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04話 魂のお茶会を


 ブルーベル姫のママことマリーローズ王妃は、すでにこの世にいない人だった。だが、オレの目の前では『ママ』と呼ばれた金髪碧眼の女神様を彷彿とさせる美女が、優しく愛娘ブルーベルの頭を撫でてあげている。

 しかし、よく見ると本当に頭に触れているわけではなく、ほんのり輝く霊体が娘を撫でる仕草をしているだけのようだ。


「えへへ! ママ、ありがとう。今日は初めてママにハチを紹介出来るね。このベージュ色のチワワがハチ、私の使い魔になる予定なんだ。餌やりとブラッシングはちゃんと私がしているんだよ」


 自慢げに、毎日犬の世話をしていることを報告するブルーベルは、年相応のハツラツな少女だ。まるで、母親がこの世にまだ存在しているかのような錯覚までしてしまう。いや、この異世界では霊魂との会話が当たり前なのかも知れないけれど。

 ふと、王妃の霊魂と目があってしまい、びっくりしながら身体をふるっと震わせる。この震えは、チワワ特有のものなのか、それとも霊魂に慣れていないオレの人間としての部分の名残なのか、定かではない。


「ふふっ。以前から、ブルーベルは使い魔を欲しがっていたけど、可愛いチワワに巡り会えたのね。毛並みも綺麗で、よく手入れされているのが分かるわ。ハチ君、娘をよろしくね」

「くぅーん、きゃんきゃん(あっはい。頑張ります)」


 優しい声色で話しかけられて、霊魂への恐怖が自然と薄れていく。一応、犬語で頑張って返事をしたが、ニュアンス的なものくらいは伝わったようだ。


「そして、城の護衛を強化するためにオレはケルベロスを飼うことにしたんだ。まだ子犬だが、オレ自ら教育して立派な番犬にしようと思う」

「まぁ! その子、本当にケルベロスだったの? チワワのハチ君と並ぶとポメラニアンみたいなのに。うふふ、頑張ってね」


「きゅーんきゃんわん(お城の警備は任せて欲しいワン)」


 ケルベロスがポメラニアみたいな風貌と感じているのは、どうやらオレだけではなかったみたいだ。王妃様から見れば、オレもケルベロスも愛玩動物でしかないだろう。


「さて、立ち話もほどほどにして墓標隣に設置してあるテラスで、ブルーベルの誕生を祝うお茶会を開こう。庭園のテラスで行う小さなお茶会だが、霊魂状態のマリーローズが参加できる貴重な時間だ。じいや、準備を頼む」


 確かに墓標のすぐ隣には、庭園の美観を損なわないシンプルな白亜の建物と、飲食にちょうど良いテラスがある。建物はおそらくここの管理に使うための部屋だとして、テラスに設置された椅子やテーブルはお茶会を開くためのものだったようだ。


「畏まりました、魔王様。本日は、この庭園で育てた特別な霊草を用いた食事とお茶をご用意しておりますので。王妃様も、是非お茶の時間を楽しんでください」

「まぁ! わざわざこの庭園で霊草を育てていたのはそういう理由だったのね。魂での食事は初めてだからドキドキするわ。うふふ、生前から数えても久しぶりの食事ね」


 霊魂状態での食事は初めてだという王妃様、もしかしたら亡くなってからそれほど年月が経っていないのではないかと思うと胸が痛い。手際よく、じいやとメイド3人組がテーブルセットを整える。


 お茶会は地球の文化で例えるとイギリス風セットがメインのようで、小花柄があしらわれた茶器に、紅茶が準備された。

 メインとなる食事を飾るためのスタンドにセットされた三段の皿の上に、伝統に従ったメニューが次々と並べられていく。定番のサンドウィッチ、フィッシュアンドチップスなどの揚げ物もあり、オーソドックスだ。

