10話 アンバランスな魔力
大したことないと思われていたオレの魔力数値は、まさかの88万8000ポイント! だが、最高記録だというその数値に、オレの飼い主ブルーベルは驚きを隠せずに唖然としている。
「何かに間違いだよね、だってハチは普通のチワワなのに。どうして……まさか、この手渡された呪文に秘密があるっていうの?」
ブルーベルは、震える手で羊皮紙の呪文をじっと見つめて、何度も検討し直す。
「くぃーん」
不安げなブルーベルのことが心配で、オレも頼りない声で縋るように彼女の顔を見る。
「ハチ。そうだよね、私が不安がっていたら、ハチも不安になっちゃう。しっかりしないと。ええと、そうだっ。あの砕いた岩のお片づけをする魔法をかけるから。風の精霊よ、舞い散る岩のカケラを綺麗に並べたまえっ」
試験会場を強すぎる魔法で乱してしまったことを気にしているのか、後片付けを懸命に行う。ブルーベルの風魔法だけでは、片付け作業が間に合わず小さなカラクリは達が応援に現れた。
「岩の片付けは、我々に任せて下さい」
「我々カラクリ兵は魔法と乾電池で動くため、誰よりもアクティブです」
「お片づけっ! お片づけ!」
以前庭園にもモニュメントとして飾られていたカラクリ兵の最新バージョンが、せっせと砕けた岩を片付け始めた。この間見たカラクリ兵達は、二百五十年前のものだから動かなかったが。
今回のカラクリ兵は、キビキビとした動きで、岩や砂を運び出して効率よく働いている。伝承によると、穢れた土壌を整えたり造園作業も出来るらしいから、こういう作業も得意なのだろう。
片付け作業が行われている間も、試験会場内ではオレの叩き出したミラクルな数値の話題で持ちきりだった。
「ねぇ、さっきの魔法を発動させた使い魔が、あのチワワって本当なの?」
「スッゲェ! まさか、チワワが使い魔数値の記録を更新するなんて。一大ニュースだぞっ」
一大ニュースなのか? 潜在能力測定の試験時に、まさかの未知数スキルを発動してしまったオレをすべての人が見ている気がする。
「……ハチ、びっくりしちゃったね。まさか、こんなに凄い技が使えるなんて。さっきは思わず動揺して呪文を何度も見直しちゃったけど。あれっハチッ?」
いつもだったら、キャンとかクーンとか鳴いてブルーベルに返事をするのだが、あいにく声が出ない。気のせいだろうか、唐突に眠気が身体全体を襲い始める。自分の細い犬脚を見るとふるふるカクカク震えていた。
いや、犬脚だけではない。肩や尻尾、頭など体毛に覆われた全身が震えと眠気でいっぱいだ。
「ハチ、大丈夫なの。何か、様子が……」
本来ならば、数値を割り出す試験が終わったらスムーズに次の使い魔にバトンタッチするために退場しなくてはいけない。あまりにも威力が強かっため、砕いた岩を回収する作業で時間がかかってしまったが。
「回収作業、無事に終わりました! 受験者のブルーベルとハチは試験修了者席に移動してください」
「撤収、撤収。カラクリ兵も撤収っ」
数体いたカラクリ兵達も一足早く、撤収してしまった。早く、オレ達も移動しなくてはいけない。分かってはいるのだが、身体がいうことをきかないのだ。
頑張って、何度も身体を起こして、ブルーベルとともに移動しようとするが。震えるオレのチワワ脚は、前に進もうとしない。
身体は既に言うことを聞かず、ペタンッと地面に伏せのポーズで倒れ込んでしまう。
「きゃああっ! ハチ、お願いっ。しっかりして」
「こっこれはいかん! あのチワワ、魔力の使い過ぎでMP切れを起こしているぞっ」
「早く、救護コーナーに運んでお医者様に診てもらわないと」
「みなさーん、道を開けてください。緊急で認定試験は一旦中断です。他の使い魔君達も、休憩時間にします」
異変に気付いた試験官の1人が駆けつけて、オレをペットキャリーに入れて救護コーナーへと運ぶために作業を始めた。
「ハチ、ハチ! どうしよう、ハチが、ハチが……」
鈴を転がしたようなブルーベルの可愛らしい声が、次第に涙声になっていく。ダメだ、ブルーベルを哀しませるようなことはしたくないのに。オレが動けなくなったら、あの子は責任を感じてしまう。
毎日、オレのために柔らかく食べやすいエサを準備してくれていた彼女。優しく頭を撫でて、ブラッシングも丁寧にしてくれる。いつも可愛がってくれているのに、その気持ちに報いることが出来ないなんて。
(動けっ。オレの身体、動けっ!)
チワワのオレだが気持ちだけは、大型犬並みなのだ。だから、こんなところで倒れるわけのはいかないのに。どんなに身体が小さくても、所詮小型犬と言われても、オレは彼女にとって大切な相棒なんだ。
(ダメだ、ごめんブルーベル。意識が……)
「やだっ! あのチワワ、動かなくなっちゃったわよ。この試験の呪文詠唱、本当に唱えて大丈夫なのかしら」
「みゃーん、みゃみゃーん(チワワさん、倒れちゃったのにゃん。アタシ、この試験受けたくないのにゃ)」
最初のうちは、驚きと感心で騒いでいた他の受験者達からも、使い魔からも心配する声があがっている。
「えっあのチワワ、倒れちゃったのか。やっぱりチワワの身体で難しい呪文なんか唱えさせたから」
「ちょっとぉ。本当にこの試験、続けて大丈夫なわけ? ウチのミルクちゃんが怖がり始めているんだけど」
「今、呪文の内容に不備があったか確認しておりますので、しばらくお待ち下さい」
微かに揺れるペットキャリーの中で、次第に意識が遠ざかる。微睡む夢の中では、転生した時にお会いした犬の神様がお告げを託すためにオレを待っていた。