第二話 魔法が使える世界
あれから、彼は私に必要最低限の知識をくれた。
まず、文字の読み書きだが、文字はもちろん日本語ではなかった。英語…に近いのだと思うが、この世界に来た利点として、私はその文字が難なく読めるのだ。…書くことはできないが。小難しい話から童話まで、彼に出された本は大抵読めた。
彼…ルーノが言うには、この世界の喋り方も、私はマスターしているからルーノと会話できているのだ、と彼はいう。つまり、私はこの世界に来たことによって強制的に日本語を忘れてしまい、新しい言語を話せるように変えられた…ということなのだ。そこは文字書きもできるようにしてほしかったが、そこまで強請るのは神様も困るのかもしれない。
衣服についてだが、彼は一人暮しで親も兄妹もいないという。女物の服を買っておくべきだったとパジャマ姿の私を見て頭を抱えていたが、一人暮しの男が女物の服を買っているのを見るのはある意味、恐怖でしかないので、しばらくはルーノの服を借りるということで落ち着いた。そのうち一緒に服を買いに行こうという約束もした。
…ちなみに、ルーノから見た私のパジャマは異色の物らしい。私の世界では夏だったし、涼しい格好が好きだったから袖無しに半ズボンと言うラフな格好だったものの、下着に見える。と一言バッサリ切り捨てられてしまった。そこで、ルーノは自分の服を持ってくると何着かパジャマの上から着せ「脱ぐなよ!!」と怒られた。いや、お前さっきまでその下着の私をたんたんとからかっていただろ。とツッコミたいが、まあこの際服は借りれたのでオッケーとしよう。暖炉の火のおかげで暖められていたけれど、薄着の私には少し寒かったしね。
そして私も彼の容姿をあまり見ていなかったなと改めて彼を頭のてっぺんからつま先まで見た。別に値踏みをしているわけじゃないが、改めてこの男、変だ。
シンプルに黒だけの服を上下に着て、寒さ対策か黒い羽織を被って、血の気のない白い腕と大きな手、顔の半分は黒い前髪で覆われている。髪は肩より少し上、男にしては長い。私に着せた服も羽織も思えば黒だ。彼はよっぽど黒が好きなのだろう。しっかし細い!男のくせに!細い!どこがと言われれば腹!腕!首!足!太もも!細い!!!モデルさん?いやいや、おかしい細すぎる。女の私が羨むほど細い。
…だが、俳優やモデルが見せる綺麗な細さと違い、首筋や手の先に肉がなく、骨ばっており、どこか病的な…女の私でも突き飛ばしてしまえば簡単に折れてしまいそうな、そんな弱さを感じる。…だが、それはあくまでもパッと見の話だ。
「ルーナ、新しい本を持ってきたのだけど、これらのタイトルは読める?」
その細い腕のどこに筋肉があるんだと言いたいぐらい彼は自室から本を大量に抱えて持ってきた。彼は愛読者らしく、私が本に興味を示せば喜んで本を取りに行ったが、そこまではいらないと苦笑した。ほとんどが分厚い本で、よくそれだけの数を持てると感心してしまうほどだったちょう。
「うん、読める」
「こっちがこの世界の成り立ちを書いたもので…あっ、こっちはこの前新作で出たヴァイオレットってペンネームの女の嫉妬ってやつだったけどなかなかおもしろいし、こっちは緑の魔導師っていうペンネームで…」
「そんなに読めません」
「…じゃあ、また今度持ってくるよ…」
彼は小難しい話からライトノベルのような軽い話も読むようで、沢山勧めてくれたが、最初は軽い話からじっくり1冊を読むことにした。
今、私が手に持っているのは先ほどルーノが述べた「緑の魔導師」というペンネームの作者が書いた「日常生活に使える魔法」という本だ。
ルーノが言うには、この世界は魔法の研究が進んでおり、身を守る防御魔法から本に記してある日常生活にも使える魔法とやらが存在するとのこと。
目次だけで気になるとするなら「風呂の正しい沸かし方」とか「簡単に部屋を片付ける魔法」など。読む分には面白そうだし、実践できるのではと選んだのだが、ルーノが言うに、実際魔法を使って日常生活を過ごしている人間は少ないそう。
魔法を使うのに資格―一部、攻撃的な魔法や命の危険があるものは筆記、実技試験がある―もなければ、魔法という物がありますよ。便利ですよ。こんな魔法がありますよ。という一般常識もあるそう。だが、魔力を正しく使うにはそれなりの勉強と知識が必要なそうで。高度な魔法になると使う人も限られてくるというの。では、この日常生活に使える魔法はというと。
「ねぇ、この魔法をルーノは使える?」
ちなみに兄妹で敬語は怪しいから無しになった。
「どれ」
「物が傷まない魔法」
「…傷む前に食べ物は食べるし、物は処分するし…」
「じゃあこれは?水をお湯にする方法」
「風呂以外は使わないな」
「…じゃあ、簡単部屋の片づけ。部屋の隅の埃から蜘蛛の巣まで爽快スッキ」
「それ、この部屋に必要あると思う?」
「…ない、です」
どうも彼は一通り魔法が使えるようだ。
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子育てで忙しい家庭や妊婦、足腰が悪い者、高齢者など
生きとし生けるものが楽に生活できるように
この本を是非活用してほしい。
緑の魔導師
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と書いてあるけれど、ずぼらな人にはとてもいい魔法みたいです。
よし、ずぼらな私はこの本を熟読して使えるようになろう。この本を読み切るまでは他の本は読まない!ため、とりあえず魔法がどんなものがワクワクしている私に早速お風呂を沸かしてくれたルーノ。
普通、人が抱く魔法のイメージってどんななのだろうか。例えば、呪文を唱えたり、杖を持って来たり、光る光線や文字の羅列、魔方陣!!って思いますよね?ね?それ楽しみにしますよね?
