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15話 そして扉が開かれる


 チワワのオレにとって今日のお茶会は、ちょっぴりハードだった。みんなが仲良くお茶を楽しんでいる様子を眺めているだけならいいのだが、とにかくオレをモフりたがる。

 特に、チワワの中でもロングコートという毛並みの良さがウリであるオレを、一度でもいいからモフりたいという人は多い。


 自分の家で子犬を飼っている人ですら、それとこれとは別と言わんばかりに思う存分モフってくる。


 オレにだって意思というものがあるのだから、少しは尊重してほしいものだ。チワワという生き物は、少しデリケートな性質で、誰彼構わず心を開くわけではない。ご主人様やいつもエサをくれる人に対してのみ友好的で、それ以外の人の前では何となく人見知りだ。


 中でも積極的な少女は、魔族令嬢のローゼリアである。オレとて、12歳にして既に『美貌の令嬢』と呼んでも良いローゼリアのことを嫌っているわけではない。むしろ、人間時代のオレだったらあんな綺麗な子に好かれたら、気分が良かっただろう。


 だけど、今のオレのナンバーワンは、ぶっちぎりで飼い主のブルーベルなのだ。普段あどけなくて可愛らしい少女のブルーベルは、時折哀しそうな表情で夜空を眺めている。


 母親のいないブルーベルは、どんなに周囲の人が優しくてもきっと寂しいはずだ。いつか、彼女の母であるマリーローズ王妃の霊魂と約束したように、ブルーベルを寂しさから守ってあげなくては!


「ハチ、今日もみんなにモテモテだったね。特にローゼリアなんか、凄くハチに夢中で。その可愛いハチを独占できちゃうんだから、私って贅沢だねっ。おいでっ」

「くうーん」


 晩御飯が終わりお風呂から上がり、自室のベッドに座るブルーベルに呼ばれて膝の上に座る。大好きなご主人様とのんびりと過ごす夜は、実は久し振り。ここのところ、ブルーベルは進路の関係で忙しそうだったから。


「ふふっ。ハチが膝の上に座るといつも温かくて、なんだか安心しちゃうの。ハチは、私の膝の上に座るの好き?」

「きゃうん(もちろん)」


 犬と人間は、明確には会話をすることが出来ないけれど、気持ちを伝えるために甘えた声で返事をする。ブルーベルにも気持ちが通じたのか、オレの頭や身体を優しく撫でてリラックスさせてくれた。


 机の上には、ローゼリアから貰ったテチチ伝説の本がペンやノートとともに置いてある。もしかすると、感想や気になるところをメモしながら読む気なのかも知れない。


 オレが例の本を意識しているのが伝わったのか、ブルーベルが寝る前の予定のついて語り始めた。


「ローゼリアがくれた本、せっかくだから今日から少しずつ読もうと思うの。以前は手に入らなかった貴重な本だし、チワワのご先祖様テチチ族について詳しくなりたいから。現代の我が魔王城の基礎を作り上げたブーケ姫も登場するらしいし」

「きゃんきゅーん(ブルーベル、偉いね)」


 夜のまったりタイムもほどほどに、オレは隣の部屋の犬用ケージに戻り、ブルーベルは就寝前の読書を楽しんだ。



 * * *



 みんなが寝静まった夜遅く、不思議な力でオレのケージがカタンっと音を立てて開く。


「きゃきゃんっ(何だろう?)」


 不思議に思い、そっとケージから出てみるとブルーベルの部屋から青い光が溢れ出してくる。光の溢れる元は、例の本『伝説の神の使いテチチの紋章』だ。机に置かれた本が勝手にパラパラと捲られていて、天井には魔法陣がくっきりと浮き出ている。


 そして、物語のあらすじが映像になってクルクルと廻り始める。まるで、実際に起きた出来事を投映しているかのように。



 ――かつて大戦で大きく傷ついた魔王城を復興させたという18歳の美しき姫君、ブーケ。自然を愛する彼女は、傷ついていく花々や動物達に心を痛めていた。


 深く傷ついた森は、闇のチカラを蓄えて人も魔族も動物達も……すべてを飲み込もうとしていた。

 本当の意味で魔界を救うことが出来るのは、光の魔法を賜った聖なる獣だけ。だが、聖なる獣の奇跡は勇者軍にのみ舞い降りた。


「嗚呼、神様。どうして、私達の元へは聖なる獣の加護を下さらなかったのですか? 伝説を信じきっている預言者達は、我々魔王軍や魔族そのものを神に見捨てられた種族と蔑みます。穢れた森では、野菜も植物も育つことは出来ません。このままでは、餓えるものも出てくるでしょう」

「姫様、儀式を行いましょう。いなくなったあなた様の愛犬を、ここに召喚するのです。そうすればきっと、犬のお導きで聖なる獣に巡り会えます」


「では、儀式は……星々が一直線に並ぶその時に」


 黒いフードを目深にかぶった魔導師達が、魔法陣を描いて祈りを捧げながら何かの召喚儀式を始めた。これ以上は、この映像を見るべきではないと、動物の勘がオレの魂に警鐘を鳴らす。


「おいで、おいで聖なる獣。可愛い犬よ、聖なる獣を連れてきてごらん」

「おいで、おいで。可愛い犬よ、我らの元へ」


 まるで、オレに直接語りかけるような迫力に動揺してしまい、部屋の中をグルグルと回転してしまう。


「きゃ、きゃんっきゃんっ(これは一体、ブルーベル起きて!)」


 オレが飼い主ブルーベルを起こそうとしたのも束の間、未知の呼び声がオレの魂そのものを奪おうとしてくる。過去と現在、二つの時間軸を阻む時空が歪んで消えた。


 ――星の導きのままに、本が記憶する世界への扉が開かれたのだ。


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