 上段を飾るデザートは、フルーツたっぷりのタルトやプチケーキなど、豊富に揃えられている。


 グラスがぶつかり合う音が、花々が咲き乱れる庭園に響く。本来は、グラスを手に取ることすら出来ないはずの王妃様も、霊魂の状態で乾杯に加わる。


「では、ブルーベルの11歳の誕生日を祝って、乾杯!」


 ごく当然のように、だけど少しずつそれぞれが緊張感を保ちながら、ブルーベル姫11歳の誕生日お茶会が始まった。



 * * *



「久しぶりのサンドウィッチ……どんな味がするにかしら? ふふっハムとチーズが程よく野菜と合わさって美味しいわね。まさかこの霊体で、こんなふうに食事が出来るなんて思わなかったから」

「良かったね、ママ。私のオススメはこの手作りスコーンよ。うちの菜園で取れた苺をジャムにしたものだから、我が家だけの味なの。ねっ食べてみて」

「ブルーベル、ママだって霊体での食事は初めてなんだから急かさないように」

「はぁい」


 三段の皿以外にも、手作りスコーンとストロベリージャムなどが用意され、小皿にはチョコレートやナッツ類。さらに、ローストビーフや鴨のスモークなども加えられて、豪華なテイストになっていく。


「あら、ローストビーフや鴨肉も用意してくれたのね。本当は、ワンちゃん達にもお肉を食べさせてあげたいけれど、まだ子犬よね。大きくなったら、ローストビーフを食べさせてあげるからね」

「くうーん(ありがとう、王妃様)」

「きゃうーん(おにくおにく、楽しみだなぁ)」


 オレやケルベロスが成犬だったら、この立派なローストビーフや鴨肉をパクパクと喰いついていたのかも知れない。あいにく、まだ両者ともに産まれてからそれほど経っていない子犬のため、お肉料理はお預けである。

 だが、意外なことにケルベロスは普段の優しい癒し系の性格とは裏腹に『肉食』への関心が人一倍高いようで、近い将来の肉食デビューを楽しみにしているようだ。フリフリと尻尾を振って早くお肉デビューしたい意向をご主人様達にアピールしている。無邪気な彼らのワイルドな一面を垣間見てしまった気がして、思わずぶるる……と身震いがした。


「きゃうーん(ケルベロスは早くお肉デビューしたいのか)」

「わおーんわわん(もちろんだよ、ハチ! 僕達の種族はいろんなお肉を食べこなすお肉のエキスパートなんだ。お肉専門の美食家って言うのかなぁ。あっでも、魔王様やハチのことはそういう目で見ていないから安心してね)」

「きゅ、きゅーん(おっおう!)」


 流石は地獄の番犬の異名を持つケルベロス一族の子犬である。普段はポメラニアンにも似たふわふわ子犬を演じながらも、中身はすでに地獄を司る王者の片鱗すら見せていた。彼らの可愛らしい瞳の奥に、肉食への野生の目覚めが見え隠れしていたが、怖いので見て見ないふりで乗り切った。

 そして、誕生日パーティーに相応しく、淡いピンク色のストロベリークリームとベリー類で彩られたホールケーキ。乾杯用に、ブルーベルでも飲める子供向けシャンパンとグラス。


「うわぁ。このピンク色のホールケーキ可愛い! ねえ、このケーキもママが食べられるように出来ているの?」

「もちろんでございます。霊草は、全ての料理に使用しましたので。スウィーツも例外ではございません」


 予想以上に可愛いらしいホールケーキの登場に、胸を躍らせるブルーベル。何より、亡くなっているはずの母親と共に食事が出来る喜びが大きいのだろう。

 お伽話のお茶会を彷彿とさせる豪華なセットは、オレも人間の状態だったらテーブル席に座って参加したいくらいだった。


 結局肉食デビューは出来なかったものの羨ましそうな視線がメイドさんに通じたのか、オレとケルベロスの分のおやつも用意してくれた。


「あっそうだわ。はい、ハチ、ケルベロス。老師様が作った魔力が高まる犬用のおやつよ。子犬でも安心して食べられるおやつだから、一緒にお茶会を楽しんでね」

「くうーん!」


 犬の本能なのか、思わず尻尾を振って、お茶会に参加出来る喜びを表現するオレ。ケルベロスもハフハフとおやつを目にしてたまらないと言った様子。


 ――平和な光景にきっと、この先もずっと変わらずこんな日が続くと……信じて疑わなかった。


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