ウラシマタロウ
ウラシマタロウ
その昔、大マゼラン雲に存在したタルガという星にウラシマタロウという男が住んでいた。
彼はまだ28と若かったが、器量の悪い妻と差別的な世の中に飽き飽きしていた。
浜辺では子供らが何処かの子を寄ってたかって苛めている。
それを見て御多分に漏れず、また、やっとるわとタロウは思い、うんざりした。いつもならうんざりするだけだが、いつまで経っても苛めを止めないので見るに見かねて子供らの中へ割って入った。
「こら!弱い者を束になって苛めるとは卑怯な坊主どもだ!これ、止めないか!」
すると、だってこいつ変なんだもん!と言い捨てて逃げる子供の後を追って皆、金魚の糞みたいに逃げて行った。
「大丈夫か?」
タロウの優しそうな声に蹲りながら頭を抱えて苛めに耐えていた子供は両手を下ろして徐に顔を上げた。
その顔は普通の人間と比べて異様に目が大きい代わりに口が小さく而も耳と顎がとんがっていて火星人の想像画のようだったからタロウはぎょっとして顔を引きつらせたが、直ぐに笑顔を作って問いかけた。
「大丈夫か?」
その気色に安心した子供は笑顔になって答えた。
「うん、大丈夫」
笑顔と言っても気味が悪いのでタロウは嫌気が差して引き揚げようと、「よし、良かった、じゃあ、おじさんは帰るよ」と言うと、子供が立ち上がって言った。
「僕は同じ大マゼラン雲のパルカル星から宇宙艇でやって来たパルカル王子です。助けてもらったお礼をしたいから僕と一緒にパルカル星に行きましょう!」
「えっ!」とタロウが驚き戸惑うと、パルカル王子は言った。
「さあ、宇宙艇に案内しますから付いて来てください!」
タルガ星では海を渡る船や空を飛ぶ飛行機は造れても宇宙艇なぞという物を造れる程、文明が進んでいなかったからタロウは半信半疑になったが、冒頭で述べたように妻と世の中に飽き飽きしていたので拒もうともせずパルカル王子について行った。
砂浜を少し歩いたところで何本も生えている松の間から宇宙艇と思しき金属の塊の物体が見えて来てタロウは驚愕した。
タルガ星では船も飛行機も木製しかなかったからだ。
宇宙艇は縦横5メートル高さ3メートルほどの大きさで形は円盤形なのでUFOの想像画のようだった。
パルカル王子はポケットからリモコンを取り出して何かボタンを押したかと思うと、自動扉が開いた。
それに驚く位だから中へ入ってもタロウは腰を抜かさんばかりに驚いた。そこは想像の域を遥かに超えるハイテク技術が満載された最新鋭のコックピットだった。
「僕しかいないから気楽に宇宙の旅が出来ますよ。実は僕、タルガ星の美しい人たちに興味があったもんですから皆に内緒でここへやって来たんです」
「自分で操縦してですか?」
「ええ、僕みたいな子供でもゲームみたいなもんだから簡単なものですよ。大体コンピューターが臨機応変に自動でやってくれますしね」
「どのくらいでパルカル星に着きますか?」
「まあ、テレポートすれば、2.4光年余りですから12時間くらいで着きますよ」
そのわずかな時間、タロウは星々が巨大な玉のようになったり、宝石のように散りばめられたり、射られた矢のようになったりして光り輝くのを目の当たりにする度に宇宙の生み出す大スペクタクルに圧倒されながら宇宙の旅の醍醐味を満喫するのだった。
パルカル星に着いてみると、道路を行き交う人々の醜さが目についたものの多種多彩な摩天楼が作り出すスカイラインや、その間を無数に通る大蛇のような透明なパイプや、その中をホバークラフトのように浮いて走る乗り物や、碁盤の目のように整備された道路や、所々に配されたイルミネーションなどが織りなす未来的風景にタロウは惹き付けられ目を見張った。
宮殿に着いてみると、バロック建築やゴシック建築やルネサンス建築に似た壮麗な装飾、それにコリント式だったりイオニア式だったりドリス式だったりするコロネードに目を奪われ、美しい水鳥が戯れる広大な池にも魅せられ、その周囲をカラフルに彩る草花や様々な形に剪定された木々、そしてそれらの間を埋め合わせるように立てられた芸術性の高い石像などがタロウの心を豊かにした。
しかし、タロウに礼をするべくパルカル王子が王様に頼んで昼夜を分かたず催した大歓迎パーティーには辟易した。
何しろ、酒は兎も角、食べ物は口に合わないわ、人は醜いわで食事も見世物もダンスも楽しむことが出来なかったのだ。
殊にダンス中、パルカルの姉の姫君と踊らされた時、タロウは吐き気を催す程、嫌な思いをした。無論、器量が非常に悪かったからだ。
逆に姫君はタロウに惚れこんでしまったらしく遂には結婚を迫って来た。
パルカル王子も是非、姉と結婚して欲しいと言うのだが、タロウは丁重に断った。そしてパルカル王子にタルガ星へ帰らして欲しいと願い出ると、パルカル王子はあなただけは差別的じゃないと思っていたが、残念ながらあなたも差別的なんですねと幻滅してタロウをタルガ星に帰すことにした。
タロウは一日半ぶりにタルガ星の故郷に帰って来ると、浜辺で早速、寄ってたかって海亀をいじめる差別的な子供たちに遭遇した。
しかし、タロウはパルカル星から帰った直後だけにほっとしてこの田舎の風景を眺めた。
さて、女房が心配してるだろうからと家に向かう中、疎らに立つ家々が一日半前、目にした時よりも大分、古びていて目にしたことのない家まで建っているので、あれ?ここは本当に俺の故郷なのか?とタロウは不審になって来たが、確かに見慣れた家が建っているので、どうも可笑しいと思いながらも家にやって来ると、これまた古びている。はて?どうなっているんだと思いつつ只今!と大きな声で言うと、年老いた女が出て来た。
「まあ!あんたはタロウじゃないか!30年以上も若い儘、何しとったんじゃ!」
パルカル王子の宇宙艇はスペシャルテレポーテーションシステムを搭載することによってワープを連続的に行うことを可能にした超高性能マシンで光の速度の一万倍の速さで移動することが出来るからパルカル星とタルガ星の間の往復距離4.8光年を24時間で通過することが出来るのだ。だからこの一日の間にウラシマ効果によってタルガ星では35年の月日が経っていた。
タロウは勿論、アインシュタインを知らなければ相対性理論も知らないからこの事態に訳が分からなくなったが、目の前の婆が自分の女房だということは物腰で何となく分かった。
「お前、幾つになった?」
「何、聞いとる、もう63だわ」
「ということは35年・・・俺はこの間、年を取らない星、パルカル星に行ってたんだ」
「何、寝ぼけたことを言うとるんじゃ!ま、でも、確かにタロウは若い儘じゃ、ひっひっひ」と婆は気味悪く笑ったかと思うと、「あ~ん!わしは30年以上も浮気せずにお前さんを待っておったんじゃ!欲しい!欲しい!お前さんの物が欲しい!」と頗る色めき立ってタロウに飛びついてしがみついた。
すると、タロウは婆を強引に突き放してから金を有りっ丈奪い取って人でなしと叫ぶ婆を置き去りにして家を出て行った。
俺はまだ若い。他の女を探すぞ!と浅ましい欲望に燃えて・・・