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19話 彼女の手作りミルク粥


「お帰りなさいませ、ブーケ姫。あらっそのバスケットにいる子犬は、パピリンではないようですが」

「ただいま、フクロウの手紙によると結局パピリンは庭師の人が保護してくれたみたいよ。獣医さんの予想通り、森のロッジで産む気みたい。それでね、この子犬は手違いで召喚されたみたいなの」


 ようやく、別棟の姫の部屋に到着。お城の敷地は魔王様が居住するメインの建物の他にも、家族や使用人が生活するための別棟がいくつかある。


 現魔王の娘にして次期魔王の妹、というポジションのブーケ姫の居住スペースも別棟にあり、部屋数もいくつかあって独立した建物となっていた。

 事の経緯をメイドに説明して、オレをバスケットから犬用のスペースに解放する。本来飼っていた犬は、森にあるロッジで出産することになったとかで、なんだか大変そうだ。


「そ、そうだったんですか。けど、パピリンが無事で良かったですね。もう夜遅いですし、今から狼達のいる危険な森を通ってロッジに行くのは至難の業でしたから。このままだと新月の頃に出産するのでしょうか?」

「かもね、パピリンも立派な成犬だし、獣医さんもあのロッジで産んで良いと仰っているそうよ。今夜は先に森に着いていた獣医さんと庭師が、ロッジでパピリンの面倒を見てるらしいの。私は、明日の朝パピリンの様子を見にいくわ」

「今夜は獣医さん達にパピリンのことは任せて、姫様も休まなくては……」


 パピリンという名前からして、犬種はパピヨンだろうか。これから大変かも知れないが、何はともあれ無事が確保できたみたいで良かった。


「そうも言ってられないわ。この迷子のワンちゃんの面倒を見ないと。飼い主の元へ戻れるまでは、私の使い魔として置くことにするから。契約も兼ねて、エサのミルク粥を作ってあげようと思うの」


 当然のように、チワワのオレを使い魔にすると話すあたり、当時は小型犬の使い魔がいても不思議ではなかったようだ。よく考えてみれば、チワワの先祖であるテチチを神の使いとして崇めていた時代だ。

 現代よりも、小型犬の使い魔が多い文化なのは分かる気がする。


「畏まりました! パピリンが出産で動けない時期ですし、別のワンちゃんが使い魔代わりをしてくれるなら、良いタイミングだったのかも知れませんね。今、姫様が自ら君のためにご飯を作ってくれるそうよ。姫の手作りを食べられるなんて、君は幸せモノ……。あれっこの子犬、まさか、まさかっ!」


 部屋に戻りオレをメイドさん達に紹介すると、メイドさんの1人がオレの顔を見て目をまん丸くして驚く。


「しっ! びっくりするかも知れないけれど、騒ぐと良くないから静かにね。この子犬、どうやら未来から来たみたいで、聖なる獣テチチにそっくりなのよ。ちょっと毛並みは長めだけど、顔はそっくりよね」


 チワワという生き物のご先祖様は、テチチ族だと言われているから似ていて当然だ。オレの場合は、チワワの原種とされるスムースタイプにパピヨンやポメラニアンを配合して固定の毛並みを作ったロングコートであるが。

 毛並みが短めのスムースを見たら、この時代の人達は皆、聖なる獣が現れたと驚いてしまいそうだ。


「ひぃいいっ! み、未来から、神の使いが……はわわっ。いや、でもこれって吉兆なのではないでしょうか。我が魔王軍がずっと勇者軍に押されているのは、預言者達が聖なる獣の加護がある勇者軍を優遇しているからに過ぎません。我々も聖なる獣の加護があると分かれば、これ以上虐げられることは無くなるはず」


 会話からこの時代の背景を察すると、魔王軍が現在ピンチっぽい状況なのは聖なる獣の加護が得られないという理由で差別的な扱いを受けていると解釈すれば良いのか? 勇者軍には聖なる獣のテチチがいるから、預言者が肩を持っているということらしい。


「だと、いいのだけれど。私としては、いつ未来に帰るか分からないハチをずっと聖なる獣として置いておけるとは思えないし。それに、もしかしたら近いうちに私達の元にも一生側における聖なる獣が現れるかも知れないわ。これは勘だけど……ね」


 ミルク粥を温めながら、何か将来に希望を見出しつつあるブーケ姫。自らの唇でふうふうとミルク粥を冷まして、子犬のオレでも食べやすいように調整している姿からは母性すら感じる。


 今までふやかしたペットフードばかり食べていたオレにとって、ミルク粥デビューはなかなか新鮮だ。食欲のない犬に食べさせることが多いというミルク粥をわざわざ作ったということは、オレが疲れていると見越しているのだろう。


「そうですね、姫様。きっと、良い未来が待っているはずです。だって、未来の魔王城からこんなに可愛い子犬がやって来てくれたんですもの。未来の我が国が繁栄している証拠です」

「うふふっ! 早く、冷戦が終わって平和になるといいわよね。はい、ハチ。特製のミルク粥よ、食べやすい温度になるまで調整してあげたから、ゆっくり食べるのよ」

「くうーん(いただきまーす)」


 ちょうど良い温度に調整されたミルク粥は、子犬のオレでも食べやすくほんのりとした甘味がある。

 突然のタイムワープで疲れた心と身体を、ブーケ姫のミルク粥は、母のような愛情で優しく癒してくれるのであった。お腹が満たされて、ウトウトと次第に眠気が訪れる。


 二百五十年前のとある夜、ゆっくりと奇跡が始まろうとしていた。


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