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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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アニメタモル

 大気を震わす咆哮ほうこう。それはまさに獣の叫び。ムスペルを倒したということは、猛獣の鎖を解いてしまうことを意味していたのかもしれない。しかし今更気が付いたところで、もう遅かった。


「アァーッ、オトーサァーン! オトーサァーン!」


(えっ、どういうこと!? 全然似てないけど二人は親子だったの!?)


 それとも血の繋がりがなくても親子のような間柄だったのかもしれない。

 しかしいずれにせよ、ゴンザレスがニーナに対して怒りを感じていることだけは確かなようだった。


 あの男に雷撃は効果がない。だから選択肢は逃げるの一択のみ。

 なのだけど、シャンテは未だ倒れたまま。


(私があの男をシャンテちゃんから遠ざけないと……)


 この状況をどうにかしなければ。

 ニーナは咄嗟にリュックサックを肩からずらして、なかに手を突っ込む。


「オマエ、コロスッ!」


 しかしゴンザレスは待ってくれない。

 今まで以上のスピードで頭から突っ込んできた。


「ひっ、またっ!?」


 ニーナは困惑しながらも、急いでリュックサックを背負い直すと、もう一度高く跳躍して、ゴンザレスの頭を踏みつけ突進をやり過ごす。


 けれど今回は二度目。ゴンザレスも簡単には騙されてくれない。

 標的を見失ってもすぐに振り返ると、すぐ後ろで着地に失敗して倒れていたニーナの足を持ち上げ、片手一本で逆さづりにした。圧倒的な力の差に、ニーナはされるがままである。


「オデ、オマエ、コロスッ!」


 まるで人形でも扱うかのように、ゴンザレスはニーナを乱暴に振り回すと、その体を何度も何度も地面に叩きつけた。あまりの衝撃に足がすぐにもげてしまい、足元には無残な死体が転がった。


「ンアァ? ナンダコイツ?」


 ゴンザレスは千切れた足を見て首を傾げ、そして動かなくなったニーナの死体を見て、もう一度首を傾げる。

 その一方で、近くのごみ箱の影に隠れていた()()()()()()は、その場でじっと息を潜めていた。


(いま見つかったら、本当に殺されちゃう……!)


 ニーナが使用したのは、自作の発明品である<マジカルミラーZ>と名付けた手鏡だ。母から頼まれるお使いが面倒だと感じたニーナが、自分の分身体を作ろうと考え編み出したもので、手鏡に体を映すと、その人そっくりの複製を作り上げることができる。


 ただしできあがるのは、その人によく似た死体であり、動くことのない屍だ。当初の目的であるお使いを代わりに頼むこともできない。だから本来ならガラクタと呼ばれても仕方のない作品だった。しかしこれを利用することで、ゴンザレスが一瞬だけニーナを見失った隙に変わり身を用意して、そして物陰に隠れたのだった。


 ただ、用意できたのはあくまでも分身。似ているといっても血が通っていないので、手足が千切れても赤い血は流れない。しかも効果時間は三分ほどで、そのうち死体は跡形も無く消えてしまう。相手がゴンザレスだからこそ騙せているものの、それでも相手が異変に気付くのは時間の問題だった。

 

(お願いします……! このまま気付かず、どこかへと行ってください!)


 ニーナは震える両手で杖を握りしめながら、ひたすら祈りを捧げる。バクバクと、これまで感じたことのないほど大きな鼓動の音。いまにも見つかってしまうのではないかと思うと、ニーナは気が気ではなかった。シャンテを逃がすために頑張らなくてはと思っても、もう恐怖で体は動かなくて、謝罪の言葉を繰り返すことしかできない。


 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……


「ウアァー、コイツ、チガウ!」


 首を傾げていた獣が再び暴れ出す。死体を持ち上げると、頭の上で乱暴に振り回し、そして力一杯に投げ捨てた。偽物の体は宙を舞うと、不幸にもニーナが隠れていたごみ箱に直撃。その衝撃でニーナは地面につんのめった。


