05話 お伽話と夢の声
遥か昔は『漆黒の闇が溢れる森』と呼ばれていたこの場所だが、今ではすっかり美しい庭園である。そんな歴史を物語るように、造園を懸命に励んだという子犬くらいのサイズのカラクリ兵達のモニュメントがそこら中に飾られていた。
二百五十年のカラクリ兵モニュメントが喋るはずないし、犬とカラクリ兵が会話出来るはずないのだが。オレに備わったチートスキル『ラブリーチート』は自然や精霊と心を通わすチカラがあり、不思議とカラクリ兵モニュメントの心の声が聴こえてしまう。
「子犬だ、子犬が来たぞっ!」
「アイツ、二百五十年前の例の犬に似ているなぁ。気のせいか?」
「ゲッ! あっちにはケルベロスの子犬もいるぞ」
「まぁ、子犬ごとき我らが無敵の兵隊の敵でもあるまい。他人の空似ならぬ、他犬の空似なんだろうよ。オレ達は気にせず、この庭園を楽しもうぜっ」
(二百五十年前の犬に似ている? 一体何の話をしているのだろう。古いカラクリ兵みたいだし、ややこしい話に巻き込まれるとよく無い。ここは、お澄まし顔で乗り切ろう)
チクチクと突き刺さるようなカラクリ兵モニュメントの視線を極力無視して、テラスの日射しがちょうど良い場所で休む。
伝承によると優しい魔族の姫君ブーケが、悪い魔法使いに操られていた小さなカラクリ兵を憐れに思い、造園の仕事を与えたのだという。
そんなお伽話のカラクリ兵達も、今ではすっかり動かない……ハズ。
不審なカラクリ兵達の会話は、魔犬ケルベロスの耳にも聴こえていたのか、オレにも声が聴こえたか確認に来た。
「キャウーン(ねえ、ハチ。なんかあのカラクリ兵って、僕達のこと見ておしゃべりしてなかった?)」
「きゃきゃん(気のせいだよ、きっと。すでに魔力切れしているらしいし)」
だが……その瞬間に、オレの脳裏にフッとカラクリ兵達とのバトルの光景が浮かんでくる。場所はおどろおどろしい闇に包まれた森の中、そう……遥か昔にこの森がまだ魔の瘴気に包まれていた頃の記憶だ。
「キキキキッ、Sランクだとっ。生意気な小型犬め! このカラクリ兵様の方が小型犬よりも、優れていることを証明してやるわっ」
現役時代のカラクリ兵が、小さな子犬相手に本気でバトルを挑んでいる。子犬はベージュ色の長い毛並みが特徴的なロングコートのチワワでどこかで見た後ろ姿だ。いや、多少成長しているものの、あれはまさかオレ自身なのか。
「くっ! 相変わらず、生意気な集団ね。しかも、新型で『改』なんて付いているわよ。けど、負けるわけにはいかないわっ。行くわよ、ハチ。私の呪文に続いて魔力を込めて吠えるのよっ。光の精霊よ、闇の魂に浄化の魔法を与えよっ」
「きゅいんっ!」
ブルーベルを成長させたような銀髪の美人が、愛犬のハチとともに魔法バトルを開始。どうやら、パートナーとチカラを合わせることで魔法が発動出来るみたいだ。順調にカラクリ兵達をなぎ倒していくが、向こうの方が数が多いしチワワの方が不利に見える。
この戦いの行方がどうなったのかは分からないまま、オレの中に浮かんできた白昼夢は空に消えた。
(何だったんだ、今の記憶は。あの美人は一体誰なんだろう? ブルーベルを成長させたようにも見えたけど、何かが違う感じがする。血縁者か誰かなのだろうか……まさか噂のブーケ姫と愛犬の記憶なのか)
「きゅうーん(ハチ、やっぱり僕はあのカラクリ兵苦手だよ。もっと、あいつらの目の届かない場所で休もう)」
「きゃきゃん(ああ、そうだな。ケルベロス)」
子犬のオレ達を見下ろすような小さなカラクリ兵のモニュメントに、少しだけ恐怖を感じつつ移動をしてお茶会を見守る。
(ブーケ姫の時代のカラクリ兵達が生きているはずないし、あのバトルを行なっていたチワワだってオレ以外の別のチワワだろう。今は、ブルーベルのお誕生日を祝おう)
