さあ、大冒険に出かけよう!
「うーん、今日もいい天気だなぁ……!」
セオドア島に到着してから二日目の朝がやってきた。本日も天気は良好。真っ先に目が覚めたニーナは静かにテントを抜け出し、一人砂浜へと。朝の空気を目いっぱい肺に送り込みながら、うんと大きく伸びをする。昨日海で泳いだからか体のあちこちが痛いものの、心地いい疲労感とでもいうべきか、これはこれで良いものだと思う。
そのまま砂浜に座り込み、目をつぶってみる。寄せては返す波の音が心を穏やかにしてくれるようだった。
ほどなくして起きてきたシャンテたちと共に朝食を。朝は持参した干し肉を焼いたり、昨日のうちに採ってきておいた果物に手をつけたりと簡単に済ませた。それから三人はロブを外に追いやり、テントのなかで着替えを始める。
今日は島の中心部を目指して探索に向かうということで、水着でもなくワンピースでもなく、いつも通りの服装に着替える。薄手のシャツの上から朱色の上着を羽織り、朱色のベレー帽を被る。背中には天使のリュックサックを。ただ手元には<七曲がりサンダーワンド>ではなく、昨日作成したばかりの<骨伝導ソード>を握った。
手早くテントを片付けて、フラウが風呂敷に包んで小さくまとめる。またこの場所に戻ってくる予定だけれど、さすがに半日以上ここに放置しておくのは心配なので、荷物はすべて持ち運ぶことにした。これにて準備は完了。ニーナは島の中心部へ続く森へと目を向ける。
──さあ、大冒険の始まりだ!
◆
るんたったー、るんたったー。
みぎ、ひだり、みぎ、ひだり。
上見て、下見て、左右に揺れるロブのお尻を見て。
森のなかを突き進むニーナは上機嫌だった。
ロブを先頭にニーナ、シャンテと続き、箒に乗るフラウが歩く速度に合わせるようにして低い軌道を飛ぶ。周りは木々が埋め尽くしているが、足取りは順調。ただし意外と高低差があって、先ほどから登ったり下りたりを繰り返していた。
それでもニーナは手にした大きな骨を杖代わりに使いながら、鼻歌まじりに進んでいく。この調子で行けば、お昼までには湖が見える島の中心部まで辿り着けるかもしれない。
とはいえそれは、歩みを止めなければの話であって。
「あっ、見てみて、バナナの木だ! しかもこれ<スリッピーバナナ>だよ!」
ニーナは一目散に駆け寄り、ポシェットから<拡縮自在の魔法瓶>を取り出した。こうして先ほどから、抑えきれない好奇心が幾度となく足を止めさせるのである。
「いやあ、ほんとにニーナさんは素材集めがお好きなようで」
フラウが感心したように言う。
「ほんとそう。この子は錬金術バカなのよ」
「ふふん、なにを言われたって気にしないよ!」
「ちなみにそのバナナは普通のものとどう違うんです?」
「えっとね、つやつやとした光沢のある見た目が特徴的なバナナで、味は普通かな。いまは緑色をしているけれど、普段みんなが目にするような黄色になるのは収穫したあと、追熟させてからなんだ。で、このバナナの一番の特徴は皮にあるんだけど……」
ニーナは一房もぎり取ると、皮をむいてからロブの鼻先へ。
「お、食べていいのか?」
「もちろんです」
「それじゃあ遠慮なく」
ぱくっと一口で全部含み、もしゃもしゃと。
しかしその顔に笑みはなく、むしろ段々と険しくなっていく。
「どう、美味しい?」
「うむ、まったく」
でしょうね、とニーナは笑う。追熟させていないのだから、甘くなくて当然なのだ。
もちろんニーナの目的は美味しくないバナナを食べさせることじゃない。必要となるのはバナナの皮。皮だけとなったそれを地べたの上に置く。
「ロブさん、この上に片足を乗せてみて」
「おっ、俺を転ばせて恥をかかせるつもりだな? さすがにわかってて転んでやる俺じゃあないんだぜ」
「いいからいいから」
ロブは言われた通り片足を、バナナの皮の上に軽く乗せた。
すると──すってんころりんっ! ロブはものの見事にすべって仰向けになった。
その姿を見て、シャンテがお腹を抱えて笑う。
「あははっ! いくらわざとだからって、そんな転び方ある?」
「いやいやほんと、マジだから。いまの演技じゃないのよ。嘘だと思うのなら試してみてくれよ」
またまたぁ、と言いつつシャンテも軽い気持ちでその上に片足を乗せてみる。
すると──すってんころりんと、尻もちをついて盛大に転んだ。シャンテは自分の身に起こったことが信じられないとばかりに目を丸くしている。
そしてロブはというと、いつのまにかベストポジションを陣取っていた。
「ふっ、今日は水色か」
──どごぉおっ!
エロブタの頭上に雷が落ちた。
昨日からよく目にする光景だけど、今回のげんこつは特に強烈である。
──すってんころりんっ!
フラウもまた足を滑らせた。実は試してみたかったらしい。わざわざ箒から降りてきて、そしてみんなと同じように派手に転んだ。
「あやや、これはすごいですね。まるでよく磨かれた氷の上に立つかのような感覚です」
「いやいや、これは魔法よ。だって皮に触れた瞬間転んだもの」
「そう、皮を踏んづけると魔法にかけられたみたいにすべって転んでしまうバナナだから<スリッピーバナナ>って名前がついたんだ」
名前の由来を語りながら、ニーナは次々とバナナを瓶に詰めていく。調合に使う分と、あとでみんなと食べる分。栄養価が高いらしく、追熟さえきちんとすれば甘くておいしいと評判なので、家に帰ったら庭の花壇で育ててみたい。
そんなこんなで寄り道をしながらも、ニーナたちは進んでいく。どれもこれも真新しいものばかりで、マヒュルテの森とはまた違った良さがある。なにより危険生物が少ないのがいい。空を飛ぶことができるフラウのおかげで、探索も採取もスムーズだ。
そうして時折休憩を挟みながらも、歩き続けること三時間とちょっと。急に視界が開けて、広々とした場所に出る。
「わあっ、湖だ!」
眼前に広がるのどかな牧草地帯と、その奥には大きな湖が。湖の中央には小さな島のように見える足場がある。
さらに周囲を見渡すと、湖のすぐ側に木造の小屋のようなものが見えた。ヤックの言った通り、どうやら本当にこの島で人が暮らしているようだ。
「あれ……?」
ニーナは足を止めた。そして目を細めて、遠く向こうの小屋を見る。立ち上るのは一筋の黒い煙だ。
──もしかして、家が燃えている!?