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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
9章 海と無人島の大冒険
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裁縫の錬金術師

「私ですか? そうですねぇ、いつもフィーリングなので、あらためて質問されると困りますねぇ」


「ふぃーりんぐ、ですか?」


「そうです。私、お洋服を買うのが大好きなので、よくこのお店にも来るんです。まあ水着を選びに来ることはそうそうないんですが。でもそうですね、私は小柄で胸も大きくないので、綺麗系の洋服よりも可愛くてふんわりとした形や素材の洋服を選ぶことが多いです。水着もそんな感じで選ぼうと思ってます。例えばこれとか」


 フラウが手に取ったのはオフショルダーのフリルが付いた水着である。マネキンが着ていた三角のビキニよりもずっと布の面積が多く、派手さは無いものの可愛らしい。もちろん面積が多めとはいえ水着なので、これを着ている自分を想像すると恥ずかしい気持ちもこみ上げてくるけれど。


「シンプルな三角ビキニなんかはどうしてもスタイルの良い人しか似合わなかったりするんですけど、フリルのついたものなら私でも可愛く見えると思うんですよね。きっとニーナさんも似合うと思いますよ」


「おぉ、なるほど」


 アドバイスを受けて、ニーナも自分に似合いそうな水着を探してみる。派手なものを着る勇気は無いので可愛い系のものを。フラウが白い水着なら、それとは被らないように水玉模様の水着を選ぶことにする。


 それからシャンテと合流して、試着したものをお互いに見せながら、あれやこれやと言いあった。肌を見せ合うことには慣れていなくて恥ずかしい気持ちもあるけれど、それ以上に友達と水着を選ぶのが楽しくて仕方がなかった。


「あれ、そういえばロブさんは?」


 ふと、ロブがここにいないことに気付く。こういうときに一番はしゃぎそうなのに、このイベントを見逃すなんてらしくないと思ったのだ。


「バカ兄貴なら外よ。ちょうど散歩用のリード付きの首輪が売られてあったから、それをはめて街灯に繋いでおいたわ。いまごろ暇してるんじゃないかしら」


 あはは……

 あんなにも楽しみにしていたことを思うと、少し気の毒である。

 まあ無人島には一緒に行くことになるので、そのときのお楽しみということで。


 ロブを待たせていると知りつつも、女性陣の買い物はまだまだ続く。海に行くのなら水着だけでなくサンダルや帽子なども欲しいところ。ニーナも新しい麦わら帽子を手に取り、自分の頭にかぶせてみた。


 ──うん、けっこう似合ってるんじゃないかな!


 白いリボンがアクセントの、つばの広い麦わら帽子。これを被って海岸沿いを歩けたら気分もいいだろうなと思う。あとはこれと合わせるワンピースも新しく出来たら。


「あれ、そういえば……」


 ニーナは初めてこの街を訪れたとき、この店のショーウィンドウで見た青と白のチェック柄のワンピースを探してみる。あのときは値段が高くて手が出せなかったが、いまでは仕事ももらえて、それなりの稼ぎもある。ここまで頑張ってきたご褒美の意味も込めて、自分自身にプレゼントしてあげてもいいと思ったのだけれど。


「……ない」


 どこを探してみてもお目当ての品がない。一度外に出てみて、ショーウィンドウ越しに店内を見てみるが、そこに飾られてあった洋服は既に別のものに変わってしまっていた。


「おー、ニーナ。どうしたんだ?」


 街灯に繋がれ一人寂しく待つロブが声をかけてくれたが、気落ちしていたニーナの耳には届かない。そのまま店内へ戻ると、そんな暗い顔をしてどうしたの、とシャンテが訊ねてきた。ニーナは二人に事情を説明してみる。


「あー、なるほどね。でも仕方ないと思うわ。洋服って入れ替わりが激しいから」


「ですねー」


 この街を訪れてからもう二か月。季節だってうつろいゆく。あのワンピースは夏でも着られそうなほど涼しげに見えたが、もう売られていないのかもしれない。


 それでも諦めきれず店員に話を伺ってみた。けれどやっぱりあのワンピースはもう店に置いていないらしい。なんでもあれは数量限定の商品だったらしく、もうひと月以上前に売り切れてしまったらしいのだ。すみませんと謝る店員に、ニーナは残念ですと正直な気持ちを吐露した。


「この場にオーナーがいてくれたら作ってもらえたかもしれないんですけれど」


「オーナーというと、裁縫の錬金術師のマージョリーさんのことですか?」


「──私のことを呼んだかしら?」


 後ろから声がして振り返ってみる。するとそこには細身の女性が微笑みまじりに佇んでいた。女性にしてはとても背が高く、ヒールを履いていることもあってロブと同じぐらいの身長がありそうだ。髪の色は黒に近い紫色。左耳の上には青い花飾りを。ショートヘアーをしたその人は、いつかシャンテが眺めていたファッション誌で目にしたことがあった。


 ──ということは、目の前の女性は本当にマージョリーさん?


