第十一話 黒の硝子
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ペレイーナ。貴方のその両手で私達を救いあげてくれ。
ペレイーナ。どうかこの声を無視しないでおくれ。
ペレイーナ。私は貴方に真実をお伝えします。
ペレイーナ。どうかこの声を聞いてください。
嗚呼、ペレイーナ。
血の涙が空から降ってくるのです。
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この国は、六つの街と一つの山でできている。
街の名前はそれぞれ色で割り振られていて、南に黒の街、南東に黄の街、北東に緑の街、赤の街は南西に、紫の街は北西にある。そして、北に青の街があるのだ。
その中央にそびえ立つ白き山。この七つの大地によって構成されている…と、地図上、及び書物では書いてある。
この世界の創造神の名は誰も知らず、創造神の感情を持つコローロの姿さえ誰もわからない。
神は存在するのか…空想上の生き物か…その答えは誰も知らないのである。
だが、神の名を勝手につけた時代が、この世界にもあった。
ペレイーギと呼ばれる時代だ。その時代について、詳しいことを書いてある本が山ほど我が家にあるのは知っていたが、読んでみたいと告げるとルーノは珍しく嫌な顔をしてこう言った。
「あの時代は知らない方がいい」
ペレイーギ、その時代は女神の純白で純粋な白の感情を護るコローロがこの世界に渡した試練の時代。
その時代に生まれた英雄も時代に嘆いたという。
その時代の名から、英雄の死を嘆いた者達によって女神の名前はペレイーナ、と名付けられた。
ちなみに、ペレイーギと名をつけられた時代の意味を私は知らない。
ルーノが決して私がそれらに関わらない、学ばせないと必死だからである。
「やぁルーナちゃん、おはよう」
「おはようございます神父様」
「ルーノくんもおはよう」
「俺は半分ついでですよね?」
「そんなことないよさぁさぁ掃除掃除!!」
ちなみに、この世界に生きているうえで、様々なことに悩んでいる私の世界は今日も平和だ。
ルーノがバケツに水を汲みに行っている間、私は箒や雑巾が壊れていないか点検。点検が終わるころにルーノが戻ってきて、箒で軽く地面を掃く。その後、バケツの水に雑巾を浸して床や椅子、窓に…と隅から隅まで掃除をしていき、最後、もう一度箒で掃いたら終わりだ。
その間、私達はほぼ無言で黙々と作業をしているため、相手にしてもらえない神父様は仕事部屋に引きこもってちゃんと仕事をする。
「やぁやぁ掃除終わったかな?」
そして、私達の掃除が終わるころに神父様は喋りに戻ってくるのだ。
「はい、今、丁度終わりました」
「おぉ、そりゃちょうどいいよねぇルーノくん」
普段、私に自分の武勇伝を聞かせるところだが、珍しく神父様がルーノに話題を振った。
「ええ、そうですね…そろそろ、来ますから」
「え?」
もしや、今日何かがあるのだろうか。そういえば、ルーノが昼から覚悟しておけと言っていた気がするけれど…まだ、午前中、だよね?
「ボーナンターゴン」
レザンさんの激しい音ではなく、普通に扉を開けた人物。爽やかな声が印象的な青年。
「ご無沙汰していました」
「やあやあディアン、元気にしてたかい?君がこの教会に来なくなってからというものの心配で心配でお父さん」
「誰がお父さんだよ。ったく…男の俺にまで口説きに来ないでくれ」
この手の口説き文句にレザンさんは弱いが、ディアンと呼ばれた彼はイラついてる様子。
「私は全ての者の父のように!全てを愛してるんだよ!!」
「実際は女だけのくせに」
「特に君は息子みたいなもんじゃないか!!」
え?息子…?
「あーあーあーあー、うるせぇ神父様、黙れください」
…彼は謎の敬語を使うな…。
私は、今のうちにとディアンと呼ばれた彼の容姿を眺めた。オールバックの髪型だが、前髪の一部が上手くできておらず、アホ毛のように立っている髪が可愛らしい。服装はラフでシャツに黒いズボン、黒いサスペンダーをつけている。教会に入って着た途端に脱いだコートは黒のオーバフロック、長いコートだ。
「お久しぶり、ルーノ」
ルーノに友好的に手を差し出すディアンと呼ばれる青年。ルーノもその手を握り返した。だが、長話をするわけでもなく彼はルーノの背に隠れるように見ている私をチラリと見た。ルーノもそれに気が付いて私を手招く。
「こっちが妹のルーナ」
雑な紹介だなおい。いや、しかしそれ以外言いようがないか…。
「初めまして。ルーノの妹のルーナ、と申します」
なるべく笑顔で、フレンドリーに見えるよう言ったのだが、私の言葉に少しだけルーノとディアンの顔が固まった。何か今、まずいことでも言っただろうか。だが、そんな不安を消し去るように、ディアンはいい笑顔で応えてくれた。
「初めまして、ルーナさん。僕の名前はオブシディアン。気軽にディアンとお呼びください」
あれ?私には敬語?