* * *
「それでね、ママ。最近は風の精霊と契約して、使える魔法の属性が増えたの。このままいけば、希望の魔法学校に合格できそうよ。寄宿舎制のところとか」
飼い主であるブルーベルが、自分の魔法の上達具合や将来設計を母親に報告していく様子を大人しく見守る。何処にでもありそうな、愛犬の穏やかな午後のひととき。だが、進学の話題になり魔王様から発するオーラに変化が見受けられるようになった。
「ブルーベルが、本当に魔法使いを目指すなんて思ってなかったけど。あなたは末っ子だから、お城でのんびり暮らすとばっかり……」
「そうだぞ。お前は末っ子で、難しく考えることもないんだ。まさか、兄や姉と同じように寄宿舎制の学校で魔力を磨く道を選ぶとは。いや、ハチだって使い魔と言うよりは、愛玩動物として生活した方がそれっぽいだろう。今からでも、考え直した方が」
寄宿舎制の魔法学校に進学させたくない理由の一部を、オレのせいにしようとする魔王様。よく考えてみれば、可愛いペットを城で飼いたいというコンセプトでオレが選ばれた気がするが。いつの間にか、魔法使いの使い魔として、一緒に魔法学校で勉強する設定に変更されている。
「あらあら、相変わらずブルーベルに甘いのね。でも、可愛い子には旅をさせろと言うし。ハチ君だってチワワだけど、とても強い魔力を感じるわ。ブルーベルと一緒に、素質を磨いてあげてもいいんじゃないかしら?」
王妃様が、ちらりと床で伏せをして話を聞いているオレの様子を見る。チワワ特有の大きな耳がピクリと動いてしまい、話を聞いていた様子が伝わってしまったようだ。
食事が済んだケルベロスがオレの方に寄り添い、犬同士のちょっとしたじゃれあいと会話となる。お互い長毛種であるため、モフモフとした毛がくすぐったい。
「クンクンキューン(ハチは将来、姫と一緒に寄宿舎制の魔法学校に行くの?)」
「きゃうん。うーんきゃんきゃん(えっうーん。まだ分からないよ)」
「キャンキャン、クーン(そっか、でも僕たちも成犬なるちょっと前から、訓練校に通うことになるんだ。でも今は、その時まではコロコロ遊ぼうね)」
生まれた時から、ほぼ間違いなく番犬になる将来が決定されているケルベロス。それに比べれば、ごく普通のチワワであるオレには、愛玩動物という未来が最もしっくりくるはずだった。
(オレなんかに、使い魔が務まるのだろうか? 魔王様のいう通り、か弱いチワワは可愛いがられるのが無難な犬生か)
考えていくうちに、次第に眠気が襲ってきた。大きな瞳をゆっくりと閉じて、夢の世界へと誘われていく。
「もうっ! パパが、変なこと言うからハチが不安そうにしているでしょう」
「いや、お腹がいっぱいになったしケルベロスとじゃれついたら、眠くなったんじゃないのか?」
「もしかして、ハチも寄宿舎制の学校は不安なのかしら。ブーケ姫みたいな一流魔法使いになるには、魔法学校が必須なんだけどなぁ」
夢に向かう意識の中で、ブルーベルと魔王様の話し声が聞こえる。誰かが、オレの頭をそっと撫でて優しく囁く。
「ハチ君、あなたにほんの少しだけ、私のチカラを分けてあげましょう。あなたが、使い魔としてやっていけるように。私の代わりに、ブルーベルの孤独を埋め合わせてくれるあなたへ……秘密の魔法よ」
夢の中では、オレは青い花が無数に咲く花畑に居て、輝く天使にふわふわと囲まれていた。誰かの優しい指が、オレのおでこのあたりに光の魔法を注ぎ込んでいくのを感じる。
「お願いね、ハチ君。私の可愛いブルーベルの心を癒してあげて」
鈴の形をした青い花――すなわちブルーベルの花に包まれて見る夢は、ちょっぴり切ない香りがした。