素潜りは意外と難しい①
寄せては返す波打ち際まで走る三人はそのまま、ためらうことなく透明な水の中へ。静かな入り江に響くバシャバシャという音の大きさが、ニーナたちのはしゃっぎっぷりをよく表していた。
「冷たっ。けど、気持ちいい」
水位が胸元の高さにまで来た辺りでフラウが、仰向けになってぷかぷかと浮かび始める。それに倣ってニーナもシャンテも仰向けになってみる。日差しが少しばかり眩しいけれど、海のベッドが思いのほか心地いい。いつまでもこうしてのんびりと、三人で輪になって漂っていたい。波に流されるがまま、時間の感覚も忘れて……
そんなことを考えながら意識をとろけさせていたニーナだったが、そのとき、ぴとっとなにかがお尻に当たった。大きなものがお尻を押しのけるように、下から浮き上がってきたのようなのだ。なんだろうと思い、そちらに目をやると。
「ぶっはぁー」
……ロブだった。
「いやー、海での潜水ってのもなかなかいいもんだぜ。……おっ、ニーナじゃん。どしたの、そんな怖い顔して。あっ、もしかしていま俺がぶつかったのニーナだった? いやぁ、すまんすまん。海水が目に沁みたら嫌だから目つぶってたんだよね。そしたらちょいとばかしぶつかっちまってよ。決してわざとじゃないんだぜ」
「なるほど。つまりなにとぶつかったのか、いまいちよく把握していないと?」
「おー、そういうことなんだぜ。……って、あれ、もしかして怒ってる?」
ニーナがムスッとした顔を見せたことで、ようやく自分がいけないことをしたと感じ取ったらしい。
「わからないようなら教えてあげます。ロブさんがぶつかったのは、私のお尻なんです」
「へっ、マジで?」
「ええ、マジですとも!」
ニーナが拳を握る。それを見て身構えるロブだったが、いつのまにか両脇を固めるシャンテとフラウが、逃げようとするロブの体をがっちりと固定した。
「ロブさんのばかぁぁっ!!」
──どごぉ!
振り落とされた拳はロブの脳天にクリーンヒットし、勢いそのままにエロブタは海中へと沈んだ。
ニーナは顔を真っ赤にしながら肩で大きく息をする。
──エロブタ、マジで許すまじ。
ややあって、ようやく海面へと上がってきたロブは、すぐさまぺこぺこと頭を下げて謝ってくる。乙女たちに冷たい視線を送られたロブは本当に申し訳なさそうにしていたが、しかし言い訳も重ねる。海中で目を開けると痛いというのだ。
「もう、水に塩が溶け込んでるだけなのに、そんなに痛いわけないじゃん」
「いやいや、ほんとなんだって! なぁ、シャンテ?」
ロブは妹に助けを求めた。
「まあこれに関しては試してみたら、としか言いようがないわね」
それもそうだ。
ニーナは大きく息を吸うと、体を丸めるようにして水の中へ。そしてゆっくりと目を開けてみる。
──おぉ、海のなかってこんなにも綺麗なんだ。お魚の姿もはっきりと見えるや。……って、うぅっ!?
跳びあがるように海面へと上がったニーナは、目をごしごしと擦る。
なんだこれ。今までに感じたことのないような種類の刺激だ。これがロブが言ってた目に沁みるという現象なのだろうか。たしかに目を開けていられないという言い分に納得せざるを得なかった。
「ほらな?」
「う、うん。ロブさんの言ってる意味がやっとわかったよ。ただの塩水だと思ってたのに」
「ふふっ、まあ原因は塩じゃなくて、もっと別の理由があるみたいなんだけどね」
えっ、そうなの、とシャンテに訊ねる。
「うん、さっき買った眼薬にそう書いてあったわ。酸性とアルカリ性? が関係してるとか、あと目に見えない異物が原因なんだって」
「なるほどぉ」
「ちなみにだけど兄さんは犬かきみたい前足だけ泳げるから、わざわざ潜水しなくてもよかったのよね。だからもっともらしい言い訳をしているけれど、きっとニーナのお尻に当たったのもわざとだと思うの。ニーナも遠慮せずにもう一発ぐらい殴ってもいいわよ」
そりゃないぜぇ、とロブが弱々しく抗議する。
「あはは。まあでもいい経験ができたし、勉強にもなったし、今回はこれで許すことにするよ。それよりはやく目薬の効き目を試してみたいな。海のなかの世界をもっと探検してみたいんだ!」
そうして四人は一度海から上がって、お土産屋さんで買った<おめめぱっちり潜水目薬>を試してみる。特に変わった感じはしないけれど、果たして効き目はちゃんと表れるのか。ラベルの説明にもある通り三分ほど時間を置いてから、四人はそろって水の中で目を開けて、互いの顔を見た。
──おぉ、痛くない!
手を振るシャンテに、ニーナも笑顔で手を振り返す。隣ではフラウのクリーム色の髪がゆらゆらと揺れており、ロブは白い歯を見せてにんまりと笑っていた。
そこへ一匹の大きな魚がやってきて、四人の目の前を通り過ぎようとする。シャンテはロブに向けて、それを指さした。追いかけて捕まえてこい、というジェスチャーのようである。ロブは名誉を挽回せんとばかりに猛スピードであとを追う。
なんと機敏な動きだろう。水のなかだというのにロブは魚にも負けないほど速い。魚も右へ左へと必死に逃げるが、ロブもそれに食らいつき、そして口でくわえるようにして見事魚を捕まえてみせた。
採ってきた魚はあとで焼いて食べることにして、他にも潜って捕まえてみようということになった。動き回る魚を採ることは難しくても、アワビやサザエ、それにウニやエビなどは道具さえあれば採取できるそうなのだ。特に岩場に張り付く貝類は<磯ノミ>と呼ばれる平べったい金具を利用して採取するのだと、本に書いてあった。
それぞれ道具を片手に桟橋へ。ここから飛び降りて、海の底のお宝をゲットする算段である。
「上手く見つけられるかな?」
「そもそも素潜りって難しそうですよねー」
「でも捕まえないとお昼ごはん抜きだから、みんな、気合入れるわよ」
おーっ、とみんなで声を揃えて勢い良く駆け出し、海へと向かってダイブした。




