第三話 薄汚れた手日記
ルーノは普段、教会でお手伝いをしているということなので、私もぜひ手伝いをしたいと申し出たのだが、私が男物の服を着ていることや服のサイズがちゃんとあっていないこと、それから教会に突然行っても事情を何も知らない神父様が困ってしまう、と言われてしまったため
「すぐに帰ってくるから」
と言って仕事に行ったルーノを寂しいながらも見送り、私は家で留守番をすることになった。
留守番をしている間、私は読書をしたり、掃除をしたり、お皿洗いなど、できることはしておこうと決めていた。だが、あまりにもこの家の勝手がわからないため頭を悩ませていた。
しかし、結局のところほとんどの家事は朝早く起きていたルーノがやっていてくれていたため、私が手伝えることなんてほとんどなく、午前中の間に暇になってしまった私。読書の続行をするか悩んだが、この家の中の探検をすることにした。
ある国の童話の一つ「青髭」では、禁じられた部屋に入るなと言われたくせに鍵を開けて入ってしまったが故に殺された人がいたとか、そういうものもあるが。
ルーノからは特に禁じられた部屋があったり、絶対に開けるなよ!?ーそれを言われると逆に開けたくなるのが人間だがーというように頑丈に閉じている部屋の鍵を預かったりしたわけでもなく、好きに過ごしていいと本人が言ったのだから私は好きにさせてもらうことにした。
現在、私の部屋になっている場所は、リビングから東側にある少し狭い廊下の右側。ダブルベッドよりは小さいが、シングルベッドよりは少し大きい寝台と、大きめの衣装棚――今は最初に私が着ていたパジャマとルーノから借りた数着しかないため、宝の持ち腐れとなっているが――と漆黒の木でできた椅子が一つ。それから、私の体より一回り大きい本棚が一つ。
それらが入っても広さを感じる部屋なのだから、この家かなりでかいかもしれない。…いや、私の元の世界の家が小さかった…と言われればそれまでかもしれないが…。
私の部屋から廊下に出て真正面の扉がルーノの部屋―つまりリビングから見て右側が私の部屋、左側が彼の部屋―だ。ここは…その、たぶん入ってはいけない気がするから別の機会に入れることを祈ろう。後悔しそうなことは挑戦しない主義なのです。
廊下の一番奥は書庫だと仕事に行く前、彼から聞いていた。昨日、本を取り出してきたのもこの書庫からだったので、本当のことだろう。
(ドキドキしてきたかも…これぞ冒険!)
そーっと、扉が鳴らないようにゆっくり開けてみたものの、ギィと小さく鈍い音を立てて開いた扉。この扉錆びてるよ…なんて思いつつ、扉から視線を外して部屋の中を見れば、本!本!本だ!!!!
横に広い壁にずらりと本棚が並んでおり、その中にびっしりと本が詰まっている。
整頓されているところもあれば乱雑に置かれている本もあるが、どれも何度か読んでいる様子で背表紙が少し傷んでいる。昨日の様子と本の様子から見て、ルーノはかなりの愛読家なのだろう。それにしても膨大な量だ。ちょっとした図書室じゃないか!
とにかく本を見て回ろうと一番左側の本棚を見れば見事に緑で統一された本が山ほどある。
「え!待って、これ、緑の魔導師の本!?」
そう、私が先日読んでいた「日常生活に使える魔法」の著者、緑の魔導師、その人が書いた本がずらりと並んでいた。そういえば、あの本も表紙は緑だったなーなんて思い出す。
本当にルーノは彼の本が好きなんだな…っていうか、こんなに本ばっかだしてる人初めて見たよ…なんて思いつつ、タイトルを読み上げて行く。
「「魔導研究記録」「記憶は宝」「魔女狩り」「女神の名は」…うーん、どれも気になる題名ばっか!」
だが、私が今読んでいる本に比べるとどれも分厚く、内容が真面目で面白さのかけらもない難しい書物だということも伺える。近くに脚立もあったが、上から順に見るわけでなく、とりあえず目の前にある本を手に取りパラパラと捲ってみる。
…「日常生活に使える魔法」は、図や手順をイラストにされたものが読みやすいよう丁寧に配置されており、表紙にも可愛いイラストが描いてあったため、もっと奥様向け!もしくは成人近い子供達向け!のように雑誌に近い形で魔法を教えている本だったし、とても読みやすかったのでそういうものばかり書いている人なのだとばかり思っていたが、これを見る限り、普段の仕事―どうやら緑の魔導師さんの普段の仕事は魔法について研究している様子―と作家活動は真剣そのもの、まさに研究者が書いているようなもので、凡人の私が理解するには難しい世界に生きる人なのだと知った。
