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ひよっこ錬金術師はくじけないっ! ~ニーナのドタバタ奮闘記~  作者: ニシノヤショーゴ
1章 ひよっこ錬金術師の旅立ち
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七曲がりサンダーワンド②

 魔法の指輪による突風をものともせず、シャンテは突撃を仕掛ける。


 ところが、槍の先端がムスペルに届く前に、シャンテはなにかにつまづくようにして転倒。あと一歩及ばずシャンテは前のめりに倒れてしまう。そこへすぐさまムスペルが槍を蹴飛ばした。槍はうめき声を上げるシャンテの手から離れ、カランカランと音を立てて転がる。


「危ない、危ない。さすがの私もいまのは冷や汗をかきましたよ」


 どうして? いまの一瞬でなにが起こったの?

 疑問符が頭を埋め尽くす、そのとき、ニーナの琥珀色の瞳がシャンテの足首を掴む手を捉えた。地面からにょきりと生える黒い手。いや、黒いのは手袋をはめているからだ。


 ──ということは、あの手袋は魔法の道具であり……


 ニーナは視線を前方へと戻す。するとフードをかぶった男が不自然にしゃがみ込み、両手を地面についていた。しかもよく見ると、男の腕は地面にめり込んでしまっているかのよう。


(あいつだ。あいつがシャンテちゃんの邪魔をしたんだ……!)


「シャンテちゃんを離せぇ!」


 ニーナは男を排除しようともう一度雷撃を繰り出す。またもジグザグと進む雷撃。シャンテの足首を掴んでいる限り男は逃げられないはず。

 ところが男は「ゴンザレス!」と叫んだ。その呼び声に応えるかのように、もう一人の大男がフードの男の前に立つ。自らの巨体を盾にしようとしていた。


 ──それなら……!


 ニーナは雷撃に命令を与える。大男の巨体を避けるように軌道を曲げると、巨漢の頭上を越えて、フードの男目掛けて雷撃を進ませる。

 フードの男は直前になってニーナの狙いに気付き、慌てて逃げ出そうとしたが、もう遅い。地面から両手を引き抜いた瞬間を雷撃は見事に捉えたのだった。


 残るはあと二人。男を気絶に追いやったことでシャンテも解放できたはず。そう思って振り返ってみるのだけれど。


「──くぅぅあぁっ……!」


「シャンテちゃん!?」


 ニーナは思わず名前を叫んだ。地面に横たわったままのシャンテが、苦しそうに胸の辺りを押さえていたからだ。よく見れば顔は赤く、異常なほど汗を掻いている。息を吸うことすら苦しそうだ。


(まさか、毒……?)


「シャンテちゃんになにしたの!?」


「私じゃありません。彼女が勝手に苦しんでるだけですよ」


 ムスペルは苛立ち混じりに答えた。

 そんなはずない。私が見ていない間に毒でも飲ませたんでしょ?


 そう言ってやりたかったけれど、しかしどういうわけかムスペルも戸惑っているようだった。それにニーナが目を離したのは一瞬のこと。ムスペルの言葉を信じるつもりなどなかったが、だとしてもムスペルが何かしたとは考えにくい。


 ──でも、それならいったいなにがシャンテちゃんを苦しめているの?


 そんなニーナの戸惑いを感じたのか、シャンテは苦痛に表情をゆがめながらも、口元を動かしてなにか伝えようとしてくれる。ニーナはその動きをじっと目で追った。


 ──逃げろ。

 声は聞こえなかったけれど、たしかにシャンテはそう伝えようとした。


(……ばかっ! シャンテちゃんを置いて逃げられるわけないじゃない!)


「シャンテちゃんから離れろ、ムスペル!」


 ニーナは怒りを込めて叫ぶ。

 けれどムスペルはどこ吹く風だ。浅ましい笑みを浮かべると、ニーナの目の前でシャンテを蹴り飛ばしてしまう。横っ腹を思いっきり蹴られて、シャンテは道の端でうずくまった。


「友達の心配をする前に、まずはご自分の身を案じたらどうです? ほら、向こうにもう一人敵が残ってますよ? 逃げるにしても私と戦うにしても、まずは彼から倒した方がいいのでは?」


 ムスペルの言う通りにするのは悔しい。

 けれど、逃げ道を作るという意味でも、挟み撃ちにされているこの状況は先に解決しなくては。


 ニーナはムスペルを睨みつけると、大男に向き直り、すぐさま雷撃を繰り出す。

 青白い稲妻は大きく蛇行しながらも大男へ向かっていくと、ここ一番の集中力を発揮し、またしても見事に巨体を捉えた!


