09話 開くパンドラの箱
かつて、魔王一族の娘であるブーケ姫は、子犬を使い魔にして世界を平和に導いた。彼女は、大戦後の魔界を立て直した素晴らしい姫君である。
闇の魔法使いからカラクリ兵を救い出し、汚染された穢れた土壌を蘇らせたという話だ。
使い魔に子犬を選ぶ娘は大抵、そんなロマンあふれる伝説にあやかっているとされている。
だが、時の流れは残酷なものでブーケ姫と犬の使い魔の伝説を描いた伝記はいつしか発行されなくなり、魔族以外の間ではマイナー扱いに。
その流れから、犬の使い魔も数が減っていったという。オレがブーケ姫の伝説を知っているのは、現代のブーケ姫的ポジションのブルーベル姫に飼われているからなのだろう。
現代における使い魔の主流は、人間文化と同様に猫かフクロウだ。使い魔認定試験の会場も、猫が6割でフクロウが3割、時々ネズミといった感じだ。テレビCMも映画やドラマも殆どが使い魔を猫かフクロウにしているのだから、仕方ないと言える。
そういった時代背景から、チワワのオレと飼い主ブルーベルはちょっぴり浮いた存在となっていた。
列に並んでいる間は、飼い主に連れられて様々な使い魔がケージに入らない状態になる。自然と他の使い魔の顔を見ることになり、否応無しに猫やらフクロウやらの話し声が聞こえてくる。
「ホホー、ホホホッ(あら、チワワが魔法使いの使い魔になるなんて、時代も変わりましたのね)」
「にゃーんみゃあ(もしかすると、将来的に魔法剣士に転向するつもりで、あらかじめ犬を使い魔にしているのかもですにゃ)」
ブルーベルのような純粋な魔法使いが、子犬を連れているのはよっぽど不思議なようで、将来は転職するのではという噂まで流れている。まぁうわさが流れるといっても、動物語で流れる噂なんてローカルだと思うが。
「チュチュチュー、チュチュチュッ(猫はネズミを食べようとするから、チワワに乗り換える魔法使いもいるんだチュウ)」
「ふにゃー!(うるさいネズミだにゃー)」
すると、オレの話題を通り越してハツカネズミとシャム猫の争いが始まってしまう。
「使い魔同士で喧嘩する子は、列から出てもらいますよっ。他の子達も大人しくしているようにっ」
プチ喧嘩を始めたハツカネズミとシャム猫は退場扱いとなり、ようやく列に静けさが戻った。十数分経ち、次第にオレ達の番が近づいてくる。
試験内容は、試験官達が召喚魔法で大きな岩を芝生の上に設置して、その岩に攻撃魔力を叩き込んでいく形式だ。一匹につき、一つの大岩を使うため、平等な数値テストになっているようだ。
「みゃおーん!」
「おおっ! あの猫、なかなかやるなっ。岩にあんなに大きな亀裂がっ。数値2万5000、Aランク認定!」
オレ達の一つ前に並ぶ猫が、魔力の黒い弾を岩にぶつけて数値を割り出す。けど、よく考えてみたらオレってあんな魔法を覚えた試しないぞ。まず、あの岩に届くような魔法の球を作れるのか?
「次は、見習い魔法使いブルーベルさんと使い魔候補のハチ君。おや、狼犬なんかは魔法剣士の使い魔として見かけますが、チワワとは珍しい。最近は小型犬の使い魔が流行し始めているんですかねぇ」
「は、はぁ。流行し始めているってことは、ハチ以外にも小型犬の使い魔候補が増えているってことですか?」
小型犬が流行り始めているという気になるものの言い方に、ブルーベルが思わず質問をしてしまう。この試験会場では殆ど見かけないが、どこかの地域では流行ってきているのだろう。
「いや、すみません。一応守秘義務なので聞かなかったことに。おほん、ではこれから呪文の書かれた羊皮紙をブルーベルさんに渡します。ブルーベルさんが呪文詠唱を始めたら、ハチ君もそれを心の中で復唱してください。そうすれば、魔法の球がキミの魔力数値通りに飛び出して、潜在能力が判明するはずです」
数メートル先にドォンと音を立てて現れる巨大な岩。
「平均的なAランクの数値は2万から3万前後だって話だよ。ハチ、私達もそれくらいの数値を目指してやろうね」
オレの頭を優しく撫でてから、ブルーベルが潜在能力を引き出す呪文を詠唱し始めた。それに合わせて、さん、にぃ、いち……ゼロッ!
「きゃうんっ!」
ヒュウウイイイィイインッ!
チワワ特有の甲高い声をひときわ張り上げて吠えると、ゴゥンッという音とともに無数の星屑が流れ星のように巨大な岩に向かって乱れ飛んで行き……。
ドォオオオン! ガラガラガラガラ、ズオオオンッ!
何かの間違いか、それともこれくらいがチワワの魔力としては普通なのか。巨大な岩は、跡形もなく粉々に砕け散ってしまう。
その瞬間、会場中が一斉にこちらに注目。異様な静けさに包まれたかと思うと、試験官が震える声で数値を読み上げ始める。そこには、Aランク使い魔の数値をはるかに上回る驚愕の数値が叩き出されていた。
「チワワのハチ君、潜在能力の最高数値更新。その魔力……88万8000!」
暫し、静寂。そして、か弱いチワワのイメージを覆すその数値に、動揺とざわめきが会場中を包む。
「えっ。さっきの魔法、なに? まさか、あの女の子とチワワがやったの?」
「数値が……。はっっっはちじゅうはちまん、はっせんんんんんんんっ?」
「S級ランクの最上級使い魔の誕生だぁああああっ!」
沸き上がる会場、大勢の注目、嫉妬と期待が入り混じるこれまでにないオーラ。
(なんだ、この突き刺さるような沢山の視線は。みんな、これくらいの大きな魔力が欲しいっていうのか)
向けられる羨望の眼差しとは裏腹に、オレにとってこの魔力は開けてはいけない『パンドラの箱』のように感じられた。