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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
10章 冒険は終わらない
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命がけの鬼ごっこ①

 マーレ海に浮かぶ列島の一つ、モーゼス島。海洋貿易会社を営むジェラルドが所有するこの島も、上空から見れば他の島々となんら変わらない。しかしこの島の地下に広がる広大な洞窟の内部には、この海域を航海するものなら誰もが恐れるブラッドリー海賊団のアジトが存在していた。


「ガハハハッ! まんまと逃げられたな!」


「笑い事じゃないわよ」


「ん? たかが小娘二人とブタが一匹逃げ出しただけ。なぜそうも不機嫌になる?」


 いつも余裕のある態度を崩さないリムステラが珍しく苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見て、海賊団の船長であるキースは不思議がる。


「あの見た目に騙されちゃダメ。ブタはブタでも、その正体は大魔法使いなのよ。悔しいけれど実力は私よりも上ね」


 これにはジェラルドも興味をそそられる。プライドの高いリムステラにそこまで言わせるほどの相手とはいったいなにものなのか。今後の交渉を有利に進めるためにも、魔女が恐れる相手の情報はぜひとも手に入れておきたい。


 しかしそういった駆け引きに興味がないキースは、またしても大口を開けてガハハハッと笑った。


「なーに、恐れる必要はない。いくら魔女殿に匹敵するほどの魔法使いでも、魔力には必ず限りがあるというもの。適当に追い回してやればそのうち力尽きる。そうだろう、魔女殿?」


「……ええ、そうね。そうだったわ。ここには頼もしい海賊の皆さんがいるんだもの。この数を相手に人間一人ができることなんて限られているわよね。そこで一つ、あなたたちの強さを見込んでお願いしたいことがあるんだけど」


 リムステラはいいことを想いついたという風に船長に近づくと、耳元に手を当て、甘えるような声で何事かを囁く。するとキースもまたニヤリと笑った。さすがは魔女殿、なかなか面白いことを考える。そういうことなら喜んで協力しようではないか。乗り気になった海賊団の親玉は、おい野郎どもっ、と大声を張り上げた。


 洞窟内に反響する号令。それを聞きつけた海賊たちが一人、また一人と顔を出す。ぞろぞろとキースを囲むようにつどう者たちと、キースの背後に停泊する、軍艦にも匹敵するほどの巨大な海賊船から身を乗り出す者たち。総勢五百名を超える屈強な男たちがキャプテンキースの呼びかけに集まった。


「いいかよく聞け。これから狩りを行う。標的は三人。俺たちの会話を盗み聞きした挙句、さっさと逃げ出しやがった二人の少女とブタ野郎だ。こいつらを生け捕りにしろ! 最悪ブタは殺してもかまわねぇ。女は面倒なら両手両足の骨を折ってもいい。とにかく俺の前に引き釣り出してひざまずかせろ! この島に足を踏み入れた不幸を死ぬほど後悔させてやれ!」


「イエス、キャプテンキース!」


「カネロ、グレゴリー、マイルズ、ウーフェン。お前らはいつも通り隊を組め。捜索隊だ。島中をくまなく探して奴らをとことん追い詰めろ。見事生け捕りに成功した部隊には、先日街で略奪した金銀財宝のすべてをくれてやる。女一人につき半分、早い者勝ちの競争だ!」


「うおぉー、キャプテンキース!!」


 女一人を捕まえるだけで2000万ベリルに近い額の財宝が手に入る。部隊ごとに山分けとなるが、それでも相当な額だ。この破格の報酬を賭けた遊びを前に、海賊たちのボルテージはより一層激しさを増していく。


「ただし! 余興にも最低限守るべきルールというものは存在する。俺たち海賊団にとっちゃ規則なんてクソ喰らえだが、遊びというもんは案外縛りがあったほうが面白い。そこでだ。みんなで長く狩りを楽しむためにも、ルールを二つだけ設けようと思う。一つはさっきも言った通り、女二人は絶対に殺すな。そしてもう一つは──」