 それなのに、だ。


「……えっ? どうして、どうして効いてないの?」


 雷撃は間違いなく直撃した。男の体に電流が走ったのを、ニーナはその目で見届けた。

 それなのに男は平然とした様子で立っている。直撃した部分をポリポリと指で掻くだけ。まるで蚊に刺された程度にしか思っていないかのよう。


「そいつはちょっと体がおかしくてですね。痛みを感じないのですよ」


「そ、そんな……」


「これが間違いの三つ目。彼がいる限り、初めから君たちに勝ち目などなかったのです。というわけで、残念ながら遊びはここまで。やれ、ゴンザレス! その娘を捕まろ!」


 ムスペルがそう叫ぶと、なんと男は巨体に見合わぬ猛スピードで突っ込んできた。

 あまりの恐ろしさに、ニーナはひゃあっ、と悲鳴を上げながらその場にしゃがみ込む。するとそれが功を奏したのか、なんとか男の剛腕を躱すことができた。ニーナはその隙に、男の脇をすり抜けるようにして走って逃げる。


「ほんとお前は頭が悪いな。狙うならまずは足からだと、いつも教えているだろう?」


「ソ、ソウダッタ」


 片言のような喋り方で返事をすると、ゴンザレスがくるりとニーナのほうを向き直り、今度は低い姿勢で突っ込んでくる。ほとんど四つん這いになって迫ってくる姿は、まさに猛獣。ニーナも懸命に逃げるが、スピードの差は一目瞭然だった。


(ダメ、すぐにでも追い付かれちゃう! ……それなら!)


 えいっ、とばかりにニーナは真上に高くジャンプ。さらに背中の<天使のリュックサック>を羽ばたかせることで、限界以上に高く跳ぶと、頭から突進してくるゴンザレスの後頭部を踏みつけ、さらにもう一度高く跳んだ。ゴンザレスはというと、ニーナに踏まれたことに気付かず、そのまま真っすぐ走っていく。


「ゴンザレス! 後ろだ!」


 ムスペルが慌てている。ゴンザレスは完全にニーナを見失っていた。

 少しばかり余裕ができたニーナは考える。ゴンザレスに指示を出しているのはムスペルだ。ムスペルさえ倒せば、ゴンザレスが襲ってくることも無くなるかもしれない。ムスペルには指輪に邪魔されて攻撃が当たらないけれども、あの指輪だって無敵ではないはず。


(あのとき手をかざしたということは、常に守られているわけじゃないのかも)


 つまり隙を見計らって攻撃できれば、ムスペルにだって攻撃を当てられるのではないか。


 ゴンザレスがニーナに気付く。もう考えている暇はないみたいだ。


(上手くやれる自信はないけれど、でも……!)


 方法は一つだけ思いついた。ムスペルは完全に油断している。上手くやれれば、魔法の指輪の効力をかいくぐって攻撃できるかもしれない。


 ニーナは杖に魔力を集中させると、当たれと願いを込めて、渾身の一撃をムスペルに放った。


「馬鹿が! 何度やっても無駄ですよ!」


 けれどムスペルが手をかざすと、またしても雷撃は上空へと逸れていく。

 あまりに呆気ない幕切れ。ムスペルは勝ち誇った笑みを浮かべた。


 でも実は、ここまでは狙い通りだった。


「ぬぐぅああぁぁあっ!?」


 それは逆転を狙った背後からの一撃。

 ニーナは意識を集中させることで、大きく外れた雷に再び指示を与え、そこからカクカクと三回軌道を捻じ曲げると、死角から雷撃を見舞ったのである!


 まさか遥か上空へと消えていった雷撃が再び襲ってくるなんて、夢にも思わなかったのだろう。

 不意打ちを食らったムスペルは白目を剥いて気絶すると、ゆっくりと後ろに倒れて、そのままピクリとも動かなくなった。


 やった……!

 ようやくこれで逃げられるかもしれない。ニーナはじわじわとこみ上げてくる実感と共に歓喜した。

 ところが喜びも束の間、ニーナは再び恐怖のどん底に叩き落とされてしまう。


「グオォー、オトーサァーン!!」


 なんとムスペルが倒れたことで、ゴンザレスが暴走を始めたのだった。

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