お風呂場まで行き、まず水を溜め、両手を水のほうに向け…
「はいっ」
「…???え、沸いた?」
「沸いた。触ってごらん」
「あ、ほんとだ!いい湯加減…あちっ」
まあ、と言う感じで、この世界の魔法に豪奢な仕掛けはあまり期待しない方がいいと思う。
一通り、簡単に使えそうな魔法を見せてもらい、興奮して楽しんでいたが、日が暮れ、夜になると環境の変化の疲れからか眠気が凄く、ルーノに背中を押されベッドまで何とか辿り着くとそのまま私は健やかに眠った。
どうも異世界に来て疲れていたらしい。私は深い眠りについた。
…その日の夜、とてもとても、不思議な夢を見た。
ある女が長い髪を揺らしながら、とても綺麗な建物の中を慣れた様子で歩いていた。すれ違う人からの視線はあまりにも嫌味ったらしい気分の悪いものだったが、平然とした態度で追い払い、建物の裏にやってきた。
建物の外は海だったらしく、彼女はそれをただただ呆然と眺めていた。蒼い蒼い海。
海と彼女を隔てる黒い柵がある。それはどれだけ歩いても続く海と彼女の境界線。私はその柵の向こうを見ながら何度も思うのだ。
(私はここから…)
すると、複数人に名前を呼ばれた。その声に驚いて私は…。
「ルーナ、朝だよ」
「…っ…!?」
「ぐっすり眠って、安心できた?」
寝ぼけ眼で見ている私の顔をそっと覗きこんでくるルーノ。私は慌てて返事を返した。
「あっ、えっと、うん」
「それならよかった」
少し大きめのベッドに腰を掛け、こちらを見るルーノ。慣れた手つきで私の頬を撫でた。…普段、親だろうと友人だろうと体をベタベタ触られるのは好きじゃない私だったが、ルーノの手に触られるのは不思議と嫌ではなく、安心ができた。
この人なら護ってくれる。
絶対的な信頼感と優しさが、不思議とその手にはあるのだ。
「体調はどう?」
「大丈夫」
「頭痛は?」
「ないよ」
彼は私の頭を優しく撫でた。
「じゃあ、ルーナ。朝ご飯を食べよう。その前に顔を洗って、服を着替えて」
「はーい」
「いい返事だ」
私の頭をポンポンと叩くと、ルーノは朝ご飯の用意をしに部屋から出て行ってしまった。私は朝ご飯を食べに真っ直ぐ用意をするべきだろう。
…元の世界の私は、眠っている間の夢を忘れないよう日記につけたり、話を想い返したりするので、さっきまで見ていた夢のことをじっくり考察していたかったけど…
昨日から私は!生まれ変わったのです!!
そう!夢のことを考えて現実逃避する日々は終わり!あーたーらしーいあーさがきたっ!
ってなわけで、ベッドから起き上がり軽く伸びをすると、昨日借りたルーノの服で動きやすそうなものをチョイスする。昨日は、この世界にいることの実感のなさと、不安な気持ちを察してかボーっとさせてくれていたルーノだけど…ずっと甘えているわけにはいかないし、何か動いていないと嫌なことを思い出してしまう。
…私は、ルーナ。私は、ルーナ!
伸びをして着替えたところでふと、普段と違う感覚に気づく。そういえばルーノも聞いてくれていたが、元の世界での私は、寝込むほど痛い片頭痛と胃痛に魘される最悪な朝を毎日のように送っていた。だが、不思議と頭痛と胃痛はなく、それによっての疲労もない。珍しく深く眠ったのか体が軽いし、眠気もない。
少し肌寒いが、鼻の穴から肺に満たされる冷たい空気がとても気持ちよく、それでいて口から出てくる息は暖かい。こんなに清々しい朝を迎えたのは何年振りだろうか。
私は既にルーノが用意してくれている暖かいお湯で顔を洗い、タオルで顔を拭く。この世界に鏡というものはないらしく、自分の顔が今どんな状況なのかわからないのが辛いが、この世界では化粧しなきゃピーチクパーチクとケチつけてくる|クラスメイト(女達)もいなければ、自分の顔を見て、ぶっさいくだな…と落ち込むこともない。
私にとって、鏡で自分を見ないことは少しだけ、ほんの少しだけ、安心ができるのだ。
「ルーナ!」
「はぁい!!」
ルーノに呼ばれて朝ご飯の用意ができたのだと気付く。
リビングに戻ると、食卓に並べられた美味しそうなスープに綺麗に並べられたパン。そして色とりどりのサラダ。
質素なご飯のように感じるかもしれないが、とても美味しそうな匂いにお腹が鳴った。
「いっただっきまーす!」
「いただきます」
私が楽しそうに朝食を食べる姿を見て、彼もまた楽しげに笑った。
クリスマスがやってきましたね。Merry Christmas!!
先日、一時期留学していた頃お世話になっていたホームステイ先のパパママ達から
LINEでお祝いのメッセージが来ておりました。
あちらでは七面鳥を買ってきて食べるそうなので羨ましいです(笑)
私は今年も母と二人で仲良くケーキ食べました(笑)