…パラパラと捲るだけで、ちゃんと読んでいないから、もしかすると内容をしっかり読むことによってしっかり理解ができたり、実は笑いの要素があったりするのかもしれないが…今のところ、魔法に関しては異世界から来た私が魔力を持っているとも思わないし、まだまだ堅苦しい本を読むのには慣れていない。そのため、今回は本棚に戻させてもらおう。
私は本を戻して、もう1度、彼の本を全て―この部屋にある物が全てとは限らないが―見る限り、色は違えど、ペンネームに負けないほど、緑で表紙の色を揃えたり、本の大きさがすべて同じ物だったり、本の中身が手書き―実際のところ、私達の世界と違いプリントする機械、もしくは魔法がないから手書きにならざるおえないのかもしれない―の文字すら丁寧で美しいため読みやすく、きっと彼は几帳面な人…もしくは美意識が高いのであろう。
ルーノはきっとそういう彼の真面目なところが気に入っているのだろうし、こういう真面目な本が大好きなのかもしれない。実際のところ、彼の本を熟知すれば結構頭がいいのではと思わせるような題名が多い。
なんて我ながら勝手に探偵のように推理していくと、次は隣の本棚を見た。一番上の列に分厚さはないため場所は取っていないが、それなりにシリーズとして並べられている紫の本を見つける。今度は脚立を借りて本を見に行くと題名は「夜明けの空」だ。同じ題名に1,2,3とそれぞれ番号を振られているところを見るとシリーズものらしく、一巻を手に取りペラペラと読んでみると、こちらは若い子が好む「ファンタジー小説」に近い物だと思われる。
…実際のところ、この世界自体がファンタジーな可能性も否定できないから、この世界で言えば「現代風」「ノンフィクション」かもしれないけれど。
背表紙を見ると刺繍の跡があり、表紙は布でできているのだと知る。作者はヴァイオレット…確か、ルーノが昨日言っていた本の中にこの人の作品がなかっただろうか?
やっぱり人に勧めるものは自分のお気に入り説が有効だよね。興味はあるから時間があるときに借りてみよう。私は一巻を元の場所に戻すと、ヴァイオレットの作品の下の列を見た。
うっすい本の背表紙に「行進曲」「協奏曲」などの文字が並んでいるところを見ると楽譜だろう。…って、ルーノ楽譜見るの?楽器吹ける系?…帰ってきたら聞いてみよう。こちらは今見ても仕方ないので後回し。
そこから下にかけ右側を見ると、色や大きさ、本の内容など揃えてあるわけでもなく、同じ作者なわけでもない。
ざーっと表紙を見て回ったが、よく見かける単語は「ペレイーギ」や「ヂャルデーノ」という言葉。ルーノはよっぽどそれについて知りたいのだろうが、私はあまり読みたいとは思えなかった。
「ペレイーギ」とは何なのか全く知らないが「ヂャルデーノ」は聞き覚えがある。この国の名前だ。この国の歴史に興味はあるし、どんなふうに創立されたのかは知りたい。だが、別に今、この国の思想や歴史についての推察など、国の歴史に詳しくもない私が読む意味はない。
人間まずは基礎から。応用編は後々必要になれば読めばいいのだ。
ちなみに私は英語が好きである、が、習いたての頃は大嫌いだった。何故かと言うと、基礎を知らずに大人達に応用編をやらされたからである。
…自慢をしたいわけじゃないが、私は少しばかり人より賢かった。覚えもよかったし、記憶力もいい。そんな私を見た大人達にあれこれとやらされた私は「基礎」を知らないなんて思われず、難しい文章を淡々と並べられ「どうしてこうなるの?」「なぜこれは複数系になるの?」という疑問を持ったまま、時が流れていった。
偶然、私が基礎をやってないことに気が付いた先生にみっちり教えてもらい、私は英語への拒否反応を無くすことに成功したが、今思えば「三単現のs」を知らないまま、「否定形にはnot」すらもわからず、色んな文章を読んで理解をしようと必死になっていた自分には笑える。
と、このように私は一度「失敗」しているのだが、昔っからの悪い癖が出た。
私は興味が出たものは読みたい、知りたいと思ってしまうタイプの人間である。
古代の歴史や遺跡に逸話、伝説、神話、元の世界にいるころから、遠くにあるピラミッドや神殿、遺跡を思い浮かべては本に浸って帰って来ない人間であった。つまり本がお友達。その私が、こんなファンタジーの世界の謎を考察している本を読みたくないと思うのか?いいえ、そんなわけありません!!
