海辺のお土産さん
「おーっ、海だぁ! 舟だぁ!」
フラウの箒から降りたニーナは、船やヨットがずらりと並ぶ壮大な景色を前に両手を上げて叫んでいた。海から吹き付けるそよ風が、買ったばかりの麦わら帽子とワンピースの裾を揺らす。
クノッフェンの南東部。その海岸沿いには大小さまざまな船が停泊している。なかには圧倒されそうなほど大きな船もあって、きっとたくさんの人や貨物を運ぶために使われているのだろう。潮の香りも強く、時の流れもなんだかゆったりとしているように感じられる。クノッフェンは大きな街ということもあって、中央部へはよく買い物に行くのだが、これまで東部へと足を運ぶ機会はなかった。
「海なんて二階の窓からいつも見てるじゃない」
「そうだけど、そうじゃないんだよ!」
クノッフェンは坂道だらけの街である。ニーナたちが暮らす北西部のほうが高い場所にあることから、二階の窓からはオレンジ屋根の街並みと、その向こうに海が見える。太陽の光を反射してきらきらと輝くその景色も間違いなく絶景なのだが、こうして間近で見る海というのもまた素敵だと思うのだ。
「それはそうと、ちょっと早すぎたみたいだね」
ニーナは辺りを見渡した。この港にてとある船乗りと待ち合わせをしているのだが、はやる気持ちから、予定よりも早く到着しすぎたようである。
「そうね。早すぎても迷惑だろうし、この辺で少し時間を潰しましょうか」
「ねえ、それならあそこのお店に入ってみようよ」
ニーナが指さしたのは、ほど近くにある真っ白なお店である。看板を見る限り宿泊施設のようだが、一階はお土産屋さんにもなっているらしい。ここから少し歩けば漁港ならではの市場もあるけれど、そこまで時間が余っているわけでもなかった。ここなら適度に時間を使うことができそうである。
大きく開け放たれた入り口から中へ。お土産屋さんらしく、テーブルの上にはマナの実を使用したオイルやドレッシング、レモンを使ったジャム、それに木彫りのフクロウなど、クノッフェンの名産品がずらりと並んでいる。メイリィが営む雑貨店とはずいぶんと品ぞろえが違っていて、こうして眺めているだけでも面白い。
壁際のテーブルへと目を向けると、貝殻を使ったイヤリングや髪飾りなどが並んでいた。これも海辺のお土産屋ならではといったところだろう。これらの品物にもちょっとした加工が施されているらしく、耳飾りなどは心を落ち着かせる効果があるのだとか。値札のすぐ側にあった手書きのカードには、付与術によって魔法がかけられているのだとか。
付与術は錬金術と同じく<錬金釜>や<マナ溶液>を使って行われる。調合方法も似ているのだが、しかしアプローチの方向性は真逆だ。錬金術が素材と素材を混ぜ合わせてまったく違うものを作り上げるものだとしたら、付与術は素材が持つありのままの魅力をそのまま活かしつつ、新たな魔法をプラスする。
錬金術は素材の全てをどろどろに溶かしてしまうぶんだけ調合品に魔力を練りこむことができるため、より優れた品物を発明できるとされている。けれど貝殻のアクセサリーのように、素材が持つ本来の形を活かしたいときには付与術のほうが向いているのである。
──おぉ、こういうのもまたお洒落だなぁ。私も綺麗な貝殻を拾えたら挑戦してみようかな?
なにか閃いたわけでもないけれど、たまにはこれといった効果のない商品をのんびりと作ってみるのもいいかもしれない。それに付与術は錬金術と比べて失敗する確率が非常に少ない調合法だ。優れた効果を付与できるかどうかはともかく、とりあえずなんらかの形は残るはず。旅の思い出としてなら、黒焦げにさえならなければいいだろうと思うのだ。
アクセサリーを手に取って眺めていると、これなんてどう、とシャンテに呼ばれた。手渡されたのは魔法の目薬である。商品名は<おめめぱっちり潜水目薬>。いったいどんな効果があるのだろうか、ラベルに書かれた文字を追ってみる。
「なになに……この目薬を使えば海水のなかで目を開けても痛くなりません?」
「ね、これから海に行こうとするアタシたちにピッタリでしょ?」
「えっと……これのなにがどう凄いのかな?」
不思議に思ったニーナは首を傾げてみせた。
シャンテとフラウは互いに顔を見合わせる。
「いやだから、海水って目に入ったら嫌じゃない。ゴーグルをつけてもいいけどめんどくさいし……って、もしかしてニーナって海で泳ぐのは今回が初めて?」
「うん。リンド村の近くの川にならよく遊びに行ったけれど、海は初めてだから楽しみなんだ!」
ニーナがそう言うと、シャンテはなにか納得したのか、そういうことねと頷いた。よくわからないが、とりあえずこの商品は買っていくことにしたらしい。
買い物を終えて店の外に行くと、良く日焼けした腕っぷしの強そうな男性が「ロブ様御一考」と書かれたボードを掲げて待っていた。それをみたロブがとんとこと駆け寄って声をかける。いきなり喋るブタに話しかけられた男は驚いた様子だったが、そのあとニーナたちを見て、今日の客がちゃんとした人間だと知って安心したようだ。
「お待ちしておりましたっ。俺はヤックといいます。今日、みなさんが乗る船はこちらですぜ!」
はきはきとした声で話す若い男に案内されて乗り込んだ船は、港に並ぶ船のなかでも小さいものだったが、それでも立派な帆を風になびかせていた。この人数なら広さもじゅうぶんである。
船ではもう一人船員としてジョーと名乗る男がいた。こちらもヤックに負けず劣らずの日焼けっぷりである。年齢は彼の方が少し上の三十過ぎといったところだろうか。
四人が船に乗り込んだことを確認して、ヤックがニーナたちに向けて説明をする。
「これよりマーレ海に浮かぶ列島の一つ、セオドア島へ向けて出発します。今日は天候も良いですからね、うまくいけば三時間足らずで到着できることでしょう。みなさん、準備はよろしいですか? ……それではいざ、出航!」
おーっ、というニーナとロブの掛け声と共に、船は静かに動き出した。




