1 竜、到来!
1ゲールは1kmと考えてください(笑)
大陸にその名を知られるへーリッヒ王国。
そんな大国の西端に位置する街 ブルントリム。
100年前まで起きていた大戦の名残か街の周りは高さ5m程の城壁が取り囲み、更にその外側を水路が流れている。
そのため街に入るには南北東西4つの橋を通る必要があるが、ブルントリム自体大きな街ではないため人や物の往来に不便は起きていない。
そんな平和なのどかな街に、この日突如異変が起こる……。
ブルントリムに南の橋。
門番であり、街に入る人達を調べる役目である兵士 アストネア・リンベルンはいつものように商人、旅人の対応に当たっていた。
「やあアスト! 今日も大変そうだね」
「まあな。この街にいる兵士は100人、人手が足りてないんだよ。まぁこんな場所に攻めてくる敵はいないだろうから心配ないんだけどな」
「それはご苦労なこった」
アストネアは顔見知りの商人に笑みを浮かべながら通行証に目を通す。
へーリッヒ王国では大戦以降、激減した人口を補うため人間だけでなく妖精族や岩窟族などと言った亜人と呼ばれる種族を始め多くの移民を受け入れている。
ただ全ての種族が対象ではなく、小鬼、人食鬼、吸血鬼と言った大戦で戦った魔族と言われる種族にいつては入国を固く制限しているのだ。
「これでよし! 街に入ってもいいぞ!」
「ありがとうよ」
「今日はあの爺さんで最期かな? ふぅ、ようやく家に帰れるぜ……」
商人を街の中へと進ませたアストネアは城壁の扉を閉める準備に取り掛かり始める。
だがその時、突如大きな地響きが街中に響き渡る。
その発生源は、誰よりもアストネアが理解していた。
「……な、なんだ!? 今のって確実に橋のすぐ側だったよな?」
アストネアは急いで武器を取り、橋の前まで駆けていく。
そこにあった、いやいた者はアストネアの予想だにしないものであり、彼はその場に座り込む。
地響きを轟かせながら彼に近づいていくのは、大きな翼に20mはあろう漆黒の巨体。鋭い爪と牙はどんな刃物よりも鋭く光る。
それはこの世界の頂点にして殆どの者が畏怖する相手。そう、竜だった。
「…………」
恐怖におののくアストネアは一歩も動くことが出来ず、ただ近づいてくる竜に震えが止まらない。
く、食われる! 目の前までやってきた竜の姿にそう覚悟したアストネアだったが、口を開いた竜から更に予想外の言葉が飛び出したのだった。
「あの……」
「は、はい!!」
「私、街で暮らしたいのですが……、よろしいでしょうか?」
「…………はぁ?」
時は少し遡る。いや、遡ること1000年前。
まだ人間がようやく魔法を知りえた時代、竜はこの世界を支配する存在だった。
いや支配すると言っても直接何かする訳ではない。ただその圧倒的な力の前にすべての種族が抵抗することなく逃げだしたのだ。
そんな中、竜の中に1匹の子供が生まれた。そう、それこそがこの私、スーファ・ユルネリ・ハーフギル・ベン・モルエスト。……長いからスーと呼んでください。
私は生まれてすぐ、自分が他の竜とは違っていることに気が付いた。
竜は本来、自分達以外の存在に興味がない。
まぁ、人間も地面を進む小さな虫に興味を持つ人は殆どいないだろう。感覚的にはそれと近い。
ただ私は何度も人間の世界に降りては彼らの生活を密かに覗いていた。
確かに人間は弱いしすぐ死んでしまう。寿命だって10万年生きる竜と違って50、60年だし、すぐに人間同士で殺し合う。
でも彼らにもいいところがある。それは工夫し様々な物を作り出し、食べ物を育み育て、更に作り出す料理はどんな肉よりも美味しい!
こんな存在に興味を持つなと言う方が無理な話だ。
私の人間達への興味はいつしか憧れへと変わった。
しかし、竜が人間と関わることを許される訳がない。
私は時期を待った。待ちに待った。そして1000年経過した今日この日!
ついに行動に出たのだ!!
「父上、お話があります」
私の言葉に1回り大きな1頭の竜が洞窟の中から姿を見せた。
「誰かと思えばスーファ・ユルネリ・ハーフギル・ベン・モルネストか。何の用だ?」
いや、ほんとうにいつもよく噛まずに言えるなその名前!
