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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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兄妹の秘密

「しっかりしてください、ロブさん!」


 ゴンザレスを氷漬けにしたロブは、そのときに力を使い果たしてしまったのか気絶してしまっていた。いくら体を揺らせども、なんの反応も示してくれず、どうすればいいのかと途方に暮れてしまう。ひとまずロブを抱きかかえ、シャンテが倒れている場所まで連れていく。


「シャンテちゃん! ロブさんが!」


 声をかけてみたが、シャンテもまた苦しそうだった。額にしっとりと汗を掻き、口を開けて体全体で呼吸をしている。顔も赤く、熱にうなされているかのよう。傷口が熱を持つこともあると、どこかで聞いたことがある気もするけれど、そんなときどうすればいいのかニーナは知らなかった。どうしよう。ここには私しかいないのに、どうすれば二人が目を覚ましてくれるのか分からない。ニーナは自分の無力さに打ちひしがれそうになる。


 それでも、とにかく行動しなければ二人が死んでしまう。

 ニーナは背負っていたリュックサックから<激辛レッドポーション>を取り出すと、小瓶の栓を開けて、それからシャンテの上半身を持ち上げる。そして無意識に荒く呼吸を繰り返すシャンテの口元に、ゆっくりと赤い液体を流し込んだ。


「──うぷっ……がはっ!?」


 カッと見開かれる目。続いて苦しそうに咽込むせこみ、咳き込み、ゴホゴホと。落ち着くまで何度も上半身を揺らす。それに合わせて揺れる藍色の髪。あまりの辛さに目には涙を浮かべていた。


「こ、殺す気かぁ!!」


 ようやく話せるようになったシャンテは、開口一番にそう言った。

 怒られた。殺す気なのかと叱られた。けれどそんなことより、意識を取り戻してくれたことが嬉しくて。


「シャンテちゃん!」


 ニーナはシャンテに抱き着いた。ぎゅっと、ぎゅっと、抱きしめた。


「よかった。よかったよぉ。とっても苦しそうで、呼びかけても返事してくれなくて、もう死んじゃうんじゃないかと心配で、うぅ……!」


「もう、大げさね……」


 ニーナの髪をシャンテの指が優しくなでる。

 よかった。生きていてくれて本当によかった。もう涙は止まりそうにない。このままシャンテの胸に顔をうずめて……


「はっ、ロブさん! ロブさんが!」


 ニーナは慌てて顔を上げると、ロブが気絶したままなんだと、力を使い果たしてしまったのか、ゴンザレスを倒したあとに突然倒れてしまったのだと、頭のなかで整理できないまま、それでもシャンテにロブのことを伝えようと思い浮かんだ言葉をそのまま並べた。


「それで、それで……!」


「ちょっとニーナ、落ち着いて!」


「落ち着いてと言われても、だってロブさんが!」


 ──ぎゅるるるるるぅ~!!!!


 えっ、いまの、なんの音ですか?

 それは不吉な音のようでもあり、なんとも気の抜けるような音でもあり。えっと、まさかとは思うけれど、いまの音って。


「な、なにか食い物を……!」


 もう疑う余地もない。いまのはロブの腹の音。つまりは、空腹で倒れてしまっただけなのだ。なんと人騒がせなブタさんなんだろう。


 ニーナはかばんをガサゴソと漁り、家から持ってきたハムやチーズなどの保存食を並べてみる。するとロブはすぐに跳び起きて、がつがつむしゃむしゃと、それはもう一心不乱に食べ始める。ニーナは呆れてなにも言えなかった。


 まあでも、死んでなくてほんとによかったよ、うん。


「ニーナ。アタシのかばんからポーションを取ってくれる? 青紫色の水薬なんだけど」


 ちょっと待ってね、と地面に落ちていたかばんを拾い上げてなかを覗いてみると、たしかに取り出しやすい位置にそれはあった。小瓶に貼られたラベルには<メンタルポーション>とある。たしかこれは魔力回復の効果が見込まれるほか、動悸どうきや息苦しさを抑える効果があり、主に<魔力欠乏症まりょくけつぼうしょう>の人間が好んで使うポーションだったはず。


