3 竜、仕事がしたい
私がこの街 ブルントリムにやってきて一週間。
ヘンリーさんが街の住民に対して私こと竜が街に移住したことを伝えた時は、かなりのパニックに陥ったけど今ではそれも収まりつつある。
まぁそれでも私に対する冷たい目が無くなったわけではないけど……。
「もう、本当に竜ってそんなに怖いの? 絶対父上達のせいだ、今度会ったら一発殴ってやる」
「ま、まぁ竜と言えば一晩で国を滅ぼしたとか、1万人を食べたとか、そう言う話は数えきれませんからね」
「なるほど……。ではアストネアさんも私が怖いですか?」
「確かに最初は恐ろしかったですよ。でも今は以前ほど恐怖は感じませんね」
「それは良かったです」
私は隣を歩くアストネアさんの言葉に笑みを浮かべた。
アストネアさんは恐らく私の監視役だろう。本人はただ好意で案内役を申し出ているというけれでそんな訳がないもんね。
「おう、竜の嬢ちゃん! 今日も家のパン食べていくか?」
「あっ、ベンデルさん!!! ぜひお願いします!!」
「ハハハハッ、嬢ちゃんの食べっぷりは見ていて気持ちいからな。作り甲斐があるってもんだ」
私達が道を歩くと大抵の人達が道を開ける中、パン屋の主人であるベンデルさんだけはこうして普通に接してくれる。
全く、人間とは本当に興味深い。
「……美味ーい!!」
「……それはいいんだけどよ、食べるたびに巨大化するのやめてくれないか?」
「す、すみません。美味しくてつい……」
私は元の姿になった体を再び小さくすると、少し翼が当たり崩れてしまったベンデルさんの店の片づけを手伝う。
どうも私のこの姿はふとした瞬間に解けてしまうことが多い。
こうして建物を壊してしまうのも今回が初めてじゃないのだ。
まだ持ってきている金貨や宝石があるけど、これ以上何かを壊せば……。
家の修理も終わってないし、気を付けないと!
「やっぱり、何か仕事を見つけないといけませんね」
「なんだ嬢ちゃん、仕事探してるのか??」
「あ、はい! 流石にお金が心配になってきまして……。でも私を雇ってくれるところなんてないですよね、私ほら、竜ですし」
「確かにな……。仕事かぁ……、よしそれなら俺の店で働いてみるか??」
「えっ、本当ですか!?」
私が驚きの声を上げるが、それよりも驚いていたのがアストネアさんだった。
「だ、だめだヘンデル! 流石にそれは危険だろ」
「そうか? 確かに嬢ちゃんは竜だが、性格もいいし器量もいい。看板娘になってくれると思うんだがな!」
「いやいや、その前に誰も買いに来なくなるだろ……」
「ちょっとアストネアさん、あなた私の事そんな風に思ってたんですか??」
「……ひっ」
この人間、どうしてくれようか……。
おっと、いけないいけない。私の竜の悪い部分が出てしまうところだった。
私の迫力に、アストネアさんは初めて会った時のように震えていたが、そんな彼を横目に私はベンデルさんに頭を下げた。
「それじゃあベンデルさん! さっきのお話お受けしてもいいですか?」
「おう、それじゃあ早速頼むぜ!」
「はい!!!」
これはもしかしたら千載一遇のチャンスかもしれない!
パン造りを学べれば、もし竜の世界に戻った時もパンを食べることが出来るってこと。
やってやる、やってやるわよ!!
ベンデルさんは私を見せの中に招き入れると、厨房の中に案内した。
どれもこれも始めて見る道具、テンションが上がってきた。
「それじゃあまずは洗い物からしてもらおうか」
「洗い物、確か人間が使う食器を綺麗にすることですよね?」
「ハハハハッ、そうだよく知ってるな。それじゃあ頼むぞ」
「任せてください!」
ベンデルさんは笑みを浮かべると厨房の奥に行ってしまった。
初めての仕事、やってやるわよ。
「えっとまずはこのお皿から……」
パリンッ! え、どういうこと???
私が手に取ったお皿はその瞬間に砕け散った。
どうやらこれはひどく脆いものらしい。次はもっと優しく、優しく……。
「おう、どうだ嬢ちゃん、洗い物は」
「ベ、ベンデルざん」
「……こりゃまた派手にやったな」
しばらくして様子を見に来たベンデルは目の前の惨状に苦笑いを浮かべた。
お皿はの軒並み砕け散り、他の食器類も割れるか欠け、金属製のスプーンなどは曲がるはずのない方向に曲がりくねっているのだ。
おかしい、どうしてこうなった!!
「やっぱ嬢ちゃんは竜なんだな。……よし、皿洗いはおしまいだ。接客をしてくれ」
「せ、接客ですか??」
「金をもらって言われた商品を渡す、それなら簡単だろ? あ、でもくれぐれも優しくな?」
「は、はい!!」
このままベンデルさんに、迷惑をかけることは出来ない!
