第三十話 先生の言葉は時に凶器となる
「わぁあ、広い!」
船の中に入った私の第一声はそれだ。
パッと見半分ガラスで見えていると思っていたが、それは一部だったようで
幾つかの部屋は窓一つない壁で覆われている。
「こっちに来てごらん」
ルーノは荷物を持ったまま奥へと進む。すると、少し広めの部屋があり、天井がガラスでできている空間であることに気づく。まさに先ほど見ていた場所だ。
ルーノは壁にあるスイッチをいくつか押した。すると、船はゆったりと海の中へと入っていく。
「これって、海の中に潜るの?」
「そう。魚とか見れるから楽しいと思うよ」
私が思っていた不安は消えていったようだ。この船なら安心だし、楽しく渡れる気がする。
「あぁ、思っていたより楽しそうだろ?」
「うん!」
ルーノが赤いボタンをポチっと押すと、船が起動し水の中へと深く深く入っていった。
ゴウゴウと流れが強かった川も水の中に入ってしまうと静かなもので、なんだか異世界に入ったかのような気分だ。…この世界は元々私にとってみれば異世界なんだけどね。
幾つかの川の魚たちが楽しそうに泳いでいるのが見える。
「ねぇ、川にしては深すぎない?」
「…ルーナの世界では違うのか…?」
「うん。もっと浅いイメージ。これだと海みたい」
「海…か…」
ルーノが考えるように首を傾げた。
「元々、【白い山】から来ている水が一気に溢れ出たものだから、この世界で最も大きな川と言えばここなんだけど…そうか。ルーナの世界では珍しいのか」
「いや、私も世界中旅したわけじゃないから、どんな川があるか、なんて知らないんだけど…私の小さな世界の中ではこんなに大きな川初めて」
アマゾンなどに行けばみられるだろうか…いや、だがしかし、もう確かめることもない。
「でも、ここが今の私の世界だから」
私がそう笑うと、ルーノも少し嬉しそうに笑った。
彼は持っていた荷物を端に置くと、備え付けられていた椅子に座り少し伸びをする。
「最近は公爵家の家に行ったりと忙しかったからな。ルーナも疲れてるんじゃないか?」
「…うーん、疲れてると言えば疲れてるけど…あんまり考えてなかった」
「まぁ、基本的には乗り物で移動してるからな」
ルーノが少し疲れた様子で天井の様子を見る。何食わぬ顔で泳いでいる魚が愛らしい。先程食べたシャッケはいるだろうか、なんて思いながら辺りを見回しつつ、ふと思い出した疑問を口に出した。
「ねぇ、黄の街にはお友達がいるの?」
「お友達?」
「だって、そんな感じがしたから」
「友達…いや、友達だな。一応」
「一応!?」
「…明るい奴だよ」
「明るい…人…」
ルーノの中で明るい人…ってことは、楽しい人だろうか。
「楽器を吹くのが上手いんだ。交流は時々あって、普段はアイツも練習やら公演やらで忙しいから何かを語ることはほとんどないが、時折楽譜を送ってくるぐらいには手紙のやり取りをしてる」
「あ、あの家の書庫にあった楽譜って…」
「あぁ、見たのか。あれは全部そいつの送って来た楽譜だ」
なるほど…ってことは、その人は楽器が吹くのが上手い明るい人…ってことだね!
