若き二人の提督、着任
ついこの間までブラック企業の会社員だったのだ、と言ったらどれだけの人間が
信じるだろうか。いつも通り胃に穴が開きそうなキツイスケジュールをこなして
いた平々凡々な、至って普通の生活を送ってきた25歳の成人男性が、いきなり政府
から「艦人」を指揮する提督になれ、という手紙と電話が来て、
成り行き任せに提督という職になってしまったなど。
つい先日まで普通の小学校教諭だったのだ、と言えばどれだけの人間が
冗談だろうと笑い飛ばすだろうか。いつも通り、未来ある子供達を教え、教師とは
名ばかりな人物に囲まれつつ、日常を送っていた、普通の彼氏が居る25歳の
成人女性が、いきなり首相から「艦人」を指揮する提督の二人目になってくれ、
という手紙と電話が来て、流れるがままに提督という職になっただなんて。
しかも、その片割れの提督が自分の恋人なのは偶然なのか必然なのか。
「…………えっと、改めて自己紹介したほうがいいかな」
「…………艦人っていう人達が来てからでいいんじゃない?」
艦人というのは年老いた者達の代わりに戦争の恐ろしさを若き者にも伝える
「メッセンジャー」として「軍艦の命を宿した人間」であり、当然艦人は新しく
作られた法律にも載っている。確か、法律上では「創られた人間」とされている
が、彼あるいは彼女らは言葉も記憶も、感覚も全て生きている人間と全く同じの
「生きている人間」だったはず。
しかしそれはつい2年前の話であって、今は (名前こそ覚えていないが)
海から来る怨みが籠った幽霊的な怪物を倒す為の兵器だったような。
そうこうしていると、小気味良くノックが三回響き渡り、じっと座っていた
二人はすっくと立ちあがり、男の方が「どうぞ」と一言放てば、
ドアノブを回す型のドアは鈍い音を立てながら開いた。
入ってきたのは10代後半ぐらいの少年少女5人と、この部屋の中で一番背の高い、
青年1人の、計6人。思った以上に若いのだな、などとぼんやり女の方が
考えていると一番手前の少女が、海軍式の礼をして挨拶を始めた。
「始めまして! 陽炎型駆逐艦の8番艦、雪風と言います。よろしくです!」
その名の通り、雪の様に白い髪に、白いワンピースの様な長いセーラー服、
瞳はまるで水の様に透き通っており、スパッツみたいに短いズボンは彼女の
元気さを表すようだ。そして一番目を引くのは、首に巻かれた暖かそうな
銀色マフラーと、白いショートカットを飾る…………
「えっと、その髪に飾っているのは……、船の碇?」
「違いますよー、私の錨の形をしたヘアピンです」
駆逐艦「雪風」の錨は広島県の江田島市にあり、戦後連合軍に賠償艦として
当時の中華民国 (現在の台湾) に引き渡された。軍艦「丹陽」と改名した
彼女は同海軍の旗艦として活躍していたが、昭和44年の台風で船底が破損し、
解体。おそらく彼女のつけているヘアピン型の錨の本物は、彼女の記念品として、
昭和46年10月22日、同国政府から雪風保存会に送られ、同会から海上自衛隊に
寄贈された、あの主錨だ。
次に、雪風の右隣に立っていたセーラー服の少年が自己紹介を始める。
「特Ⅲ型駆逐艦、暁型駆逐艦の2番艦、響。不死鳥と呼ばれた、響さ」
不死鳥とはフェニックス、つまりは火の鳥のことであり、彼―響―の髪や目は、
確かに火の鳥フェニックスのように真っ赤だ。左目近くにある泣きボクロも、
まだあどけなさが残っていて、とても可愛らしい。
セーラー服の左裾には英数字のⅢがプリントアウトされていて、
紫のスカーフも、彼の赤色と合わさって一層映えて見える。
「不死鳥って、何で君がそんな風に呼ばれるの?」
「ああ、その話は後からにしてくれないか」
青い髪の少年が、質問しようとした女性を抑制し、女性が小さく了解の意を示すと
青髪少年はまた他の人達の後ろへと戻っていった。
しかし少年はただ戻るだけではなく、少し時代錯誤な衣装に身を包んだ少女の背を
押し、顎をくいっと二人の男女へやった。
自己紹介をしろ、のジェスチャーだろうか?