「僕って…お前、私にそんな風に言ったこと…」
「うるせぇ」
…彼は随分神父様に対して強気な態度なようだ。
「あー…じゃあ、ディアンさん。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
私に対しても、ルーノに対しても温和な雰囲気なのだから、酷い人には見えないけど…。
「ディアンは小さい頃、神父様に育てられてたんだよ」
「え!?そうなの!?」
「ちょ、ルーノ!」
彼は顔を真っ赤にしてルーノを止めようとする。爆弾発言だったのかな?
「だけど神父様ってああいう雰囲気だろ?子供を育てるって言うよりは弟子を育てる、だったんだよ」
「弟子を…おぅ…」
つまり、神父様のあのほにゃ~っとした雰囲気を見せることなく、時折私に見せるあれ覚えろこれ覚えろしか彼には見せてないってわけね。女好きと仕事好きの父親かぁ…。
「朝から晩まで勉強勉強、男だから仕事も手伝わせてたしな」
「あ、だから反抗して口調が」
「というより、照れ隠しだな」
私の言葉をあっさりと否定したルーノ。なんだ、反抗してるわけじゃないのか。
「勿論、教会だけでも食べては行けるが、魔石やハーブの仕入れや研究費には金が必要だからな。稼ぎのいい公爵家の手伝いをしにディアンは行ってる。だから根はいい奴なんだ」
じゃあ、高校生ぐらいの思春期の男の子がお母さんに上手にお礼が言えなくて照れて悪口言っちゃうみたいなもんかな。男の子ってどこの世界でも両親にはツンデレなのね。
「ルーノ…そんなハッキリ全部言わなくても…」
「兄貴分の俺にはわかるさ」
ディアンの頭をくしゃくしゃと撫でるルーノ。オールバックが崩れるのではないかと心配したが、あの髪形は簡単に崩れないシステムらしい。っていうか、え?
「え、ルーノって兄貴分なの!!?」
「俺がここで働き始めた頃にちょうどいたからな」
ルーノの年齢を知らないが、どれくらい幼い頃から働いているんだ。
「ルーノが文字書きや色んな仕事の楽しみ方を教えてくれたんだ。それに、歳も近かったから気軽に何でも相談できたし」
そうなんだ…。ルーノって私と出逢う前はどうしてたんだろうっていつも思ってたから、少し知れて得した気分。たぶん、彼は神父様と出会った時って様子から見るに小さい時のようだから…ルーノがこの教会で働き始めてかなり経つってこと。ってことは、ルーノの両親は?っていうか、なんで子供のルーノが働きに…?
いや、今はそれを考えている暇はない。
彼は何故また今日に限って戻って来たのだろうか。今はそれを問うべきじゃないだろうか。
「ルーノ。やっぱりルーナさんの服は俺じゃなかった方が…」
「何言ってるんだ。お前ぐらいしか無理強いできない」
「無理強いさせるためかよ!おかしいだろ!!」
「ディアン頼むよールーナちゃんだけお留守番なんて可哀想だろ?」
「いや、ルーナが留守番の場合、俺も留守番しますけどね?」
「もうルーノくんも行くって言っちゃったから無理!はい!仕事して二人とも!!ねぇ!」
「そもそもルーノがこんな前日に突然言ってくるから悪いんだろ」
「さっきから思ってたけどルーノルーノって…昔は兄さんっててこてこ着いてきて可愛かったのに」
「だーもう!俺は子供じゃねぇ!!いつの話だよ!!」
「それに、どうせ今日休みだったろ。よかったな」
「よくないだろ休ませろよ!!!」
なんだろう。この男三人共。私がここにいること忘れてませんか?
「あの…」
「そもそも女の人を雇うのが普通であって」
「大丈夫。ディアンお前ならできる」
「そうそう、私の息子だしね」
「おかしい!何その信頼感!!いらねぇよ!!」
あ、こいつら自分達の話しか聞こえてない系ね?女の私の声は聞こえてないのね?あの、ディアンさんがなんで来たのか教えてほしいんだけど…。あの、このままじゃ蚊帳の外…あーもう!じれったい!!気になるならガッツリ自分から聞いちゃえばいいのよ!勇気を出せ自分!!女は度胸よ!!!