「ミィーツケタ!」


「あ、あぁ……」


 言葉にならない恐怖。立ち上がらなきゃと思うのに、体が上手く動いてくれない。助けてと喉を震わすけれども、理性を失った獣に願っても意味をなさない。手には杖を握りしめたままだったが、相手が恐ろしすぎて反撃なんてできなかった。


 震える小動物を見て嗜虐心しぎゃくしんがそそられたのか、ゴンザレスはわざとゆっくり近づいてくる。ニーナは手足を必死に動かすけれど、這いつくばったまま動けない。息も上手く吸うことができず、なんだか視界もぼやけ始めた。


 死んじゃう。助けて。誰か、誰か……


「──ニーナから離れなさい、このバケモノ!」


 いつの間にかシャンテは立ち上がっていた。顔は依然として赤く、息も絶え絶え。もう限界のはずなのにボロボロの体を引きずって、それでも男に槍を突き立てようとする。


 ところが、ゴンザレスはその槍を右の手のひらで簡単そうに受け止めてしまった。筋肉の鎧が邪魔をして刃が通らないのか、薄皮一枚を切っただけ。シャンテは穂先に炎を灯すだけの力も残っていなかったが、それでも、何度も何度も槍を突き立てる。


「なんで、なんで槍が通らないのよ! くっ、ニーナも早く立ちあがって逃げなさいよ!」


「だ、ダメなの! 体が動いてくれないの! シャンテちゃんこそ逃げて!」


「そんなことできるわけ──」


 怪物が槍を掴んだ。かと思えば、ゴンザレスはその槍をぽきりと、いとも簡単そうに折ってしまった。同時にシャンテの心も折れて、怪物の目の前で呆然と立ち尽くしてしまう。


「あぁ……そんな……」


 わなわなと唇を震わせ立ち尽くすシャンテの腹部に、ゴンザレスは拳を突き立てる。


「うぐぅ……!」


 シャンテの体は「く」の字に曲がり、膝を折ってうずくまる。ニーナは声にならない悲鳴を上げた。そして、もう止めてとニーナは必死になって男に請うが、しかしゴンザレスは止まらない。シャンテの胸ぐらを掴んで無理やり立たせると、いやいやと赤子のように首を振るシャンテの体を片手一本で背負い投げして、遥か後方へと投げ捨ててしまったのだ。


 ニーナはぎゅっと目をつむる。あまりの惨劇にもう見ていられなくなって、耐えがたい現実から目を逸らしてしまった。


 ところが、いつまでたってもシャンテの体が地面に落ちる音がしない。あれだけ高々と投げられたのだから嫌でも衝突音が聞こえてくるはずなのに、その音はいつまでたっても訪れないのだ。


 不思議に思ったニーナは、恐る恐るシャンテが投げられた方へと目をやった。

 するとどうだろう。背の高い男性がシャンテを抱きかかえているではないか。


 ──あの人は、いったい……?


 薄汚れた服を着ていた。なで肩の長身瘦躯ちょうしんそうく。特に手足が長いせいか、衣服の丈が足りておらず、どうしてもみすぼらしく見えてしまう。清潔感に欠けており、長い黒髪はぼさぼさで、それを隠すようにニット帽をかぶっている。残念ながら強者の風格はまったく感じられない。それなのに──


(なんだろう、この感じは。どうしてか目が離せないよ)


 頬を伝う涙。その人は腕のなかで苦しそうに呼吸するシャンテのことを愛おしそうに見つめていた。そしてシャンテが何事かを呟くと、うんうんと頷いた。どうやら二人は知り合いのようだけれど、一体誰なんだろう。


 男はシャンテを地面に横たわらせて安静にさせると、怒りと憎しみのこもった眼差しをゴンザレスへと向ける。


「よくも妹を酷い目に合わせてくれたな」


 ──えっ、妹!?

 ニーナは自分の身に迫る危険も忘れて絶句した。

 似てない。まったくもって似てない。というより今までどこにいたの、お兄さん?