「わたくしは2代目神風型駆逐艦のネームシップ、神風サマよ」
大正時代の女学生が来ていたような、和洋折衷な着物に黒いブーツとは、
彼女―神風―はコスプレでもしているのか。
神風は長い茶色の髪と、後ろで結ばれた赤いリボンを揺らして
「わたくしは大正11年生まれですの。だからわたくしたち神風型は、今で言う、
大正ロマンな服が制服と決まっているのですわ」
それなら確かに納得がいく。これで昭和生まれなら本当にコスプレにしか
なりかねない、と思っていた不安もすんなり消えたのだった。
そして溜め息を吐きながら、雪風の左隣に立っていた少年が口を開いた。
「白露型駆逐艦2番艦、時雨。僕なんかが居る場所じゃないのに自己紹介なんて」
その部屋に居た全員が引きつった、あるいは、困惑した表情を浮かべた。
時雨という名前が示すように青い髪と、力強い木の幹のような茶色の瞳、
首からは雫型のネックレスが下げられており、長袖の黄色いカーディガンと
白い半ズボンは明るそうなイメージがひしひしと伝わると言うのに。
「あー……、ごめんね、時雨はちょっと厭世的な人で」
「兄が沈む時も『駆逐艦って凄い爆発起こして沈むんだな』なんて考えたしね」
この時雨という艦人と歩み寄るにはきっと大量に時間を費やさなければ、
なかなか分かりあえないだろう、と男は頭の片隅で思った。
次に背の高い青年の前に居た銀髪の小柄な少女が自己紹介を始めた。
「朝潮型駆逐艦9番艦、霞。あんた達、提督でしょ? しゃんとなさい」
眩い銀色の短い髪に、髪よりも濃い灰色の瞳、上着は黒と赤の二色だけだが、
手首には水色の丸が特徴的なヘアゴムが身につけられている。
ワイシャツの一番下のボタンは外されていて、健康的で白い少女の肌とへそが
紫のフリル付きスカートと一緒に目に飛び込んできた。
緑の鉢巻きは後ろで長くリボンに結ばれており、少女のその目は何とも勝ち気だ。
「霞ちゃんは何かと当たりがキツイよね……」
「あたしだって強く当たりたくて当たってるわけじゃないっての」
一瞬険悪なムードになるかと思われたが、響が霞と雪風の間に入ったおかげで
この部屋で喧嘩が起こるような自体にはならずに済んだ。
最後に一番背の高い青年が前に出た。
「秋月型駆逐艦、防空駆逐艦とも呼ばれる秋月型の3番艦、涼月だ」
驚いた。青年は、もっと若々しい声かと思いきや思った以上に渋く、
しかし何処か独特な色気を持つような、一度耳にすればきっと離れることはない、
そんな特徴的な声だと表現できる。
小豆色の少しはねた癖っ毛に、藍染でもされたような瞳。
涼月の名の示す通り、襟だけ青色をした水色ブレザーはクールな印象を
こちらに与える。濃いめの灰色のズボンと黒い靴は、そこら辺の町を
歩いていても普通に見えるし、もしかしたら振り返る女性もいるだろう。
しかし、左目や首、手の甲までしっかりと巻かれた包帯は、
やはり何処か普通ではない、多少人と変わった感じをにじみ出している。
「思ってたより声低いね君……」
「何で俺と初対面の奴って皆そういうんだよ。年相応の声だろ」
何処をどうもって年相応と言うのか。きっと彼と初めて会話した人物たちは、
今の男と同じような反応をしたのだろう。彼の兄弟はどう思っていたのか、
何となく気になるところではあるが。
「あ、後ね、こん中で俺だけ未だに船体残ってるよ」
駆逐艦「涼月」は、妹艦「冬月」と桃型駆逐艦4番艦「柳」と共に、
福岡県北九州市若松区若松港の防波堤として利用された。現地では
「軍艦防波堤」と呼ばれ、親しまれたが、その後完全に埋められる。
現在は響灘臨海工業団地内の若松運河出口付近に、「柳」の船体の一部と
案内板を見ることができる。一方、「冬月」と「涼月」の船体は暫くの間は
内部に入ったりすることが可能であったが、現在は完全に埋めたてられ
確認することはできない。
「…………さて、俺達の自己紹介はこれで終わりだ。次は」
アンタ達の番だよ、と涼月は薄ら笑みを浮かべて二人の男女を見た。
二人は一度顏を見合わせると、男の方から先に前へ出て、
先程雪風がしたように、海軍式の礼をした。
「俺は、水野鉄二。祖父は雪風の乗組員、
父は海上自衛隊の、こんごう型護衛艦「きりしま」の乗組員。
何かと海に関連する家だけど、俺自身はWW2の軍艦のことなんて、
ほとんど知らない。だから、足りない部分もあると思う。
でも、精一杯提督として皆を指揮するつもりだ」
「わ、私も! えっと、私は鉄二の彼女の、北上海音。
私の祖父もWW2時代の一海軍兵だけど、あまり軍艦のことは知らない。
でも、鉄二君のサポートをしつつ、皆のこともサポートする。
至らない部分ばっかりだけど、よろしくお願いします!」
鉄二と海音は、心からの信念と、知らないことを「知らない」と言える
心を持っていた。包み隠さずそれを話したことは、彼ら6人にとっても
最高の信頼に達するものと評価できる。
「これからよろしくお願いします、司令! 海音さん!」
「僕らも同じひよっこだ、共に頑張ろう、提督、海音さん」
雪風が満面の笑みを浮かべ、響が二人としっかり握手を交わし、
「提督、海音様、わたくし達のご指導、頼みましたわよ」
「海音さん、それから提督、僕なんかでいいなら、力を貸すさ」
神風は高飛車ながら信頼しているという発言をし、
時雨も厭世的でひねくれた言い方ではあるが、協力姿勢を示し、
「提督、海音、慢心なんてしたら容赦しないんだから!」
「提督さん、海音お嬢、長い付き合いになるが、よろしく」
霞は強い口調ではあるものの提督としての心構えを言い放ち、
涼月は最後に纏める形であいさつを締めた。
これから先、この若き二人―鉄二と海音―は数多くの出会いと歴史を
知ることになるのだが、それはまだ先の話である。
Pixivにも同様のタイトルで掲載しております。
艦人の詳細設定などはPixivに書いてありますのでよろしければ。
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=8325255
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