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16話 二百五十年前の姫君


 魔族令嬢ローゼリアから貰った本には、伝説の聖なる獣と崇められていた犬について記された伝記小説だった。今から二百五十年ほど前に起きた事実を元に制作されたもので、今回は久し振りにリメイク版が新装されたのだという。


 聖なる獣つまり伝説の犬は、一説によるとチワワのご先祖様テチチだとされている。好奇心旺盛なブルーベルは、さっそく本を貰った初日からこの伝記を夢中になって読んだみたいだ。


 ローゼリアはオレのことが好きすぎるせいか、伝説の犬の直系子孫だとオレのことを思っているらしい。真偽はともかくとして、チワワという生き物自体テチチの系譜を引き継いでいるのだから種族的には遠くないだろう。


 ブルーベルが読書を休んで睡眠に入り、オレもケージの中で休んでいたはずだが、突然何かのチカラでケージが開いた。


「おいで、聖なる犬よ。時の流れを超えて、我々の元へおいで。時空の渦を抜けて、我々の元へ帰っておいで」


 何重にもハモる集団の声が、ブルーベルの部屋から聞こえてくる。不審に思い、続き間になっている彼女の部屋へと入室すると例の本がパラパラと自動で捲られ、そこから光が溢れ出していた。天井には、くっきりと魔力が込められた魔法陣が浮き上がっている。


(やばい、よく分からないけど勝手に本から魔法が発動している! このまま放置したら何が起こるか分からないし、危険だっ。早く、ブルーベルを起こさないと)


 人間時代のオレだったら、机に置かれた本を閉じるくらい自力で出来たが、今は小さく、か弱いチワワだ。しかも、まだ子犬と呼ばれる成長時期の生後7ヶ月半である。

 大型犬ならともかく、小型犬のしかも子犬のオレには机によじ登ることすら難しく、天蓋付きベッドで眠る飼い主ブルーベルを起こすのがようやくだ。


「きゃんっきゃんきゃんっ(ブルーベル、大変なんだよ。起きてっ。本から魔法陣が出てるよ)」


 ありったけの高い声できゃんきゃん吠えて必死に呼びかけるが、まるで強力な睡眠魔法にかけられているかの如く、ブルーベルは目を覚まさない。


「おいで、聖なる犬よ。額の紋章が、お前を我らの元へと誘うだろう。迷い犬は飼い主の元へ。さあ、おいで」


 本から聞こえてくる声は、どんどんはっきりして来て。まるで、直ぐ目の前まで呼び声の集団が差し迫っているようだ。


 一向に目覚める様子のないブルーベル、仕方なくなんとか自力で本を閉じるべく、小さな身体で机によじ登ろうとするが……時すでに遅し。


「捕まえた、さあ。行こう、ご主人様の元へ」

「きゃうんっ(な、なんだ。身体が動かない)」


 どうやら、トラップが掛けられていたらしく、身動きが取れなくなってしまう。さらに、天井の魔法陣は輝きを増し、転移魔法を発動し始める。

 青い稲光がオレの周囲で発生し、光の粒が一斉に取り巻いていく。これは、この粒1つ1つが魔力の塊だ。


「きゃううううんっ」


 抵抗虚しく、次第に意識が朦朧として気を失う。部屋中渦巻く魔力に飲み込まれるかのように、彼方へと吸い込まれていくのであった。



 * * *



 身体中に取り巻く魔力の粒は、オレを知らない場所へとワープさせた。気がつくと、紫色のカーペットの上で横になっていて、オレの周りを黒ローブ姿の魔術師たちが取り囲んでいる。


「おいっ。呼び声に応じて犬が召喚されたぞっ。儀式は、成功したのかっ」

「ブーケ姫の愛犬パピリンを探し出す儀式のはずだが、見たところ別の犬のようだな」


 どうやらこの魔導師達が、オレを此処へと呼び出した張本人らしい。だが、向こうからするとオレではない別の犬を呼んだつもりだったらしく、混乱しているようだった。


「もうすぐ新月、おそらくここ数日は他所の部屋でも何かしらの召喚儀式を行っているだろう。他の儀式の呼び声と我らの声が混ざり、別の場所へとアクセスしてしまったのか」

「ふぅむ。まだ子犬なのだろうが、それにしてみ随分と小さな犬だ。まさか、聖なる獣テチチの仲間?」


 次第に、魔力の粒から解放されて動けるところまで意識がはっきりとしてきた。震える脚を何とか立たせて、頭をフルルっとさせると何故か「おぉ〜!」という感嘆の声があがる。


「動いたぞ、ちゃんと生きているじゃないか。姫様の犬ではないにしろ、聖なる獣にこれだけ姿形が近い犬も珍しい。もしかすると、吉兆かもしれぬ。取り敢えず、誰か犬に慣れている者を探して保護を……」


 彼らは見かけによらず犬信仰が篤いらしく、聖なる獣と似た姿のオレを見て『吉兆』と判断した様子。まぁ、突然召喚されて酷い扱いを受けるよりも、ある程度丁重に扱われた方が良いだろう。

 黒フード集団のうち何人かが、犬に詳しい人物を検討していると、タイミングよく扉がノックされた。


「ちょっと、よろしいかしら? 実は儀式のことなんだけど、迷子になっていたうちの犬は、庭師が保護してくれたみたいで。さっき、フクロウで手紙が……」


 透き通る美しい声は、どこかで聞き覚えのある優しいトーンのものだ。声の主は黒フード集団にとって重要人物のようで、慌てて黒フードの向きを直すなど身を整えてから声の主を迎え入れるために扉を開ける。



 カツンコツンとヒールを鳴らして、美しい女性がオレのそばに近づいてくる。年の頃は、おそらく18歳くらいでラベンダーピンクのワンピースがよく似合う。髪は長く銀色で、軽くウェーブをがかっており、パールのヘアバンドが上品だ。


「すみません、もう大丈夫ですので。ブーケ姫様、どうぞお入りください」

「あら……この子犬は? なんて可愛いらしいのかしら」


 二百五十前の姫君の名前にまさか、とは思うが。そのまさか……のようである。目の前には伝説とされていたはずのブーケ姫がいて、召喚されてきたオレの小さな身体をスゥッと持ち上げてその胸に抱き上げたのである。


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