 ということは、もしかしてシャンテは──


「えっと、これであってるかな?」


「うん、それ。……もう気付いたかもしれないけど、アタシは生まれつき魔力が少なくて、薬に頼らないとまともに魔法が扱えないの。この熱が出たみたいな症状も、魔力の枯渇が原因なんだ。たったあれだけの魔法を使用しただけで息が苦しくなっちゃうなんて、ほんと笑っちゃうよね」


 シャンテが抱える<魔力欠乏症>とは、体内で作られる魔力量が不十分である状態のことを指す。基本的には偏った食生活が原因とされているが、ごく稀に、いくら魔力の素となる<マナ>を摂取しても、体内で魔力を作ることができない人がいる。


「アタシはもともと兄さんに憧れて魔法使いになるのが夢だったんだ。それなのに体が成長しても魔力量は増えなくて。お医者さんに調べてもらったら、慢性的な魔力欠乏症だって診断されたの。あのときは夢を諦めなさいと言われた気がして悔しかったなー」


「シャンテちゃん……」


「そんな暗い顔しないで。アタシはまだ夢を諦めたわけじゃない。限られた魔力でも立派な魔法使いになることが一つの目標なんだ。無茶苦茶な夢だって思うかもしれないけど、ニーナなら応援してくれるよね?」


「もちろん! そんなの当り前だよ!」


 これまで散々夢を馬鹿にされてきたからこそ分かる、応援してくれる人の存在がどれほど有難いことか。ニーナが錬金術師の夢を諦めずに持ち続けられたのも、おばあちゃんの存在がなにより大きかった。だからこそ、ニーナはシャンテの夢を応援したいと心から思うのだ。


「ありがと。でも、アタシの夢はそのうち叶えばいいから急ぎじゃないんだ。それより真っ先に解決しなければいけないことがあって──」


 そのとき、誰かが駆けてくる足音が聞こえてきて、ニーナとシャンテは同時に音が鳴るほうへと視線を向けた。

 向こうから紅蓮の髪を揺らす女性がこちらへと近づいてくる。ふっくらとした赤い唇がとても印象的な、ミッドナイトブルーの衣服に身を包む大人の女性である。


 その姿を一目見たシャンテは、まったく遅いのよ、と悪態をついた。


「知ってる人?」


「知ってるもなにも、あの紺色の服、エルトリア王国騎士団の隊服よ」


 ニーナは目を瞬いた。嘘だよね、と思いつつ、でもたしかによく見れば腰に刀を差している。<武雷刀ぶらいとう>と呼ばれ広く知られる、持ち手の部分から鞘まで真っ黒な騎士専用の刀だ。柄と鞘の部分を鎖で雁字搦がんじがらめにして固定してあるから間違いない。


「ごめんなさい。遅くなったわ。ケガはないかしら?」


「あっ、はい。なんとか大丈夫だと思います」


「私は騎士のアデリーナ。夕焼け空に走る、不自然な軌道の青白い稲妻を見たという目撃情報を頼りに来てみたんだけど、この状況を説明してもらえるかしら?」


 なるほど。どうやらアデリーナは、ムスペルが上空に逸らした<七曲がりサンダーワンド>の雷撃を見た人の情報を追って、ここへとやってきたようだ。特に二度目に放った雷撃は空高くまで上がったあと、そこから地上へと半円を描くような軌道だったから、誰が見ても人為的なものだと気付いてくれたみたいだ。


 ニーナは状況をかいつまんで説明する。家探しの途中でムスペルと出会ったこと。財団が支援してくれるというが、それはニーナたちを誘い出すための嘘だったこと。狭い路地裏の一本道で挟み撃ちにされて、どうしても戦わざるを得なくなったこと。


「あの巨大な氷の塊も、あなたたちがやったの?」


「ああ、それは旅の人が助けてくれたのよ。で、颯爽さっそうと現れて、名前も告げずに颯爽と帰っていったわ」


 シャンテはロブのことを隠すつもりらしい。説明するのが面倒だったのか、話したところで信じてもらえないと思ったのか。どちらかはあとで訊いてみないことには分からないが、とにかくシャンテは適当な嘘を並べた。