 でも、ニーナのなかで答えは半分以上出ていた。なぜなら、その声には聞き覚えがあったから。


 ゴンザレスはニーナに目もくれず、その男に向かっていった。どうやら男が自分にとって危険な存在であると本能的に察したのだろう。獣のごとく四つ足で、猛スピードで突進する。馬鹿の一つ覚えだが、その破壊力は決して無視できない。直撃すれば、やせ細った男の体など簡単に破壊してしまうことだろう。


 ところが男の体に触れる直前、物凄い衝突音がしたかと思うと、次の瞬間、ゴンザレスは鼻血を出して後ろによろめいていた。それはまるで見えない壁と激突したかのよう。ゴンザレスの鼻は折れて、見るに堪えないほどへしゃげてしまっている。


 ぐらつく巨体。男は懐に潜り込むと、その無防備な腹に一撃を見舞う。


「まずは妹がやられた分、返させてもらう」


 とん、と男はゴンザレスの腹に手を当てた。

 するとそれだけでゴンザレスの体はものすごい勢いで飛んでいき、ニーナの頭上すらも超えると、遠く向こうの壁に突き当たるまで吹き飛んでいった。なにが起きたのか、ニーナの頭ではまるで理解が追い付かない。


 すまない、とその人は近寄ってきて、ニーナを助け起こしながら言った。


「この姿になるのは随分と久々なもので、呪いの解き方を忘れていたんだ。許してくれ」


「あの、あなたはもしかして……」


 男の正体を訊ねようとした、ちょうどそのとき。赤い閃光のようなものが視界の片隅から飛んでくる。


 ──危ない!

 そう思ったけれど、なにも心配は要らなかった。男は不思議な力に守られているのだろうか、蒸気が上がるほどの灼熱の光線すらも防いでしまうのである。跳ね返った熱が辺りを火の海に変えるが、男の後ろにいたニーナは無事だった。


 でも、いまの攻撃はいったい?

 不思議に思ってゴンザレスの様子を窺おうと目を凝らす。すると驚くことに、右の手のひらに小さな丸い穴が空いているではないか。しかも自らの攻撃に耐えかねたのか、右腕は肘の辺りまで皮膚が焼けただれており、骨の代わりに黄土色をした別の骨格が剥き出しとなっている。状況から考えて、先ほどの攻撃はゴンザレスの仕業とみて間違いないはずなのだけれど。


「な、なんですか、あれは……?」


「機械仕掛けの腕だろう。厄介なものを仕込んであるようだが」


 機械仕掛けの腕?

 そうか。だからいくら槍を突き刺されても平気だったんだ。


「つまり相手は人間じゃない……?」


「いや、血は流れているから少なくとも人間であることは間違いない。だがどこまでが生身で、どこからが機械の体なのか、どれだけの武器をその身に仕込んでいるのかは俺にも想像がつかないな」


 ゴンザレスが雄たけびを上げる。それは怒りか、はたまた思うように敵を殺せない苛立ちか。熱線を防がれてもなお闘気は衰えないばかりか、果敢にも再び猛進してくる。


「面倒だな。魔力も残り少ないし、悠長には構えてられないか」


 だん、と男はその場で片足を前に強く踏み込む。

 するとそれだけで、足元がみるみるうちに凍っていく。火の海は一変して氷の世界に塗り替えられていった。


 そこへ突っ込んできたゴンザレスは足を滑らせて転倒し、這いつくばった姿勢のまま氷の侵食に呑み込まれていく。なおも抵抗しようともがくゴンザレスだったが、痛みは感じなくても体温が下がれば動きは鈍る。やがては完全に動きを止め、怪物は巨大な氷塊と成り果てる。


 男はそのさまを眺めながら、汚い彫刻だな、と呟いた。


 ──ぼふんっ!

 いきなり白い煙が上がって、ニーナは目を丸くした。男が忽然こつぜんと姿を消したのだ。

 そして入れ替わるように、その場でミニブタが倒れていた。ニーナは慌てて抱き寄せる。


 もう間違いない。姿かたちや雰囲気は違えど、声はそのまま。なにより使い魔でもないブタが人間の言葉を話す理由を考えれば、納得するしかなかった。

 ロブは人間だ。しかもただの人間ではなくて、シャンテのお兄さんだったのだ。

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