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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
9章 海と無人島の大冒険
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人魚姫のパレオ②

 ──<酸素水><秘密の胡麻ごま><スカイシャークの鮫肌>、そして<マージョリー製の切れない糸>。


 これらが入った瓶を一つ一つテーブルの上に並べる。いずれもフラウに頼んで買ってきてもらったものだ。これらと、もともとこの家にあった素材と、シャンテたちと一緒に採取したものを使って、これから二品作り上げる。失敗してもいいように素材は多めに用意しているが、そう何度も失敗を繰り返すと、もう一度フラウに買い出しに行ってもらわなくてはならない。いつも以上に気合を入れて取り掛からなくては。


 大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。


「それじゃあまずは<エアドロップ>から調合に取り掛かります」


 すでに沸騰させておいた<マナ溶液>に<ぶくぶく泡立草>と<サゴヤシのでんぷん>を投入し、そこへ<酸素水>を大量に加えてかき混ぜる。このときの火力は強火。水分を蒸発させることで粘りを帯び始めたところに、さらに<酸素水>を加えてかき混ぜる。この作業を三回繰り返すと、錬金スープの色は緑から青緑、そして飴色へと変化を見せる。


 そろそろ次に工程に移るときだ。

 といっても、もうすでにほとんど完成間近であったりする。


 ニーナは火力を弱火に調節すると、アンネリーネに目で合図して<秘密の胡麻>を受け取った。これは他の素材の特性を強く引きだしたいときに使われるもので、特に植物系の素材の効能を底上げする。今回で言うと<ぶくぶく泡立草>がそうだ。


 ニーナは調合の第一段階で、錬金スープに大量の酸素を溶け込ませた。この酸素をたっぷり含んだ飴は、舐めるとしゅわしゅわと、空気が弾けるような感覚と共に酸素が溶け出してくる。これこそ<ぶくぶく泡立草>の特性を活かしたものであり、泡立つように口のなかを酸素で満たすのである。少なくとも予定ではそうなるはずだ。


 <神秘のしずく>が入った小瓶を手に取る。

 本当に期待通りの発明品となるのか、緊張の一瞬だ。


「……いきます!」


 ニーナはそれを、沸き立つ釜の上でわずかに傾けた。


 ──ぼふんっ!


 大量の白い煙が錬金釜から立ち上る。あまりの煙たさに驚きはしたが、とにかく発明品は形になったらしい。ニーナは煙が収まるのを待ってから、釜の内側を覗いてみる。するとそこには宝石のように青く輝く飴玉がずらりと敷き詰められていた。


 それを一つつまんで口のなかに放り込んでみる。するとたちまち口のなかに酸素があふれ出してきた。想像以上の酸素の量に、ニーナは目を丸くする。エアドロップあらため、<しゅわしゅわエアドロップ>の完成だ。


「アタシにも試させてよ」


 扉のすぐ側でずっと見守ってくれていたシャンテがそう言って、青色の飴玉を口へと運ぶ。


「んんっ!? これ、すごいじゃない! ちょっと舐めただけで空気があふれてくる」


「だよね? うまくできてるよね?」


 飴玉一つでどれぐらい息が続くのかはあとで実験してみるとして、ひとまずこれで完成と言っていいだろう。

 ただ問題は<人魚姫のパレオ>である。こちらのほうが断然難しいそうだとニーナは始めから睨んでいた。







 さっそく次の調合に取り掛かろうとしたニーナだったが、その前にみんなで夕食をとることになった。フラウが戻ってきたときにはすでに西日が差しており、タイミング的にもちょうどよかった。アンネリーネは久しぶりに大勢で食事できることをとても喜んでいた。


 ただ驚いたことに、島暮らしだというのにアンネリーネは魚を食べないらしい。海の幸も海藻以外にはまったく手をつけないのだとか。だから今日の夕食は森で採れた肉や果実ばかり。それでも腕によりをかけて作ってくれた料理はどれも非常に美味しかった。子ウサギの肉にかかった果物のソースも絶品で、これにはシャンテも感心していた。あとでレシピを教えて欲しいとお願いしていたほどである。


 そうして一息ついてから、ニーナは再び錬金釜に向き合った。

 ただその前に、パレオの完成図を紙に描くなどして、できるかぎり詳細に完成した姿を思い描いた。


 マージョリーに感銘を受けてからというものの、ニーナは自分でも洋服づくりに挑戦したいと考え、関する書物を読み漁った。そのなかで大切なのは、どれだけ完成図を鮮明に思い描けるかだと書かれていた。すべての調合において完成図を描くことはもちろん大切なのだが、特に洋服は、それを着た人の笑顔まで想像することが大切らしい。


 ニーナもできる限り色や質感、それに生地の分厚さなどをイメージすることに時間を費やした。みんなの服を触らせてもらったり、使用する素材に手で触れてみたり、アンネリーネとイメージを共有したり。とにかくニーナは、まだ見ぬ<人魚姫のパレオ>を想像するために、思いつく限りのことをした。


 ──白いベールのような、それでいて淡い青とピンクが調和した、人魚特有の尾ヒレとうろこ。これから作るパレオは水に濡れると、そんな素敵な尾ヒレに変身する。水のなかをぐんぐんと進める魔法のパレオは触るとツルツルのスベスベで、陽の光に照らされて七色に輝くんだ……!


