13話 心にかけられる枷
オレのチワワボディに秘められた膨大な魔力は、生後6ヶ月の子犬には巨大すぎて負担を与えてしまう。だが、どうやらアイテムを使用すれば負担を軽減して、魔法の習得を目指すことが出来るそうだ。
その特別なアイテムは、通販か催事場で手に入るらしい。噂をすれば影がさすとはよく言ったもので、タイミングよく救急コーナーの扉を叩く音が聞こえる。
「はい、どうぞ!」
「失礼します。認定試験の調査を行っております『使い魔調査委員会通販支部』の者ですが。おおっ! もしかすると、このチワワが例のS級数値を叩き出したハチ君かな? いやぁ可愛いですなぁ。おーよしよし、怖くないでちゅよ〜」
何かの箱を抱えながら、そそくさと入室してきた黒ローブのいかにも魔法使い風のおじいさん。予想よりも、キラキラした目でオレのことを見ている。こんないかにも小動物マニアっぽい人が、調査委員だとは。
だが、通販支部という名称から察するに調査だけでなく何かの販売を行っているのだろうか。気のせいかも知れないが、目がハートマークになっている気がする。可愛い小動物に関心の高い人しか、調査の仕事につかないのかも。
「えっそうですけど。あの、調査が終わったんですか。それに通販支部って一体」
思わず真顔で、大人のような口調になってしまうブルーベル。調査委員会の人が、想定外にオレに萌えている様子に引いているのだろう。
ブルーベルはお城の外の人とあまり接触しないから知らないのかも知れないが、チワワ愛に年齢も性別も関係ないのだ。こういう人を、前世の地球でもたまに見かけた記憶がある。
「それにしても、無事でよかった。我が調査委委員会は可愛い使い魔ちゃん達を魔力の暴走から守るために、調査と商品の開発にかけているところなんです」
「へぇ。調査委員会みずから、商品開発しているんですね」
「はいっ! 常日頃、グッズの開発や向上に取り組んでおります。そこでっ。ハチ君に当委員会からオススメしたい商品がありまして。おそらく、ハチ君が倒れたのは肉体レベルと内包する魔力がチグハグなのが原因かと。それでですね、この魔力制御効果のある首輪を是非!」
訪問販売か何かのセールスマンのように、グイグイと自分達の調査委員会オススメ商品を押し付けてくる。
「魔力制御効果? 獣医さんがおっしゃっていた例のアイテムですよね。えっと、その首輪をつければハチの魔力が暴走しないってことですか」
「まぁ分かりやすく言えば、そういうことになりますな。Sランク使い魔は、数年に一度出るか出ないかのレアな使い魔でしてね。強いのは良いんですが、ごく稀に肉体負担に耐えられなくて病気になってしまう子がいるんですよ。それを防ぐために開発されたのは、この首輪です」
優秀な首輪だということは分かるが、肝心の値段が分からない。ブルーベルは魔王の娘というお金持ちポジションだから、庶民よりかは贅沢している気がする。だが、彼女本人のお小遣いは意外と少ないのだ。むやみに現金を持たせて、家出などをされると困るという配慮なのだろう。
「獣医さん。これをつけて、ハチの具合は良くなりますか」
「ええ、確かにデータではここの調査会が販売している首輪で魔力が抑えられるとあります。ちょっと失礼……ふぅむ、多分大丈夫でしょう。ただ、数日間は安静に過ごして下さいね」
よりによって、獣医さんのお墨付きをもらってしまった。この場で押しかけ販売をすれば、獣医さんが首輪を調べることを想定済みなのか。
「その首輪さえあれば、ハチは助かるんだ。でも、お高いんでしょう? ごめんなさい、私……魔王の娘だけど意外とお小遣いとかは普通レベルなの」
まるで通販サイトか何かのような会話が展開されている。この「でもお高いんでしょう?」というセリフは、異世界でも共通の決め台詞なのだろうか。救護コーナーの外で、お付きのメイドさんが待っているから、現金が足りなければメイドさんに言えば良いのだけど。
「ふふふ。本来ならばそれなりなんですが、今回はSランク使い魔認定割りでなんとっ。3000ジュエルの商品が2500ジュエルっ! しかも、オマケとして、色違いの首輪がもうひとつ。さらに、小型犬用のお菓子もおまけでつけちゃいますっ」
ちなみに、通貨の大まかな基準としては1000ジュエルで日本円の千円くらいだ。まぁ割り引かれているとしても、妥当な価格と言えるだろう。
「割引で2500ジュエル? 定価の3000ジュエルでも、だいたい10連ガチャ1回分ね。今月の魔法使いガチャのためにとっておいたジュエルがあるから。支払いは現金でいいの?」
「ええ、素早く現金支払いですねっ。では早速ハチ君に首輪をつけちゃいましょう! 装備の仕方は私がレクチャーしますから、飼い主さんがやってあげて下さい」
2つあるうちの首輪から、オスの犬らしくシックな黒色の首輪を選んでオレに装着するブルーベル。魔力制御装置の役割を果たす金色の天然石が、キラリと光る。
完全に装着した瞬間、まるで鍵が閉まるかのように『ガチャンッ』という音が鳴った気がしてビクリと身体が震えた。
「これで、よし! 首輪そのものは子犬が着けやすいように柔らかいけど、鍵の音は結構本格的だね。しばらくは、この制御装置で様子をみよう。良かったね、ハチ」
「くうぅーん」
これまでも首輪を身につけていたが、この制御装置は何かが違う。伸び縮みして成犬になるまで装着可能だというから、一生もののアイテムになるかも知れない。
けれど安心感なんてまるでなくて、オレの転生した魂そのものを縛り付けるような感覚が襲う。
――小さな身体に内在する巨大な魔力は、チワワには強すぎて。それは、首輪とともにオレにかけられた枷のようだった。