カイザー・チーフ
「テルハ……?お仲間が助けに来たってことか?」
「チト違いますね。それじゃあ、今から仲間ってことで」
伸ばしたもみあげと、後ろで結った髪が特徴的な身長170丁度ほどの男。フランス人とは少し異なる顔立ちと、大きく鋭利な眼差しに不思議と引き込まれ、黒いシャツに灰色のベスト、胸に付いた木の葉のブローチが絶妙にマッチしている。
砲塔人間を内部で爆発させた能力が、絶体絶命だったリルの希望となった。
「そういうのは見逃せないっスね。女の子を多数で痛めつけるのはナンセンスなんじゃあないですか」
テルハという男は、全く恐がる様子も無くユニスを睨みながら歩み寄ってくる。
「そのツラじゃあただの一般人だな。見られちゃあ仕方がない、撃て!」
ユニスによって再び一発の砲弾が、テルハに向かって撃ち放たれる。
「もう少し待ってろよ。手術は俺の十八番だからよォ!」
テルハは地面に爪を立てたまま引きずり、その腕を振り上げる。すると床材が液体として空中に弧を描いて飛び散った。
ドロドロとした液体はさっきまで踏んでいた硬い地面とは思えず、飛び散ったそれは砲弾を受ける前に次の変化に移る。
「「溶かして」「固める」!」
飛び散った液体は、一瞬にして凝固を終えた。
盾のようにテルハの体を覆い隠す鼠色の分厚い物体。それは床材を溶かした後、固めることで金属加工のように形を変えたテルハの特異能力によるもの。砲塔人間を内部爆発させた理由も大体分かった。
その盾は砲弾を受け止め、爆破によって崩れ落ちた。煙を抜け、テルハは無傷で再び近づいてくる。
「融解と凝固……厄介な能力だが、この俺の『カイザー・チーフ』なら策を労する必要は無い。全隊ッ!撃てェッ!!」
ハンドサインを翳し、砲撃は始まる。
先程と同じ盾をテルハが創れば一発二発如きの砲弾は防御できる。一発、二発ならば。
「オイあんた!後ろだ!人間以外にも、砲塔があるぞ!」
リルの忠告も時遅く、光と共に砲撃音は響く。
今までは気にも留めていなかったが、目を凝らしてみるとコンテナや段ボールからも、砲塔が生えていた。いつやったのかは知らないが、さっきのような盾で防げる量ではない。
全方位からの砲弾が、テルハに着弾した。無数の爆発音と衝撃波が埃を巻き上がらせ、黒煙が立ち上る。
希望はその一瞬で打ち砕かれ、ユニスの目線はリルに向かう。
「黙っていろ!オメーも撃滅対象だということを忘れてんじゃあねぇッ!」
倉庫内全てのコンテナと段ボールに砲塔が付いているということに気づいても、それを避けることは不可能だった。自分は後回しにされて逃げる時間はある、などという思考が命取りであった。
「!」
既に横から接近していた砲弾に気づいた時にはもう遅く、ギターケースの落下音と爆発音が同時に鳴り響く。
しかし、いつまで経っても新たな痛みが走ることは無かった。
「これは……あいつの能力の……!」
怯える目をゆっくりと開くと、そこには生きている感覚があった。着弾地点はリルの体ではなく、あの床材で形成された盾だった。見覚えのある盾が気づかぬ内に作られていたのだ。
「!……まだ生きてやがるとは……!」
するとユニスの足を何かが掴んだ。地面が泥のように変化しており、そこから一本の腕が生えていた。
「チトばっちいがよォ、モグラみてーに穴を掘るのは得意だぜ。このままオメーの足を溶かしてやろうか」
徐々に体を現し、死んだかと思われた男が現れる。
リルの希望は輝きを取り戻し、思わず喜んでしまった。テルハはユニスの足を掴んでいる、この状況でテルハに砲撃すればユニスも巻き込まれる。
テルハの正義感溢れる性格が癪に障ったのか、ユニスは眉間にシワを寄せる。スーツの内側に手が伸ばされ、黒く煌めく物体は慣れた手つきでテルハへと向けられた。
「……ここは俺の管轄だ。ここを徹底的に守り抜くのも、俺の仕事だ。お前が俺の足を溶かすほうが速いか、俺がお前の脳天ぶち抜くほうが速いか……やってやろうじゃあないか」
西部劇のガンマンの同じ早撃ち対決。どちらが速いかは明確だった。
ユニスが銃の引き金を握る指に力を込めたその瞬間、体が不意にバランスを崩す。力が緩み、倒れかけた体を支えるために左手を付くと、その手も沈んでいくことに気がついた。
「何ッ!」
竜胆色の髪も視界から既に霧消し、ユニスの体は底無しの沼にハマっていた。水面を素の力で歩くことができないように、沈下を止めることは出来ない。
テルハは床を溶かして中を進むことが得意なようだが、ユニスは勿論やったことすらない。
理解をする間に下半身は見えなくなり、それと同時に目の前に立つテルハの体が視線を独り占めにする。
「あんたを生き埋めることに決めた!マフィアならよォ、そのくらいの覚悟は出来てるはずだぜッ!」
沈みゆく自身の体などどうでもよく、ユニスはその悠然たるテルハの自信を嘲笑する。
「……補足すると……俺の体以外になら、砲塔を取り付けることが可能だ。脳に取り付けないと砲塔人間にすることは出来ないがな。無論、砲口の可動域に限界は無い…」
その勝ち誇ったような言動が戦慄を呼び寄せる。テルハは肩に異物感と重量感を感じ、顔を横に向けた。
ミニチュアサイズの細い筒は頭を睨んで離さない。いつの間にか、テルハの肩に砲塔が取り付けられていた。
「!」
テルハが咄嗟に手で融解をしつつ払い除けると、溶けたアイスクリームのようにいとも簡単に床に落下した。
「危ねェッ!……危機一髪だったぜ」
テルハの能力を持ってすれば創造する能力を無に返すことなど造作もない事。床に潜ることを考慮しているのか、ユニスはコンテナや段ボールからの砲撃を始めない。
恐怖を覚えた分、呆気なく散った砲塔を右足で踏み潰し、視線を戻す。そこにはやはり、遠方の床から伸ばした大きな砲塔の上に乗るユニスがいた。
「フン……まさに灯台下暗しだな。砲塔は左足、右腕、頬にもあることを宣告しよう。……地雷を踏んだ兵士…と、言ったところかな。まあ元々は、踏まなくていい裸の地雷を踏んだのは貴様の方だ!」
体に取り付けられているため迂闊に融かせず、三つもの砲塔の融解が間に合わない。やがて、奥の闇から火が顔を出し始める。
いくら床に沈み込んでも、体に密着している砲塔から免れることは出来ない。更にそこにダメ押しとして周囲からの砲撃が加わることで、回避不可能の『カイザー・チーフ』が完成する。
「全隊ッ!奴に砲火を浴びせろォッ!!」