18話 子犬になった転生者
黒フード集団とブーケ姫の簡単な話し合いも終わり、未来からやってきたチワワのオレは、期間限定でブーケ姫に飼われることになった。先程の会話が本当であれば、星が一直線に並ぶ時に儀式を行えば元の時代へと戻れるかも知れないそうだ。
住まいは同じ魔王城とはいえ、大戦後の二百五十年前で暮らすのは、いささか大変そうに思えた。
これまでの暮らしは地球で暮らしていた頃と同じ文明水準だった。暑ければクーラーがあり、寒ければ暖房を効かせれば良い。必要な道具はネット通販ですぐに揃うし、お城で暮らす大半の人々は衣食住に困ることはまず無いだろう。
まぁオレはペットという立場のチワワだから、自分で食料調達したり衣服を揃えることはなかったけど。冷暖房完備の現代生活から、昔ながらの電気のない暮らしにか弱いチワワの身体で対応出来るか不安ではある。
それに二百五十年前の伝承が本当なら、大戦後は食糧難や物資の不足に悩まされていたらしい。子犬が1匹増えるくらい、お姫様からすると大した負担でもないのだろうが、面倒を見てもらうにしても罪悪感が生まれる。
「まずは、ハチを安全な場所へ連れて行かないと。このバスケット借りていいかしら?」
「くうーん」
ブーケ姫は魔法部屋の棚に収納されていた魔法アイテム収納用のバスケットから、犬を運ぶのにちょうど良さそうなものをチョイス。バスケットの内部は、先程までラベンダーなどのハーブ類が沢山敷き詰められていたため良い香りがする。
「おぉ! 姫様は本当にお優しい。ここから別棟までは、かなり歩きますからね。子犬の足では厳しいでしょう」
「このタオルを使って下さい。バスケットの中に敷けば、子犬の身体が傷つかずに済むと思います」
バスケットは籐で編まれており、内部は所々トゲっぽくなっていたが、チワワのオレが中で休んでも痛くないようにタオルを敷いて安定した内部に変えてくれた。
「ありがとう、これでよし。このサイズなら、ハチを運ぶためのペットキャリーの代用になるわよね。ほらハチ、痛くないからこの中に入りなさい」
「くいーん(分かったよ)」
本来の飼い主であるブルーベル姫のご先祖様かもしれない、この女性。忠犬本能の高いオレ的には、本来の飼い主以外には警戒心が強いはずだが、割とすんなり言う通りに動いてしまった。
「では、ブーケ姫。お気をつけて……我々は、早くその子犬を元の時代へ返せるように努力しますので」
「しばらくの間、私の使い魔としてそばに置くから安心していいわよ。子犬の面倒を見るのなんて、久し振りだから楽しみだわ。それじゃあ、また」
ブーケ姫は、どうして時を超えてこの時代へとやってきたオレを、素早く保護することを決断したのだろう。遠慮と疑問が交錯する中、迷宮のような薄暗い廊下をバスケットの中でぼんやりと眺める。
(こんな場所、現代の魔王城にはなかったなぁ。建物は移築しただけだって話だけど住所がちょっとだけ違うらしいし、やっぱり移築する前は間取りとか細かく違うんだろうな)
魔法儀式の部屋は地下のあったようで、コツコツと階段を上がり地上階へと出る。広い廊下は、オレが住んでいた時代のお城よりも窓が大きく、夜空には満天の星が浮かんでいた。
「きゅうーん。くいーん」
見たことのないような星々に、思わず感嘆の鳴き声をあげると、ブーケ姫がクスクス笑いながらオレに話しかけてきた。
「あら、星空が珍しいの? もしかして、未来の魔王城からは星がそんなに見えないのかしら? やはり、無駄な戦ばかりしていたから、次第に星のご加護が薄れていったのでしょうね。ふふっ。難しい話をしてごめんね。あとで、子犬用のミルク粥を作ってあげるから」
「くぅーん」
大戦の傷跡でところどころ修復作業中の魔王城だが、基本はとても立派なお城である。欠点があるとしたら、チワワのオレの足ではお城の中を歩き回るのは困難になりそうだということくらいか。
わざわざオレを自分の足で歩かせずにバスケットで運ぶことにしたのは、この広い城内を召喚されたての子犬に歩かせるのは酷だと思ったのだろう。
殆ど人とすれ違わずに部屋まで辿り着けると思っていたが、途中で聖職者らしき男性に声をかけられる。白と金のローブに長い帽子、大きな錫杖とロザリオは誰がどう見ても聖職者である。
だが、青肌金眼の長い爪という『ザ・魔族』と言ったビジュアルのせいでどうしてもゲームの中ボスに見えてしまう。ゲームキャラだったら、悪魔の神官とか魔族の神官長とかそう言った呼び名でプレイヤーを困らせていそうだ。
「こんばんは、夜分遅くまでお仕事ご苦労様ですブーケ姫。ところで、その子犬は一体どうしたのでしょう?」
「こんばんは、神官長様。地下で行なっていた召喚儀式が失敗して、別の場所にいた子犬を呼んでしまったみたいなの。本来の飼い主さんのところに返すまでは、私が面倒をみようと思って」
魔族にはいくつか系統があるのかブーケ姫や黒フード集団は、耳が尖っている以外はほぼ人間と同じ外見である。ブーケ姫はエルフ族だと紹介されたら、きっと信じてしまうだろう。けれど、この神官長は他の魔族とは異なり青い肌で金色の瞳、爪が長くて心なしか牙が鋭く、かなり純粋な魔族に感じた。
だからだろうか、中ボス風の神官長様のオレを見る目がギラリと光り、鋭い推理を始めたのだ。
「ほう……召喚魔法が。それにしても、随分と不思議な犬ですね。聖なる獣テチチに、若干似ておりますな。ふむ、気のせいでなければその子犬から人間の匂いがしていたのですが。はて?」
「人間の匂い? ここには魔族しかいない魔王城なのに。まぁこの子が以前住んでいたところに、何人か人間がいたのかも知れないわね」
ブーケ姫には感じ取れない人間の匂いだが、神官長には感じ取れるらしい。
「若しくは、この子犬に人間の魂が宿っているか……ですな。ごく稀に、人間から犬に転生してしまう者がいるらしいのです。強い魔力を秘めた犬は、前世が人間であった可能性が高いとか」
「まぁ! もしこの子が元人間だったら、きっと物覚えが早いでしょうね。うふふ、預かっている間にいろいろ鍛えてみようかしら?」
世間話も程々に、神官長と別れて別棟へと向かう。この時までは、オレもブーケ姫も『人間から転生した子犬』というものがどのようなチカラを秘めているのか、知る由もなかった。