その昔、吹奏楽部に入ってたこともあったけれど、大して上手くならない間にやめちゃったんだよなあ…なんて。この世界の楽器とあっちの世界の楽器が同じであるかもわからないのに。
…そもそも、音楽というもの自体に触れてこなかったから、今回が初めてになるんじゃないだろうか。
「馬鹿真面目だが、ルーナは好きなタイプだと思う」
「私が?ほんとに?」
「相手もルーナのことが好きになると思う」
「友達になれるといいなぁ」
「…なれるさ。絶対に」
そう呟いて微笑んだ彼は何処か楽しそうに見えた。
…その友達と会うのが楽しみなのだろうか。それとも私に会わせるのが楽しみなのだろうか。もしかすると黄の街は以外にもとても楽しい街なのかもしれない。
さっきのルーノの話からすると、恐らく踊り子歌い手なんかがわんさかいて、皆競って練習しつつ街を盛り上げて行く場所なのだろう。
年中静か…で盛り上がることのない黒の街は私にとっては最高に心地のいい場所だったけれど、新しい場所もまた気持ちのいい場所になるに違いない。
違う場所に行くって言うのもまた刺激になっていいはず。
「ルーナは楽器とか吹いたことがあるか?」
「ないよ」
「少しだけ」
「へぇ、どんな楽器を?」
「クラリネット。黒い笛」
「話を聞かせて」
彼は私に隣りに座るよう指示をした。話すにはあまり良い話ではないが、彼なら受け止めてくれるだろうか。
「…クラリネットをやってる仲のいい先輩がいて、両親に強請って買ってもらったの。
でも、あんまり長続きしなくて…上手くもならないし、って。
音楽の練習ができる吹奏楽に入ってたけど、各パート同士の仲が悪くて、あんまり居心地よくなくて…」
「それで、そこはすぐに辞めちゃったんだ」
「うん。でも、クラリネットを吹く機会が欲しくて。そうしたら、フルートを個人で吹いてる子がいたの。喋っているうちに仲良くなったから二人だけの演奏会をしようか、なんて話になって。二人で練習をしてたんだけど…」
私の顔を見てすかさずルーノが尋ねる。
「嫌なことが?」
「…うん」
消したい記憶のうちにはあるが、それは消えない記憶の中にある。
あれは暑い真夏の昼だった。クーラーの効いた教室の中で、先生が笑って告げたのである。
「クラリネットとフルートなら相性がいいから二人で演奏できるねって言ってたのに、担任の先生がそれに目を付けて「もっと数を増やして演奏会をしましょう!」って」
「…二人だけの世界だったのに?」
「最初は…しょうがないか、なんて思ってたんだけど、段々アンバランスな組み合わせになってきて…楽譜はどうするんだろう、なんて言ってたら、先生が「貴方達がちゃんと用意してくれるんでしょ?私達は人を呼ぶから任せてね」って。誰も人を呼んでなんて言ってないのに」
「そうか。先生は人の話を聞いてくれなかったんだね」
「人が増えて行く度にどうしようって言う悩みが増していって…一緒にやってた子が不登校生になっちゃったの」
「不登校生…?」
「…子供達が毎日集う場所に来れなくなっちゃたってこと」
「そこまで追いつめられたのか…」
「うん。それで、流石に私も耐えきれなくて、他の先生に助けを求めたの。そうすると、あれだけ「頑張ってね。私は人を集めておくから」なんて暴走していた先生は何もなかった顔して知らんぷり。謝ってくれることもなかったの」
ルーノが顔を顰めた。あまり気持ちの良い話ではないのは私もわかる。
「結局、集められた人達も無言で解散で不機嫌、不登校になった子は戻ってこなくて…って感じ」
「ずっと、先生と友達とに挟まれてたんだね」
ルーノにそう言われて、私はハッとした。不登校になってしまった子が一番可哀想だと躍起になっていたが、案外私も可哀想な立場にいたのかもしれない。
「板挟みにされて、やらなきゃいけないこともやって、大変だっただろう」
「…そう、かも。大変だったかもしれない」
実際、楽譜を書くことはできなかったから、何もすることはなかったし、先生に意見を言うことしかできなかったのだが…。
「大変だったんだよ。ルーナが思っている以上に、それはしんどかったんだ」
初めていわれたその言葉が、心の奥でストンとハマった。ずっとモヤモヤと悩み続けていたその靄の名前が初めて分かった。そんな気がした。
「おいで、ルーナ」
ルーノが私を強く抱きしめた。痛みや苦しみを取り除いてくれるような彼の体温が私を包み込んだ。温かい。
「先生とやらのことを忘れられたらいいのだけれど」
「…忘れられないんじゃないかな…」
「どうして…?」
「…私の中で大きなことだったから…」
そう、それは簡単に消えるほど小さなことでもなかったんだ。
「…消せる物なら、消したい…?」
「そう、だね」
「そっか…」
ルーノが考え込むように私を強く抱きしめたが、今の私には記憶を消すことよりも、この温もりに包まれていることの方がよっぽど大事だった。
彼に受け止めてもらえることが、抱き留めてもらえることが、どれだけ心地のいい世界なのか。
小さな悩みに感じられるかもしれない。それでも、きっと私は辛かったのだ。
だけど、私の目から涙があふれることは一度たりともなかった。
ほぼ実体験ですね(笑)
昔、私がされたことを脚色してルーナに言わせています。
だからと言ってルーナは私ではないのでご安心を!
最近は、更新が遅くても見に来てくれている方が結構いらっしゃるのに気付いて、とてもありがたく思っています!めちゃめちゃうれしいですよ!本当に!!
いつもご愛読ありがとうございます!!
…ちなみに、海豚のボート号は6人乗りです。
六人分ちゃんと部屋が合って、今回話しているところはリビングのような場所です。
シャワールームも完備してますので清潔ですよ!!(必要な情報なのか)
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