終わらせる男だ。大人しく降伏するならそれで良し。しかしながら、もしもこの期に及んで抵抗するつもりなら……」
グレゴリーは機械仕掛けの腕を見せつけるように手のひらをこちらに向けて
──砲撃。轟音と共に放たれた砲弾がニーナたちの真横を通り過ぎ、虚空の彼方へと消えた。
「逆らう奴から跡形も無く消し炭にしてやる。まあ船長からはお前らを生け捕れと命じられているが、どっちか一人でも生きていればいいだろう。船長は従順な女が好きだからな、ここでしっかりと調教しておかねえと」
ジワリと滲む汗。いまの砲撃はただの脅しだったけれど、次も当ててこないとは限らない。ロブが変身すればグレゴリーにだって負けないだろうが、男の背後にリムステラが控えていることを想えば、ここで切り札を使うわけにもいかない。まさに絶体絶命。けれどここをどうにかして切り抜けないと……
グレゴリーが一歩踏み出す。
ニーナたちは後ずさるが、背後は崖。もうこれ以上は下がれない。
「──待ってください!」
そう叫んだのはグレゴリーの後ろに控える海賊だった。
男はグレゴリーの前まで走り寄ると、膝を折り、土下座しながら頼み込む。
「グレゴリー隊長! 俺にタイマンの機会をください! アイツには鼻を折られた恨みが!」
──思い出した。あの人、洞窟でシャンテちゃんに飛び膝蹴りをされた男の人だ。つまりあの人の標的は……
「狙ってるのはアタシか」
「シャンテちゃん!」
「大丈夫よ。ここまで追い詰められちゃったいま、戦ったところでなにかが変わるとも思えないけれど、でも最後に全力を出せる機会をもらえるというのなら願っても無いことだわ」
いまにも泣き出しそうな顔をするニーナの頬に両手を添える。
心配しないで。そう言ってシャンテは気丈にも笑ってみせた。
「それじゃあ行ってくるわ、兄さん」
「無理すんなよ。こんな状況だが、まだ最悪じゃないんだ」
「わかってる」
最悪なのは三人のうちの誰かが殺されてしまうこと。生きている限り希望は消えない。だから相打ちなんて狙わないし、たとえ無様に負けることになっても自分から命を絶つようなことはしない。
──まあ、負けるつもりなんて微塵もないけど。
相手の方も話がまとまったみたいだ。グレゴリーより許しを得た男が立ち上がり前へと進み出ると、腰に携えたサーベルを引き抜いた。左手に松明を掲げたままということは、あれも武器として使用するつもりなのだろうか。
対するシャンテはナイフ一本。
腰を低く落とし、臨戦態勢を整える。




