上陸!!
桟橋を伝って砂浜へと移動する。
ニーナはあらためて周りを見渡した。
ここはセオドア島。クノッフェンに面するマーレ海に浮かぶ列島の一つで、高齢の女性が一人だけ暮らすという、ほぼ無人島に近いところだ。建物なんて影も形も見当たらない。ニーナたちが立つ場所は入り江のような窪んだ場所となっていて、白い砂浜と、エメラルドグリーンの海と、そして青空がどこまでも広がっている。後ろを振り返れば森がぽっかりと口を開けて待っていた。
──大自然という意味ならマヒュルテの森も負けていないけれど、あそこは危険がいっぱいで落ち着かないところだし、こっちのほうがのんびりとできそうでいいなぁ。
ニーナはうんと伸びをしながらそんなことを考える。
「あっ、巻貝だ!」
とたとたと駆け寄って、見つけたそれを拾い上げる。お土産屋さんで売られていたような、手のひらサイズの白くて立派な貝殻だ。これは記念に採取しておこう。
「もう、早くも遊びたいって顔してるわね」
「うん。でもその前にテントを張ってから、だよね。でもどこでキャンプしようか?」
そうねえ、とシャンテは辺りを見渡した。
「誰に迷惑をかけることもないし、それじゃあすぐそこの砂浜と森の境目にでもテントを張りましょうか」
シャンテが指さしたのは、本当にすぐそこの、桟橋も確認できる見晴らしのいい場所だった。帰りも船に乗せてもらうことを考えれば、遠くまで行ってキャンプを構える意味もない。
「それじゃあひとまず荷物を並べますねー」
フラウが魔法の風呂敷の包みを解いて、家から持ってきた荷物を並べる。借りてきたキャンプ道具も含めて、そこに全部押し込んであったのだ。
「風で飛ばされない様にしっかりと固定するわよ」
「といっても私たちがすることって、テントに火を灯すだけだよね」
レンタルしたテントは錬金術によって生み出された魔法の品だった。
テントのテッペンに当たる部分にランタンが取り付けられていて、そこに火を灯すと動き出す。骨組みを組む必要も、生地を張る必要もなし。自分で勝手にフレームを広げて、勝手に穴を掘って地面に固定する。まるで四つ足のカニが中途半端に地中に潜ったみたいだった。
ちなみに頭頂部のランプは、マヒュルテの森のベースキャンプに設置された<魔よけの燭台>と同じ効果がある。野生の動物を遠ざける効果があるのだ。これさえあれば荷物から離れてもイタズラされる心配はないだろう。
しわなくピンと張られたテントを見て、ニーナは表情をほころばせる。
「おぉ、立派だねぇ」
「まあ三人並んで寝ようと思ったら、これぐらいの広さは必要よね」
あれ、このテント四人用じゃなかった、とロブが疑問を口にする。
「えっ、そうだけど、兄さんは外よ」
「そ、それはないぜ……」
気落ちするロブを、フラウが頭をなでて慰める。
「さてと、テントも組み上がったことだし、水着に着替えましょうか」
「よっ、待ってましたなんだぜ!」
「それじゃあニーナ、あれを用意して」
そう言ってシャンテはひょいとロブを抱きかかえた。
ロブは、なになに、これからなにが始まんの、となにかを期待している様子。
しかしニーナが手にしたものを見て、ロブの期待は打ち砕かれた。
「そ、それは<絶対快眠アイマスク>!」
「うん、ごめんねロブさん。シャンテちゃんがどうしても信用できないって言うから、お着換え中は眠ってもらおうってことになったんだ」
やめろぉ、ともがくロブをシャンテががっちりと固定する。それでも首を振って抵抗しようとするエロブタだったが、ニーナも心を鬼にして、アイマスクで視界を遮った。するとあれだけ激しくもがいていたロブはぱたりと動かなくなり、いびきをかいて眠り始める。
「おー、眠った」
フラウが不思議そうにロブを見ている。
「そっ、これはニーナの発明でね、つけると一瞬で眠っちゃうの。しかも誰かに外してもらわない限りずっと。というわけだから、いまのうちに着替えちゃいましょ」