 そうしてできる限りの準備をしてから調合に臨んだのだが……やはり<エアドロップ>のように、一度の調合ではうまくいかなかった。どうにか黒煙を上げることなく形にはなったのだが、出来上がったのはぼろきれのような灰色の布。形だけは辛うじてパレオと呼べなくもないけれど。


「うーん、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ」


 アンネリーネは形になっただけでもすごいと言ってくれたが、しかしニーナは満足できなかった。一応試しに、暗い夜のなか、完成したパレオを身につけて冷たい湖のなかを泳いでみたが、やはりなんの変化も起きなかった。ぼろきれはぼろきれのまま。ただ泳ぐのに邪魔なだけだった。


 ──どうしよう。もう一回、と言いたいところだけれど、すぐに改善案が思い浮かぶわけでもないしなぁ。


 今回使用した素材は<瑠璃色珊瑚るりいろさんご>に<スカイシャークの鮫肌>に<ギザギザフィッシュの鱗>、そして<マージョリー製の切れない糸>の四つだった。調合を終えたいまでも、素材選び自体は間違っていないように思う。改善するなら手順や分量、あるいは煮詰める時間なのだろうけれど。


 悩んだあげく、その日の調合は止めておくことにした。疲れていたので、頭もうまく働かない。少し早いが、もう寝てしまおうと思った。アンネリーネの家は狭く、寝る場所も一人分しかないので、ニーナたちは彼女の家の近くにテントを張って、そこで眠ることにした。


 その夜、ニーナは夢を見た。

 そこは海のなかで、ニーナは<人魚姫のパレオ>を身につけていた。果てしなく青い水の世界。何千、何万もの魚が群れを成し、なにか大きな流れに乗って目の前を通り過ぎていく。その景色はまさに圧巻で、ニーナはそんな魚たちの群れに混じって、海の世界を自由自在に泳ぎまわる。


 するといつのまにかクジラやイルカが同じ方向を向いて泳いでいて、ニーナに語り掛けてきた。


 ──やあ、調子はどうだい。その鱗、とっても素敵だね。


 ニーナの足元の鱗は、空から差し込む光を浴びて七色に輝いていた。


 ──少し触ってみてもいいかい?

 ──もちろんいいよ。でもその代わりもっと一緒に泳ごうよ。誰も見たこともない景色まで連れて行ってよ。

 ──オッケー。それじゃあとっておきの遊び場まで案内してあげるよ。


 そうしてニーナはイルカたちと青くて透明な世界を泳いでいく。魚たちはみんな笑顔で、楽しそうで、どこまで自由だった。


 目が覚めたニーナはその光景が夢だと知って残念に思ったが、すぐに気を取り直し、アンネリーネの家にお邪魔すると調合の準備に取り掛かった。あの夢は、夢だけど、ただの夢じゃない気がした。あれほど鮮明に泳ぎ回る自分を思い描くことができたのだ。きっといまなら成功する。そんなゆるぎない予感がしたのだ。


 調合の手順は昨夜とまったく同じ。使う素材だってなにも変わらないし、変える必要もない。足りなかったのはやはりイメージだったと、いまなら確信を持って言える。


 調合の途中で、あとから目を覚ましたシャンテたちが様子を見に来たが、それにも気付かないほどニーナは集中していた。いや、夢中になっていた。気負いもなくて、ただもう一度あの夢のなかの世界に飛び込んでみたい。イルカたちが連れて行ってくれるはずだった<遊び場>を自分の目で見てみたいと思った。


「……よし、できた。あとは」


 あとは<神秘のしずく>を投入するだけ。

 ニーナは抑えきれない興奮のままに小瓶を傾けて、ためらうことなくしずくを垂らす。


 ──ぼふんっ!


 真っ白な煙が立ち上る。そして錬金釜の内側には、まさに夢に出てきたとおり、真珠のような輝きを放つパレオが完成していた。胸に込み上げてくるのは達成感。そして、もう一度あの海の世界に行けるんだという喜び。ニーナはたったいま完成したばかりの、世界に一つだけしかないそれを両手で抱きしめた。







 朝食後、しっかりと休息をとってから、ニーナたちは島の中央に位置する湖のほとりへと来ていた。あとはここから水の中へ潜って海底洞窟へと。そして洞窟の奥地にあるという<紺碧こんぺきの結晶>を手に入れてくれば、アンネリーネの呪いを解くことができる。


 ただ、海底洞窟の内部は迷路のように入り組んでおり、道しるべがないと確実に迷ってしまうという。<しゅわしゅわエアドロップ>の効果が続くのはおよそ三十分。もし暗い海の底で迷ってしまったら、そのあと待っているのは──


「それじゃあ結局<紺碧の結晶>を取りに行けないじゃない」


 パレオを腰に巻いたシャンテが疑問を口にする。残りの素材数からパレオは二人分しか作ることができなかった。高齢であるアンネリーネに行かせるわけにもいかないので、これからニーナとシャンテの二人で海底洞窟まで向かうつもりだったのだが。


 けれどアンネリーネは微笑み、小さな笛を取り出してそれを吹いた。

 するとややあって、水面から顔を出したのは……?

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