私は一冊の黒の表紙か目立つ本を手に取った。一番小さくて、しかし分厚さはしっかり単行本ほどあるものだった。背表紙は「ヂャルデーノ」と金色の文字で簡潔に書かれたものだった。
売られている本にしてはあまりにもボロボロで、何度も読んだものなのかと思わせるほど。中をペラペラと見れば、これ自体に書き込んでいたのかと疑うように紙も擦り切れてインクが染みている。一度閉じて表紙を捲ってみた。何も書いていない。
一ページ、捲ってみた。右側は真っ白なのにかかわらず、2ページ目には文字が書いてあった。
インクが滲んでいてうまく読めないが、完全に読めないわけではない。
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
愛しい仲間たちに贈る
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
そう、一言だけ書かれたその文字は、緑の魔導師の丁寧さとはまた違い、綺麗な字だというのにどこか消えてしまいそうな文字。インクが滲んでしまっているからだろうか。
私はどうしてもその文字から目が離せなくて、しばらくその字をぼーっと眺めていた。
続きを読む勇気が何故か私には無いのだ。
そうしてしばらくその文字を眺めていると、顔に光が当たって眩しさを感じた。
その光に目を向けると、本棚が並んでいる壁の一番上はステンドグラスの窓だったらしい。外は雪で曇っていたため光が差さず、目立たなかったため気づかなかったのが、たまたま偶然、何処かの光がこちらに反射してきたらしい。私は本を両手に持ちながらそのステンドグラスを見つめていた。
そこに描かれている絵は顔こそ描かれていないものの、様々なポーズをとる人達、一人一人が別方向を見ている、どこか淋しいステンドグラスだった。
テレビで見た遠い外国の大きな聖堂で見る圧巻の美しさとはまた違い、眺めていたいと思わせる美しさでありながら、寂寥を感じさせる、そんなデザインだった。
少しボーっとしていたが、私はハッとして本に視線を戻す。ページをもう1枚捲ると、空白が多いながらも単調に書かれた文字が並んでいた。
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
今日、仲間の一人が「英雄」に選ばれた。
馬鹿でお調子者のあいつだったが、意外に評価をされていたらしい。
「英雄」に選ばれることは名誉であり、誇りである。
しかし、人生を共に過ごしてきた俺達と離れてしまうのは嫌だと
あいつは愚痴を零していた。
あいつと一番長い付き合いである彼女は、あいつの背中を撫でながらしきりに「大丈夫だよ」「私達の魂はずっと一緒」と呟いていたが
あれは半分自分に言い聞かせていたものだろう。
幼い頃からいた友であり、仲間であり、家族だった。
今までは、調子がいいあいつを甘やかすことはあまりなかったが
最後の時だと思い、甘やかしてやろう。
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
淡々と、彼の静かな感情が伝わる文章に、心の奥底が震えた。言葉にできない気持ちを書き殴っているのに、静かに、冷静に続けられた言葉が、苦しかった。
どうやらこれは日記だったらしい。ルーノの日記だろうか?しかし、日記を自分の部屋に置かず、本棚に一冊だけ置く、というのもなんだかよく意味がわからない。他人の日記を手に入れてしまったのだろうか。それとも、この世界では日記風の本が流行っているのか。
「英雄」に選ばれた「仲間」を慰める「彼女」。
相手の名前を書かないところが、なんだか気持ち悪かったが、何か事情があったのかもしれない。もしもこれがフィクションの小説であれば、ミステリー小説の線も捨てきれないのだ。
…何も物音がしないこの書庫があまりにも静かすぎて、次のページを捲る音が部屋に響いた。
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
今日、昨日あれだけ愚痴っていたというのに
何も変わらない様子で二人とも【いつも通り】寝坊していた。
だが、気持ちは全員同じだったらしく
皆一様に眼の下の隈がハッキリとしていた。
そんな俺も…昨日は頭が冴えて眠れなかった。
苦しいこと、辛いこと、楽しかったこと、嬉しかったことアイツとの思い出がフラッシュバックして…………
―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―☽―
そこでその日の日記は終わっていた。
日付も書いていなければ、仲間も書いている本人の名前すらわからない日記。
何故だかわからないが、私はこの日記を読んでいて、妙な胸騒ぎがした。
ねぇ、ルーナ。続きが知りたい?
何かが頭の中で響く。やけに煩く、頭の中で何度も、何度も。
そう、私は、今読んでいる本を読み終えるまで何も読まないと決めていたのに、なんでこれを読んでいるのだろうか。誰かの日記を、もしやルーノの日記かもしれないのに読んでしまうのはあまりにも酷だ。これは「時が来るまで」読むのをやめよう。
私はそう勝手に結論付けると、本を閉じ、日記をもとの場所に戻した。
さあ!書庫はざっくりと見たし!続きの冒険に出かけよう!私は扉に手をかけ引くと、その部屋から出て行った。
…ステンドグラスの中心にいる白い服の女が、その場から去る私の背中をジッと見つめていた。
サブタイトルを考えるのが難しく、同じタイトルを何度も使いまわしにしていますが
皆様は読みにくいでしょうか?
第一話、とかいてありますが、第一章、なのかも…?
第二話、こと第二章が始まるまでしばしお付き合いください!
Twitterやっています。
更新報告と描いているイラストを載せたいと思っています。
気になる方ぜひ、フォローお願いします。
@She_Line_Kreuz




