決戦5
一夜明けて、俺達跋維の一軍は接収した陣を捨て真っ直ぐ南に進路をとった。
その日は追撃も無く無事だった。
「蓬樹。君に」
「分かってますよ。殿は俺が。将軍達は先に行って下さい」
「すまん」
敵の追撃を食い止める役目を蓬樹に託す。
しかし、俺達にはまだ敵がいる。その上援軍も無い。
「割ける兵は五千が精一杯だ」
「それだけいれば充分ですよ。螢送で会いましょう」
日が昇る前に蓬樹と分かれた。
「さて。行くか」
後方偵察から帰ってきた兵の報告によれば、敵はそこまで来ている。
将軍の様に策を考えられない俺の頭では、正面からぶつかって逃げる、しか思いつかない。
「全員出」
「アホか。このまま行ったら全滅だろうが」
意気を削がれた俺の目に映るのは、
「仁都?」
「俺が残って良かったな。この先の森に兵を伏せて迎え撃つぞ」
俺の驚きを無視して、指示を出す仁都。
「何している。大将のお前が動かんでどうする?」
「お。おお。よしこの先の……なんだっけ?」
戦闘前の部隊とは思えない笑い声が響く。
仁都の策に乗って兵を伏せて、一撃を加える。
「よし、撤収」
敵が退いた隙を狙い、こちらも兵を退く。
数は少ないが、無理に迎え撃つ必要は無い。
とは、仁都の言葉だ。
俺としては正面から迎え撃つのが良いと思うのだが、そう言ったら、
「はぁ〜」
説明するのも億劫だ、と言わんばかりの視線を投げかけられた。
「次は何処で迎え撃つ?」
もうこの部隊の指揮権は仁都にあるのは、悲しい事に周知の事実だ。
「将軍。仁都の姿がありませんが」
「蓬樹の下にいるだろう。後は程地も」
俺の言葉に程地も部隊を連れて姿を消した。
「良いのですか?」
「蓬樹に任せるより信頼出来るさ」
と言っても螢送を攻めるには彼等の力も必要なのも確かだ。
螢送まではまだ日がかかる。それまでに何か考えないとな。
「跋維は盗賊の群れだと思っていたが」
「王子、それは違いますよ。確かに大半はその連中ですが螢送にいる礼儀の部隊や夕音の部隊は訓練され跋維の信念に誓いを立てた騎士と言ってもいいほどの精鋭ですよ」
「その跋維の信念とは?」
「楽の解放だと言っております」
「誰からのだ?」
「おそらくは政府、王族かと」
俯く王子。
王族の失態は誰よりも恥じているし、政府の腐敗も知っている。
「それならばもっと違うやり方で」
「そのやり方は彼等の嫌うやり方だったのでしょう」
地位や権利を得る為に市民を苦しめる。
そのやり方に反発したからこその戦い。
それも市民を苦しめるがその先には腐敗した連中はいなくなると信じて戦っている。
歴史にどの様な汚名や非難を浴びせられようとも。
それ程の覚悟を持った精鋭が相手の戦い。
もうすぐ螢送の街に着く。
「王子、もう迷ったり考えたりする時ではないのです」
「……あぁ、分かっている。だからここまで来たのだ」
正面を向いた顔にはまだ迷いが感じられた。
しかし、このままの方が王子には良いのかも知れない。
「王子、螢送では跋維との決戦となりましょう。気を引き締めて下さいよ」
「分かっているさ。姫辰将軍」
「物騒な空気だね〜」
螢送は跋維の本拠地にしては物々しい雰囲気。
「でもしょうがないよね。この街に居る制羽ってのが、もがっ」
口を塞がれた。
「こら、私達のやる事を増やさないで」
歩来の目が怖い。
口を塞がれているので首を縦に振る事で了解だと伝える。
「ホントに分かった?」
それはもう必死で首を振る。
口を塞いでいた手が両方の頬に食い込む。
「むぎゅ」
「いい、ホントに分かったよね?」
歯が痛むほど指が食い込む。
喋っても言葉にならず、頷く事しか出来ないのが恨めしい。