……今はそんなことはどうでもいい。さぁ言え、言うのよスー!
「……私、家出します!!」
「……はぁ?? ちょ、ちょっと待て一体何を言っている!? 家出? すまん状況が飲み込めん」
「止めても無駄です! もう荷造りも終わっているんだから」
「荷造り……、あぁ!! その背中に背負った袋の事か!!」
父上は私の背中を指差し声を荒げる。
「だ、だめだ! 家出なんて父は認めんぞ!! 嫁になるまでは断じて認めん!!」
「ぜっっったいに家出します! けじめとして報告しただけで、許しを求めた訳じゃないんですから。……止めるなら仕方ありません、強硬手段にです!!」
「ほう、この父に歯向かうか。いいだろう、やれるものならやってみろ!!」
うわぁ、何かいきなり目をキラキラさせてる……。
だから竜って嫌なのよ、こんな時でも戦闘狂の血が出るんだもん。
まぁいいか。
「ハハハハハッ、お前がどれだけ成長したのか見てや……、ブへッ!!」
私が吐き出した炎は父上の眉間にヒット。
油断していた父上は炎が目に入ったのかその場を転げまわっている。
「熱い、熱いよ!! 目薬を!!!」
「…………なんだこれ」
私は悶える父上を後に、1000年暮らした洞窟を後にするため翼を広げた。
その気配に気が付いた父上は目を押えながらも声を荒げる。
「ま、待て娘よ! 父を一人にしないでくれ!」
「これまでお世話になりました。では、また!」
「娘よぉぉぉぉ」
こうして私は父上の声を背中に受けながら、人間の世界へと飛び立ったのだった。
ただ飛び立ったはいいが、私に何か当てがある訳ではない。
それに人間以外にも世界には多くの種族がいる。
特に気を付けるべきは妖精族だ。
「あの人達、何かと竜を目の仇にしてるんだよね。寿命が自分達より長いのがそんなに気にくわないのかな?」
妖精族は6000年、竜は10万年。張り合う意味が分からないんだけどな。
でもまぁ、妖精族と人間は姿がよく似ている。間違えないようにしないと。
しばらく飛んだあと、私は高度を下げ雲の下へと出た。
この辺りは300年前に来たことがある。確かもうちょっと言ったところに小さな村があったはず。
「……えぇ、何もないじゃん」
見覚えのある地形。私はそこへ到着したが、目の前には何もない平野。
300年前は確かにあったはずの村がそこには無かった。
「そうか、人間にとっての300年はそれだけ長いんだ。村が跡形もなくなる程に……」
うーん、これからどうしよう。
こうなると私の記憶にある村や街は軒並み無くなってるんじゃ。
誰か人がいれば聞くことも出来るのに……、ってあれは……。
私は翼を広げ目に入ったものがある場所へと急ぐ。
どうやら旅人らしい2人は目の前に現れた私に腰を抜かしている。
大丈夫よス―。ただでさえ人見知りなんだから怖がらしちゃだめ。
フレンドリーに……。
「すみません」
「ひぃぃぃぃぃ、ド、竜!」
「あ、いや、私何もしませんから!」
「お、お助けを!!」
だめだこれ、話にならない……。
え、もしかして私って結構怖い顔してるの?! 竜の中じゃ美人って有名だったんだけどな。
「助けます、助けますから話を聞いて」
「……」
「えっと、この近くにどこか街はありませんか? それなりに大きいといいんですけど」
「そ、それならここから北へ20ゲールほど行ったところにブルントリムと言う街があります」
「おい馬鹿! そんなこと教えたらその街が」
「はっ!!」
答えてくれた旅人は、もう1人の言葉に口に手を当て喋らなくなった。
どうやら私が街を襲うと思っているらしい。なんて失礼な!
でも教えてくれたことには感謝しないと。お礼こそコミュニケーションの第一歩!
「そうですか、ありがとうございました。それでは私は先を急ぐので!」
「お、お待ちください! 今の話は……」
旅人たちは飛び去る私に何かを言っていたようだが、もう私の耳には届かなかった。
今の私は、人間の街に行ける! ただそのことしか頭になかったのだから!
「待ってなさいよ、ブルントリムさーん!!」