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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
10章 冒険は終わらない
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洞窟に潜むもの②

 奥へ奥へと進みゆく船。

 そのあとを追ってニーナたちは道なりに進む。壁面に一定間隔で取り付けられたランタン灯りによって、洞窟内は先ほどと一転して明るくなったものの、それでもごつごつとした岩の上を歩くことには苦労する。跳ねた水しぶきがかかって濡れた石の上を歩くときは、転んでしまわないよう特に注意が必要だった。


 恐らくこの道は人が通ることを想定していないのだろう。険しい道のりではあったが、その一方で見張りらしき人影は見当たらず、誰にも見つかることなく広い空間まで出ることができた。


 船は洞窟内でも一際大きな空間にて錨を下ろしていた。そこはちょっとした港町のような光景が広がっており、先ほど真横を通り過ぎた船以外にもう一隻、立派な大型船が停泊している。クノッフェンでも大小さまざまな船を見かけたが、そのいずれよりもずっと巨大な海賊船だ。


 海賊たちの人数は、ここから見える限りでは十名ほど。しかしながら、あれだけ大きな船を所持していることから、船員がこれだけしかいないとは考えにくい。ニーナたちは見つからないように身をかがめながらこっそりと近づき、突き出た岩陰に隠れながら様子を窺う。(そこに至るまでの途中に一つ扉を見つけたが、扉に取り付けられた窓から内部を窺うと、男たちが地べたの上に大の字になって眠りこけていたので無視をした)


「おらっ、降りろ!」


 海賊の一人が声を荒げている。続いて両手を鎖で拘束された二人の女性が船から降りてきた。一人は白い修道服姿の小柄な女性であり、もう一人は……


「えっ、アデリーナさん……?」


 ミッドナイトブルーの隊服を纏った赤髪の騎士は、遠目から見ても目を引いていた。捕虜となっても気高さは少しも失われておらず、周囲の男たちが薄気味悪く笑うなかでも毅然とした態度で口元をきつく結び、まっすぐ前だけを見つめている。


 ──間違いなくアデリーナさんだ。でも、だとしたらいったいどうしてこんなところに……


 アデリーナの剣捌きは一度だけではあるがこの目で見た。マシンゴーレムの体を颯爽と駆けあがり、突き出た煙突を素早く斬って落とす。いくら屈強な海賊たちが相手とはいえ、そんな芸当できる彼女が捕虜になるなんて信じられない。きっとなにか理由があるはずだ。


 とはいえ、いまは理由なんて後回しでいい。早く二人を助けなくては。

 ニーナはシャンテの名前を小声で呼んだ。


「わかってる。人が集まってくる前に隙をついて助け出しましょ。アデリーナの拘束を解けば、きっと頼もしい味方になってくれるはずよ。アタシと兄さんで突撃を仕掛けるから、ニーナはここからワイヤーや<魔力矢の指輪>を駆使して援護して」


「うん、わかった」


「……ちょっと待った」


 二人が身を乗り出そうとしたところで、ロブが待ったをかける。

 ちょうどそのとき、視界の奥のほうで扉が開いた。丸太を切って作った簡易の小屋のようなところから人が出てきたのである。一人は首元にマフラーを巻き、丸眼鏡をかけた背の高い男性で、頭にはハット帽をかぶっている。そしてもう一人はニーナたちの良く知る人物であった。


「リムステラ……」


 ドクンと、心臓の鼓動が跳ね上がる。

 艶めく黒髪に真っ黒なドレス。口元に浮かべた妖艶なる微笑み。

 まさか、そんなはずは、と思う一方で、けれど間違いなくその人物はニーナを誘拐した魔女で間違いなかった。その瞬間、思い出されるのはビーカーの中で溺れかけた時の記憶。忘れてしまおうとしていた出来事が鮮明に蘇り、体の震えが止まらなくなる。嫌な汗も噴き出してきて、息を吸うことすら苦しくて、きゅっと痛む胸元に小さな手をやった。


 けれどそのとき、異変に気付いたシャンテが手を握ってくれる。そして大丈夫、アタシたちがついている、と目で合図してくれた。


 ──そうだよね。いつまでも怯えて逃げていちゃだめだ。


 ニーナは深く息を吸って呼吸を整えると、相手の目的を確かめるために、静かに耳を傾けることにする。


 男と魔女がアデリーナたちのほうへと歩み寄った。


「ようこそ俺の島へ、聖女様に国家騎士殿。招いた覚えはありませんが、まあ歓迎いたしますよ」


 男はハット帽を取り、恭しくお辞儀する。


「俺の名はジェラルド・マークス。この島の所有者であり、海洋貿易会社を営む傍ら、裏社会を牛耳る武器商人でもあります。といっても、名乗らずともそのあたりのことは全てご存知でしょうが。なにせわざわざこの島に乗り込んで来ようとしたぐらいですから、当然俺の情報はある程度掴んでますよね?」