次の仕事で何とか失敗を補わないと……。
「いらっしゃいませ!!」
「パンを一つ……、ひっ、竜! ごめんなさい、今のは無かったことに!!」
「えぇぇ……」
だめだめ、これ位で凹んでたら仕事なんて出来ない!
気を取り直すのよ、スーファ・ユルネリ・ハーフギル・ベン・モルネスト!
「いらっしゃいませ!!」
「……ごめんなさい、また来ます!」
まだまだぁぁ!!!
「いらっしゃいませ!!」
「早く出ていけこの竜!!」
その後も私が店頭にいるのを見つけた人達は殆どが逃げる、あるいは震えて漏らす人までいた。
もうダメ、流石の私も心が折れた。
やっぱり竜が人間の街で仕事をするなんて無理なのかな……。
「悪い嬢ちゃん、こりゃ俺の考えが甘かったみたいだ」
「いべ、べんべづざんのぜいじゃあびまでん(いえ、ベンデルさんのせいじゃありません)!」
「お、おう。まぁなんだ、このパン出すから元気出せ。あと悪いけどこのままじゃ俺も嬢ちゃんを雇っている場合じゃなくなってしまうからその」
「ぐすんっ……、はい分かってます。でもありがとうございましたベンデルさん」
「頑張れよ!」
ベンデルさんは袋に入ったパンを私に手渡すが、受け取った瞬間その袋が私の爪で切れ中身が地面に落ちる。
この時のベンデルさんの表情、恐らくしばらくは忘れられないだろう。
ベンデルさんの店を後にした私だが、念願の人間の街。このまま諦めるもんか!
街の中で食事を取っていたアストネアさんを見つけると、彼の腕を掴んだ。
「ア、アストネアさん!!!」
「スーさん!? てか痛い、腕がもげる!!」
「ご、ごめんなさい!」
「……そ、それでどうしたんですか? ベンデルの所で働いていたんじゃ」
「それが……」
私はこれまでの経緯を話すと、アストネアさんはどこか分かっていたように頷いた。
「うーん、やっぱりですか」
「はい……。それでアストネアさんに何か私でも出来そうな仕事を紹介してもらえないかなと」
「仕事ですか……。そうですね、無いことも無いと思いますよ」
「ほ、本当ですか? ありがとうございます!!」
「い、痛い!! 痛いから離れて、死ぬ、死ぬから! 体がもげる!!」
私は嬉しさのあまり彼に抱き着いてしまったが、腕の鱗や爪が食い込みアストネアさんは涙を目に浮かべる。
でも仕事が出来るんだ!!
「はぁ、はぁ……。そ、それじゃあ行きましょうか」
「はい!!」
アストネアさんは息を整え、街の奥へと進み始める。
私も急いでその後を追うのだった。
2日後。
私は修理が完了した家の屋根の上で街の様子を眺めていた。
目の前の風景はいつも通り。ただ、私を除いては。
「どうして上手くいかないんだろう」
アストネアさんに紹介された仕事。
まず紹介されたのは街の清掃。これなら私の力でも何かを壊す可能性は少ないだろうとの事だった。
でも箒を始めとする人間の掃除道具は効率が悪い。
魔法でごみを集める方法もあるようだけど非効率な事には変わりなかった。
だから私は……。
「そうだ、ごみを消してしまえばいいんだ!」
そう思って炎を吐いた。
結果ゴミは綺麗に無くなった。ただ家も3軒ほど無くなってしまった。
当然そこで仕事は首。
次に紹介されたのは荷物の運搬。
空を飛べる私ならうってつけの仕事だろうとのことだった。
確かに人間なら運ぶのも難しい重量の荷物も私なら容易く運ぶことが出来る。
しかも空を飛べば遥かに早く運べるんだ、これ以上ない仕事だった。
「これなら誰にも迷惑は掛からないわね! それに早く運べば人間も喜ぶはず!!」
そう思って力の限り早く飛んだ。
結果街の端から端まで一瞬でものを運ぶことが出来た。ただ体を元に戻しての高速飛行だったため、街に突風が吹き荒れ10軒ほどの建物を半壊させた。怪我人も多く出た。荷物も高速飛行に耐え切れず壊れた。
当然そこで仕事は首。
「私がこんなに役立たずだったなんて。それに街の修理費に人間の治療費で持ってきていたお金が底を尽き掛けている……。これはまずい、まずいぞ!」
どうする? もう竜の世界に帰る?
いや、この時を1000年待ったのよ、帰りたくない!
でもこのままじゃ……。
「飢え死にする竜なんて聞いたことないわよ……。こうなったらもうあそこしか」
でもいいのかしら、ほら私って竜でしょ?
なんだかあべこべになったりしないかな??
そう考えながらも私は家の屋根から飛び降り街の中を進む。
しばらく進むとある建物の前で歩みを止めた。
そこにはこう書かれてある。
「冒険者組合……」
ここがだめなら、家に帰ろう……。
意を決した私は冒険者組合の中へと進むのだった。