そうしてニーナたちは組み上がったばかりのテントのなかで衣服を脱ぎ始める。ここにはニーナたちの他には誰もいないけれど、それでも外で着替えることはなんだか気恥ずかしく感じたので、テントの入り口は閉めることにした。
脱ぎ終えたギンガムチェックのワンピースを丁寧にたたむ。そして同じ店で購入した水玉模様のフリルのついた水着を手に取ると、下着も脱いで、それを素肌の上から身につけた。小ぶりな胸をぴったりと水着が覆う。
「お、思ったよりも恥ずかしいな……」
「ですねー」
「同感。ちょっと攻めすぎたかも」
フラウは白いフリルの水着に、シャンテは黒い三角ビキニに着替えていた。二人とも一度はもう少し露出が抑え目な水着を選んでいたのだが、セオドア島が無人島であることをいいことに、この際だからと普段は選ばない様な水着に挑戦していた。ニーナもお腹を隠すようなワンピースに近い形の水着を手に取りながらも、結局はいまのフリルの水着を選んでいた。
「まあ、そのうち慣れるわよ。それよりこれ、ニーナが作ってくれた<ソーラー充力ハンドクリーム>なんだけど、日焼け止めの効果もあるみたいだし、この機会にみんなで塗り合いっこしましょ。背中とか一人じゃ濡れないところもあるし。ほら、塗ってあげるからフラウも背中をこっちに向けて」
「おー、それはありがたい。では私はニーナさんの背中を塗って差し上げましょう」
「じゃあ私はシャンテちゃんだね」
そうして三人はぺたんとお尻をつけて座りながら、それぞれの背中にクリームを塗った。女の子同士だけれど、これはこれで恥ずかしくて、なんだか不思議な気分である。
「フラウの肌ってほんと白いわね。羨ましいわ」
「ニーナさんのお肌もスベスベです」
「シャンテちゃんってやっぱり大人っぽいというかなんというか……」
「なんというかって、なによ。気になるじゃない」
「言っても怒らない?」
「失礼なことじゃなければね」
「えっとね、日ごろから鍛えているからかな、体が引き締まっててなんだかエッチだなって思って」
「……バカ」
褒めたはずなのに怒られてしまった。
けれどよく見ると、シャンテの耳は真っ赤だった。さっきのは照れ隠しだったんだなとわかって、思わず頬が緩んだ。やっぱりシャンテちゃんは可愛い。
「よし、終わり!」
そう言ってシャンテは中腰になって屈むと白いTシャツを手に取り、水着の上からそれを着た。そして裾の部分をわき腹の辺りでリボンのように結ぶ。
なるほど。露出は減ったもののおへそなんかは見えていて、これはこれで色っぽいなと思った。
テントを出ると、ロブはまだいびきをかいて眠っていた。可愛い女の子が目の前に三人もいるというのに呑気だなと思う。
──まあ、眠らせたのは私たちなんだけどね。
「そろそろアイマスクを取ってあげようか」
ニーナの細い指がアイマスクを優しく外す。するとすぐにつぶらな瞳と目が合った。寝ぼけまなこのロブはぼんやりとした表情で三人を見る。
「……」
「ロブさん、起きてる?」
「……」
「おーい、ロブさーん?」
「……うっひょー!!」
まるで体に電流が走ったかのように跳びあがったロブは、つぶらな瞳をこれでもかと見開き、鼻息を荒くする。
「ひょーっ、なんてキュートな三人組なんだ! フラウは白い肌が眩しいし、ニーナは水玉模様の水着がチョー似合ってるし、シャンテはチラ見せしてくれているおへそがセクシーだしでヤバい。マジでヤバい。俺もう胸がどきどきしすぎて心臓止まりそう」
「別に兄さんの感想なんて求めてないから」
「いやいや、これがなにも言わずにいられますかってんだ!」
あーもう、うっさい、とシャンテはロブのお尻を掴んで、そして遥か彼方へと投げ飛ばしてしまう。……どぼんっ。着水音とともに大きな水しぶきが上がった。ニーナとフラウは声を上げて笑った。
──私たちも行こう!
ニーナは二人と手を取り砂浜を走る。そしてそのまま澄みきった水の世界へ飛び込んでいくのであった。