 たしか年齢はもう四十を超えるはずなのだけれど、それを感じさせないほど若々しい。洋服はシルエットこそ奇抜だが、トータルで見るとまとまっていて、さすがオーナーを務めるだけあるのだなと唸らされる。


 女性店員がマージョリーに、事情をかいつまんで説明した。


「なるほどね。いいわ、そういうことなら私がこの場で作ってあげましょう」


「いいんですか? あれ、数量限定でしたけど」


 そう訊ねたのは女性店員だ。


「いいのよ。すこしだけ細部を変更してあげれば問題ないでしょ?」


 そう言っていたずらっぽく微笑むと、もう店員はなにも言えなくなってしまう。

 マージョリーは、あなたがニーナさんね、とすぐ側まで寄ってきた。


「それじゃあ採寸させてもらおうかしら」


「あっ、はいっ! お願い──」


 ……ペタ。


「ひゃあっ!?」


 ペタペタ。


「あの、マージョリーさんはいったいなにを!?」


 体を素手で触るマージョリーに、思わず疑問が口をついた。採寸と訊いたので、てっきりメジャーを使うのかと思っていた。ところがマージョリーは道具を使わないどころか、いまも抱き着くように腰の周りに腕を回している。


「これが私の採寸方法だから気にしないで」


 そうは言われても。

 相手が同じ女性だからとはいえ、この近さはドキっとしてしまう。

 困ったような視線をシャンテたちに向けると、二人はニヤニヤと笑っていた。もしかしたらマージョリーの独特な採寸方法を二人は知っていたのかもしれない。


 採寸を終えたマージョリーが、ポケットからボビンに巻かれた糸を取り出す。色は白色。特に変わった様子はないけれど、ニーナはそれが錬金術で作り出されたものだと期待して目を輝かせた。


「うふふ、気になる?」


「はい、とっても!」


「これはね、錬金術で編み出した魔法の糸なの。私の作品のなかでは<マージョリー製の切れない糸>が有名だけれど、これはもっと特別なもの。私が魔法で服を即席で生み出すときにだけ使う<千変万化の秘密の糸>よ」


 マージョリーは錬金術師であるのと同時に魔法使いでもある。なので自分だけが使える特別な調合品を作り上げたらしい。


 マージョリーはどこからともなく長い杖を呼び寄せた。それは<七曲がりサンダーワンド>よりも長くて細い、真っすぐな棒だ。先端には小さめの穴が開いており、マージョリーはその穴に秘密の糸を通すと、くるくると小さな円を描くように棒を回転させ始める。


「うわぁ……!」


 するとどうだろう。大きな針のような棒にどんどんと糸が巻き付いていき、瞬く間にワンピースができあがっていく。しかも不思議なことに白色の糸しか使用していないにもかかわらず、白と青のチェック模様が見事に表れていた。しかも青いリボンまであしらわれている。まさに千変万化という名にふさわしい見事な変化に、ニーナは知らずのうちに息を呑む。


「不思議でしょう? 本来は錬金術で作り出した糸を機織り機を駆使して服に仕上げるのだけれどもね、私はこうして糸に魔力を練り込みながら編んでいくほうが得意なの」


 最後に両端の糸をハサミで切れば、この世に一つしかないニーナのためのワンピースの完成だ。それを受け取ったニーナは感動のあまりできあがったばかりの洋服を抱きしめる。それは仄かに温かい気がした。


「どう、気に入ってくれたかしら?」


「はい、とっても!」


「ちなみにその洋服には七つのとっておきの機能が隠されているのよ。速乾、防刃、耐熱、あとは水難時に変形して浮き袋になったり、その洋服にあるリボンは緊急時のロープの代わりにもなるわ。それから裾が風でふわりと浮き上がるのを防止したりとか、伸縮自在の生地のおかげでいまの体型より太っても二倍までなら問題なく着ることができたりとか」


「ま、待って下さい。どうしてそんな機能を?」


「意味なんてないわ。強いて言うなら、私が錬金術師だからよ」


 マージョリーはお茶目にもウインクをする。

 ニーナは思わず苦笑いを浮かべたが、同じ錬金術師として、無駄とも思える機能にこだわってしまう彼女の気持ちがわかってしまった。


「あの、それでお値段のほうは?」


「そうねぇ、一点ものだし、機能も増しましだから20万ベリルってところね」


「なるほど20万ベリル……って、ええっ!?」


 ショウウィンドウで見かけたときはたしか2万ベリルだったはず。あのときもゼロが一つ多いと感じたが、提示された金額はさらに一桁増えてしまっている。いくら自分へのご褒美とはいえ、さすがにこの金額は手が出ないが、もう作ってもらったものをいらないとも言えない。


 ニーナはワンピースを手にしたまま途方に暮れてしまった。


「ふふっ、冗談よ」


「……へっ?」


「勝手に要らない機能を盛り込んだのは私なのだから、それでお金をとるのはいけないことよね。だから元の値段で買ってくれればそれでいいわ」


「いいんですか?」


「ええ、ここで出会えたのもなにかの縁。それにあなたも私とお仲間なんでしょう? 小さな錬金術師さん」


「……ありがとうございます! あの、私、必ず大切にします!」


 そうしてニーナは喜んで支払いを済ませて店を出る。出発日まであと三日。早くも胸は高鳴っていて、あのエメラルドグリーンの海沿いを、ギンガムチェックのワンピースを着て歩いてみたくて仕方がない。


 でもその気持ちと同じくらい、自分でも洋服を作ってみたくて。帰ったらさっそくレシピづくりに挑戦してみよう。裁縫の錬金術師から刺激を受けたニーナはルンルン気分で坂道を上るのであった。

まるでわたがしを作り上げるようにワンピースを編み出したマージョリーさんでした

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