「ねえ、なんかさっきから海賊たちの数がやけに増えてない?」


 シャンテの疑問に、ニーナは茂みに身を隠しながら小さく頷いた。


 洞窟から逃げ出したときは背後に追手がいた。けれどその人たちはどういうわけか途中から追ってこなくなった。早々に諦めたのだろうか。リムステラがそう易々と逃がしてくれるとは思わないが、なんだか拍子抜けした気分だった。


 けれど程なくして、屈強な男たちが奇声を上げる姿が至る所で見られるようになる。あるものはニーナたちの名前を猫撫で声で呼び、あるものは陽気に歌っている。やる気のないものも多数で、のんきにあくびをしているものまで。完全に遊ばれていると知ったニーナたちは胸のうちに悔しさが込み上げるが、ロブは舐めてくれてるならラッキーだなと、いつも通り飄々としているのが頼もしく思える。


 この数を相手に追いかけっこなんて無謀だ。特にニーナは裸足で怪我もしている。体力だって男たちに適うはずがない。見つかったら一巻の終わり。ニーナたちは息を押し殺し、木々や茂みを利用して隠れることに専念する。海賊たちがここを根城としているのはもう疑いようもない事実だが、建物らしきものは影も形もない。起伏が多いことも含めて、セオドア島と非常によく似た景色が広がっていた。


「それにしても追ってこないね、魔女。てっきりすぐにでも箒に乗って攻めてくると思ってたよ」


「そう? アタシは意外でもなんでもないかな。だってアイツいっつも取り巻きの男どもに命じるばかりで、自分からは滅多に動こうとしないから。……ああでも、ニーナを誘拐したときは自ら乗り込んできてたわね。けどさ、やっぱり兄さんが側にいるあいだは迂闊に近づけないんじゃないかな?」


「そっか。ロブさんの魔法の恐ろしさはリムステラが一番よく知ってるもんね」


 ロブがいる限り魔女も容易には攻め込めないということか。

 けれど裏を返せばそれは、変身が解けたあとならいつでもニーナたちを捕まえられるということでもある。ロブの魔法に頼るのは最後の手段と考えて、そういった状況に追い込まれないようにうまく立ち回らなくてはいけない。


「どうすればこのまま逃げ切れるかな?」


「ひとまずはここで見つかるまで休めばいいと思うけど、そのあとは相手の出方次第よね。状況によっては戦わないといけないと思うし。ニーナは体力的には辛いと思うけど、魔力の方はどう?」


「そっちは全然大丈夫。まだちょっとワイヤーを使っただけだし」


「それは頼もしいわね。でもアタシより魔力に余裕があるからって過信は禁物よ。相手の数も相当多いみたいだし」


「何人ぐらいいるのかな?」


「そんなのわかんないけど、あれだけ大きな船を隠し持ってたんだもの。結構な人数がいると見るべきね。それに奴らの背後には魔女だけでなく海洋貿易のドン、ジェラルドがいる。お金には困ってないでしょうから人も武器も揃ってるんじゃないかしら」


「厳しいね」


「正直な話、フラウが箒に乗って助けに来てくれることぐらいしか助かる道は残ってそうにないのよね。今回ばかりは国家騎士も頼れそうにないし」


 この海域に侵入した船はすべてクラーケンによって沈められてしまう。だから海上からの助けは期待できない。来てくれるとすれば空から、フラウが探しに来てくれるのを待つしかない。


 けれどフラウが無事なのかもわからないのが、ニーナたちにとって辛いところだ。同じように海に投げ出されていたとしたら別の島に流されているかもしれない。そうでなくとも気を失って眠っているかもしれないし、仮に上空から探してくれているとして、海の上を捜索しているかもしれない。この海域には他にも地図に乗らない様な小さな島が無数にあるから、目星を付けるだけでも苦労するはずだ。ニーナは空を見上げたが、視界を横切ったのはV字に並んだ鳥の群れだけだった。


「どこを見渡してもむさ苦しそうな男ばっかりね。どれくらいの人数を割いているのかしら。案外洞窟に戻ったほうが警戒が手薄だったりして」


「いっそ海賊船でも奪っちゃう?」


「名案ね。リムステラさえいなければだけど」


 そのとき、ニーナのすぐ背後に海賊が迫っていた。

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