 ジェラルドがアデリーナたちに問いかけるが、二人は押し黙ったまま答えない。

 するとなにを思ったかジェラルドは拳を握り、聖女の腹を思いっきり殴った。小柄な女性は苦悶の表情を浮かべてその場に蹲ってしまう。その様子を遠くから見つめていたニーナはいきなりのことに驚き、小さく肩を跳ねさせた。


 セシル様っ、とアデリーナが叫ぶ。


「ははっ! 実にいい気味ですよ! 身の程もわきまえず反抗的な態度をとるからいけないのです。さて、では質問です。いったいあなたたちは俺の情報をどうやって掴んだのですか? 誰が秘密を漏らしたのでしょうか?」


 ジェラルドが鼻先に迫る勢いで顔を近づけるが、騎士は唇を固く結んだまま。あくまでも口は割らない構えだ。するとジェラルドはニヤリと笑い、騎士の目の前で聖女を蹴飛ばした。


「これでもまだだんまりを決め込みますか。まあいいでしょう。時間はたっぷりありますから」


「いいえ、すぐにでも私の仲間がここへ駆けつけるはずよ。いますぐ荷物をまとめて逃げ出す準備でもしたほうがいいんじゃないかしら?」


 アデリーナは気丈にも言い返すが、なにがおかしいのか、ジェラルドは口元に手をやって笑う。


「あなたはなにも分かっていないようですね。もしかしてまだ、あのクラーケンが偶然あなた方の乗る船を襲ったとお思いですか?」


「……どういう意味よ?」


 男の言葉に、アデリーナの顔に初めて動揺が広がる。

 でもそれはニーナたちも同じだった。


「そのままの意味ですよ。クラーケンを操っていたのは我々だということです」


「そんなことできるはずないわ」


「いいや、それができちまうんだよなぁ」


 そう言ったのはジェラルドとは別の男だ。ジェラルドが若くて知的なイメージを漂わせる商人だとすれば、こちらは生粋の海の男。豪快に伸びたぼさぼさ髪に、これまたへそに届くぐらい長く伸びた真っ白な髭が特徴的で、海賊旗をそのまま纏ったようなマントを羽織っている。他の海賊たちより身なりが良いことから、彼がこの海賊団の船長だということは明らかだった。見たところ年齢は五十に近い。


 そんな男が懐から取り出したのは、深海のような暗くて濃い青色をした丸い水晶のようなものだった。


「この青の宝珠さえあればクラーケンだって素直に言うことを聞いちまう。さすがの国家騎士様も船を沈められちゃあどうしようもない。まさに犬死だな。ガハハハッ」

 

 大口を広げて笑う海賊をアデリーナは睨みつけるが、その目にいつもの力強さはない。きっとニーナたちが見かけた船に乗っていたのがアデリーナたちであり、すでにあの怪物の恐ろしさを身をもって知っているのだろう。


「で、こいつらはどうするよ? いつもなら奴隷として売り飛ばすところだが、こんな美人は滅多にお目にかかれねえ。できれば俺たちに譲って欲しいところなんだが」


「俺は別にそれで構いませんが……」


 ジェラルドはリムステラの表情をちらりと窺う。


「そうねえ、私としてはどちらか一人、薬の実験台になってもらいたいのだけど」


 リムステラは捕虜となった二人を交互に見やり、どちらが実験に付き合ってくれるのかしら、と訊ねる。


「それなら私が」


 アデリーナが聖女を庇うが、もう一人も、私が引き受けますと言って訊かない。


 そんな二人の姿がおかしいのか、リムステラは口の端を吊り上げて笑っている。なんて性格の悪い女なんだろう。魔女には人の心がないのだろうか。ニーナはなにもできない自分が悔しくて唇を噛みしめた。


「ねえ、どうにかして二人を助けられないかな?」


 このままでは二人とも自分と同じように辛い目にあうに違いない。そうなる前に助け出したくて、ニーナは声を潜めてロブに訊ねた。


「さすがにこの状況じゃ厳しいな。仮に二人を救出したとしても逃げ場所がねえから、そのうち捕まっちまう。クラーケンがいる限り島からの脱出も無理だしな」


 このまま黙って見ていることしかできないのだろうか。せめて青の宝珠だけでも奪えたら、クラーケンを味方につけられるかもしれない。そうすれば八方塞がりに思える現状だって変えられるのではないか。ニーナは手の中で光る青色の宝玉をじっと見つめる。


 けれどそのとき、後ろから足音が聞こえてきて──

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