「あの!」
一度無視されたからってなんのその!!私は何回も聞きなおしますけど!?
「どうした?ルーナ」
突然大きな声を出した私にビックリした三人はこちらを見た。
「ディアンさんは今日、どうしてここに?私の服って?」
私の言葉を聞いてディアンさんと神父様がお互いに目を見合わせた後、何故かルーノを睨んだ。
「ねぇ、ルーノくん。ほうれんそうって知ってる?」
あ、この世界にもその言葉があるのね。
「なんで兄さんはいつもそうやって人にちゃんと説明しないんだ」
「あ、今、兄さんって」
「いやもう今はそれ置いておいてさ!!ルーナさん知らなかったみたいだけど!?」
私もルーノをジッと見つめる。ルーノが私の視線に気が付いてこちらを見たが、気まずそうに反対方向を向いた。
「…サプライズ…的な?」
「「おかしでしょ!!!!!」」
「やめて俺を責めないで」
二人にツッコまれて珍しく狼狽えるルーノ。私は彼の肩に手を置いた。
「ルーノ。もうちょっと報告してね」
「ルーナまで…」
私にまでツッコまれて明らかショックを隠せないルーノ。まあでも、ディアンさんと神父様のようにルーノを怒鳴りつけるほど責める気はない。
「ルーノが昼から覚悟しておけって言ってたので、何かはあるだろうなって思ってたし、私も詳しく聞かなかったので、私の責任もちょこっと、あるかもです」
そりゃ、ちゃんとほうれんそうしないルーノが一番悪いと思うが、そんな彼の性格を知っておいてたくさん尋ねておかなかった私も悪い。
「ルーナちゃん優しすぎない?もっと怒っていいんだよ?」
「大丈夫です。今夜からはちゃんと話し合おうねって今朝話したばっかりなので」
「今朝?ルーノくん?今まで一緒に暮らして今朝って遅くない?」
やっべ、爆弾投下しちゃった。神父様がとうとうルーノをジトーという目線で見つめ始めた。自分の悪いところに気づいたんだろう。流石にルーノが折れた。
「…これからは、ちゃんと、説明します…」
ガックリと項垂れるルーノに神父様もディアンさんもニコニコとし始めた。よっぽど昔からほうれんそうができない子でほうれんそうしようと努力もしてくれなかったんだろう。そんな彼の成長ぶりを見れたのだから神父様とディアンさんの笑顔の輝き方が尋常じゃないのも理解できる。
「ディアンは今、公爵家で家庭教師をしているのだけど、それとはまた別に服の採寸の仕事をしていた時期があって、だから、明日のルーナの服を俺が今朝作れって頼んだんだ」
つまり、だ。公爵家のような流行を知り尽くした家で働いているのだから、公爵様が気にいるような服をデザインするのも、採寸の仕事をしていたから採寸して服を作らせるのも彼ならできる。と、言いたいわけだ。…なんて無茶を言ってたんだこの人は!!そりゃディアンさんも怒るわ…。
「ディアンさん。私のせいで貴重な休日を使わせてしまってごめんなさい」
私はぺこりとディアンさんに頭を下げた。
「いや、ルーナさんと言うより、ルーノの報告ミスだから」
ディアンさんが困ったようにそう言うも、神父様はその言葉に深く頷いた。
「あの、私は採寸もディアンさんだろうと誰だろうと構わないので、ちゃっちゃと終わらせちゃって休憩しましょう!ね!」
私がそう言うと、気まずそうに視線を逸らしていたルーノがチラリとこちらを向いた。
「ルーノも私のためにディアンさん呼んでくれたんだもんね。ありがとう」
「…ルーナが、そう言ってくれるなら…」
「ダメですよルーナさん!そう言ったらすぐ調子乗るから!」
…しばらくルーノは二人に責められる日々を送りそうだ…。
更新が少し遅れてしまってすみませんでした。
今日、祖父母に会いに行ったのですが、祖父は厳格な人であまり多くを語らず、静かにいる人だというイメージが強い人なのですが、私は喋るのが本業なので(?)喋りに行ってるんですね。
今日も会いに行くと嬉しそうにしてくれ、昔行った海外の話や、私が聞いている音楽の話など、沢山の会話をすることができ、勿論、祖母も今日は元気でとても充実した日でした。
と、母に話すと「思えばあんた、小さい頃もお義父さんに向かって「あのなぁー私なぁーあのなぁー」ってあのお義父さんに!!話してたわ!!はー、孫って恐ろしや!!」と言われました。
それぐらい、祖父って喋らず語らずの人だったんですよね。
私の前でニコニコしてくれる祖父に会えて、今日はよかったです