 ここまで話したところで、他の騎士たちも駆けつけてきた。男ばかりで、女性はアデリーナ一人のようだ。けれど指示を出しているのはアデリーナなので、彼女は部隊の隊長を務めているのかもしれない。もしそうだとしたら、とても凄いことだと思う。


 ムスペルの懐を漁っていた男性騎士がアデリーナに報告にくる。彼の手には黄色い錠剤の入った小瓶があった。


「それは?」


「これ? ……そうね、本来なら人に教えるものじゃないんだけど、今回あなたは被害者だし、知る権利もあるわよね。これは<デゼジティレーション>と呼ばれる薬よ。といっても、察しがついてると思うけどただの薬じゃなくて、筋力を増強したり、痛覚をマヒさせたりするドーピング剤。つまり違法な薬剤なの。最近こういうのが出回っているから大変でね」


「違法なお薬、ですか」


 ニーナは少し悲しくなる。なんのために、なんて訊くまでもない。この薬で誰かが儲かる。誰かが得をする。だからこんな薬が世に出回るのだ。

 そしておそらくこれを作ったのは……


「やっぱりこの薬って錬金術師が作ったんですか?」


 ニーナが訊ねると、アデリーナは困ったような顔をした。

 錬金術師は発明家であり、同時に科学者でもある。最適な素材の組み合わせを論理的に導き出し、新たな薬を開発するのは錬金術師の十八番。そしてここクノッフェンは錬金術師たちが多く暮らす街だ。違法な薬の錬成を試みるものがいてもおかしくない。そして製造した薬を冒険者たちに売り払うことで、手っ取り早く稼ぐのだろう。


「あなたには辛い現実かもね。でも気にしないで。たしかにこれを作ったのは錬金術師だと言われているし、犯罪行為であることは間違いない。でも、なにも錬金術そのものが悪いわけじゃない。ただ心の弱い人がいるだけ。この街で生き残るのは大変だからか、つい犯罪に手を染めちゃう人があとを絶たないの。楽して儲けたいだとか、どんな卑怯な手を使っても相手より上に立ちたいだとか、そういうズルい大人が沢山いる。残念だけど、現実ってそういうものなのよ」


 ──夢見がちな若者と、それを利用する悪い大人。つまり私は、若者たちの夢を食って金を儲ける極悪人ってわけだ。


 ニーナはムスペルの言葉を思い出していた。クノッフェンには人の数だけ欲望が渦巻いている。それは夢のようなキラキラしたものばかりじゃなく、欲にまみれたどす黒い感情も入り混じっているのだろう。決して分離できない、この街のもう一つの側面のように思われた。


「それはそうと、もう遅い時間だし、せめてあなたたちを家まで送ろうと思うの。……って、そういえば家探しの途中なのだったかしら?」


「そうなんです。今日一日探した程度じゃ、良い家が見つからなくて。いえ、正直に言えば私の見込みが甘すぎて、どこもお高く感じてしまいまして」


「まあアタシも、右に同じく、ってとこかしら」


「あら、もしかして二人は別々に家を探しているの?」


「えっと、シャンテちゃんとはこの街に来る途中で知り合ったばかりで、それぞれの家探しに協力しようと意気投合したと言いますか」


 そうだったのね、とアデリーナが頷く。そして考え事をするかのように空を仰いでから、再びニーナに向き直った。


「二人の関係は分かったけれど、お互いお金に困っているというのであれば、一緒に暮らすという選択肢はないのかしら?」


 それはまさに盲点だった。

 お互いの家探しが目標になっていて、一緒に暮らすという発想が頭から抜け落ちていた。


 でもたしかにアデリーナの言う通り、二人で暮らせば家賃は半分。食費だって抑えられる。なにより錬金術師と冒険者なら、お互いの目標のために協力し合えるはず。いま考えられるなかでも、最も現実的なアイデアなんじゃないか。ニーナは期待の眼差しをシャンテに向ける。


 シャンテも同じように考えてくれていたのか、反応を窺うように、ニーナのことをじっと見ていた。


 そして二人は顔を見合わせて頷きあうのであった。

次の話で一章は終了となります。どうぞお楽しみに!

ちなみにひとつ前のエピソードで活躍した<マジカルミラーZ>の末尾の「Z」は、ゾンビの頭文字です。動かざる屍複製機、というわけですね!

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