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14話 伝記からの呼び声


 ――ロングコートチワワのハチは、伝説の聖なる獣の血を引いているかも知れない。


 そんな驚くような情報を手に入れたのは、魔王城で定期的に開かれるお茶会でのひとコマだった。正確には、ブルーベルのお茶会仲間である魔族令嬢ローゼリアからの口コミである。


 ある穏やかな午後の昼下がり、ブルーベル姫の友人であるご令嬢達が、黒塗りの高級車に乗り魔王城にやってきた。


(あれっ。黒塗りの車が何台か駐車場にとまってる。もしかして今日は、お茶会の日だったんだ。ということは、またあの子が来るのか)


「ハチ、今日のお客様はローゼリアとレイチェル、マチルダ、ソフィーの4人よ。もう、みんなとは仲良くなっているし大丈夫だよね」

「きゃ、きゃーん(た、多分。大丈夫かな)」


 実は、チワワのオレもお茶会には、度々参加している。

 参加といっても、ペットとしてテラスでまったりお茶会の様子を見守っているだけなのだが、好奇心旺盛な彼女達はオレを放っておいてはくれない。食事が落ち着いた頃、お嬢様方にモフモフされるのが定番だ。


 中でも熱狂的なオレの信者と化しているのが、魔族財閥最大グループのご令嬢であるローゼリア。オレの飼い主ブルーベルより1歳年上の彼女は、まだ12歳にもかかわらず発育が非常によろしい。

 ピンク色の巻き髪と碧眼が印象的な彼女は、胸が年齢の割に大きくウエストはちょうどよくくびれていて、お尻の形も程よい『ボン、キュッ、ボン』の美人さんである。


 転生前の人間時代のオレだったら、将来有望な美人に好かれて満更でもなかっただろう。だが、今のオレは身も心もすっかり小型犬のチワワである。なので、巨乳にグイグイと抱きしめられて、モッフモフとモフられるのはちょっとだけ迷惑だった。


「ああんっ。ハチ、ハチッ! どうしてあなたは、こんなにキュートなチワワなのっ? 今日もスーパーウルトラ、ミラクル可愛いですわっ」

「くいーんくぅーん(ローゼリア、放して)」


 助けを求める鳴き声が通じたのか、このお茶会メンバーの中では穏健派のソフィーが巨乳美人の魔の手からオレを救い出してくれた。


「ちょっと、ローゼリア。ハチが、嫌がってるような気がするんだけど。ほら、私が介抱してあげるからね。回復魔法かけておこうか?」

「きゃいんきゃいん(あ、ありがとうソフィー)」


 黒髪清楚系令嬢のソフィーに優しく回復魔法をかけてもらい、なんとか落ち着きを取り戻す。

 チワワに限らずある程度の時期になると子犬には、社会性を養うためにいろいろな人と接触させるのが良いとされている。オレがどんなに拒否しようと、しつけ係やメイド達が率先して客人とオレを触れ合わせるだろう。


「それにしても。みんなにモフられているのを見ると、とてもじゃないけれど超強力な魔法を操るSランク使い魔には見えないね。普通の可愛いチワワみたい」

「うちもトイプードルを飼っているけど、子犬の時はそんな感じだったわよ。案外、何ランクの使い魔であっても、小さな頃は他と大差ないのかも」


 やりとりを見守っていた金髪クール系レイチェルと青髪穏やか系マチルダが、のほほんと感想を述べる。静かなチワワライフを送りたいオレにとっては、あまり期待されていない方が気が楽だ。制御装置で魔力を抑えてからは、ほぼ普通のチワワだ。

 最初こそSランク認定の使い魔ということで騒がれていたが、魔法を使ったその場で倒れこんだせいか、期待度は減った気がする。ただ1人、ローゼリアを省いては。


「ふっ。能あるチワワは、爪を隠すのですわ! ハチは……ハチこそがっ! 伝説の聖なる獣の子孫に違いないと、わたくし信じております。遥か古代に神の使いと謳われた聖なる獣は、チワワのご先祖テチチだったとか。しかも、今日はその手掛かりを持って来ましたの」


 オレの熱狂的信者であるローゼリアは、チワワのオレをSランクどころか『神の使い』と信じ切っているようで、今日も新たな俗説を入手していた。


「え、えーと。うちのハチは、ペットショップで見つけた普通のチワワだと思うけど。手掛かりって?」

 若干引き気味に、飼い主のブルーベルがオレの聖なる獣説について根拠を聞く。手掛かりとは一体何を見つけたのだろう。


「うふふ。この本ですわっ! 一時期は廃刊まで追い込まれた古書をリメイクした話題の新刊『伝説の神の使いテチチの紋章』ですのよ。この物語は実際の言い伝えを元に作られているのです。行きに本屋で購入してきました新品本、ブルーベル姫に差し上げますわねっ」

「この本って、ローゼリアの財閥が最近リメイク出版したんだっけ? せっかくだし、読ませてもらうね。ありがとう」


 ローゼリアは書店でこの見つけたのではなくて、自分の財閥が発行した本が並んでいるか確認してから購入しただけなのでは? けれど、レアな本を財閥パワーで復活させたのだから、彼女の情熱は本物なのだろう。


「喜んでいただけたようで、何よりですわっ。テチチの活躍はもちろん、伝説のブーケ姫や姫の恋人と噂される円卓のナイト、カラクリ兵など内容盛りだくさん! 皆さんの分も用意しましたのよっ。ご一緒に、チワワ愛を深めましょう!」

「うふふっ。じゃあ次のお茶会は、この本の感想会をやろうか?」

「まぁ素敵ねっ。そうしましょう」


 ブルーベルの提案で次回のお茶会は、この本の感想会をメインに行われることに決定した。当然のように、次もお茶会がある設定だが、いずれ進学などをすると学校の場所によっては会えなくなる子も出て来るだろう。


 おそらく、今のこの時間は、ブルーベル達にとって貴重なものだ。世間話もほどほどに、夕刻が迫る前に今日のお茶会はお開きとなった。


 貰った本がブルーベルの自室の机の上に、ちょこんと置かれる。


「やっと君のところへ辿り着いたよ、ハチ。さあ、君の運命の旅がもうすぐ始まる」


 どこからともなく聞こえてきたその声は、夕闇の彼方にかき消されていった。


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