街
盗賊達はもう引き返したのか、すっかり出てこなくなった。
夜空を焦がす炎、星月を覆う黒煙。
所々で爆発音が聞こえる。
それなのにサイレンが聞こえてこない。
この町の消防機能は完全に麻痺している様だ。
治安維持組織が壊滅状態だし。
横を見れば大きな建物。
看板には『間連警察署』
四階建ての建物の窓から炎がガラスを割り、その姿を表している。
「なんか用?」
後ろを振り返る。少し怒気を含んで言い放つ。
あの子供がついて来ている。
何が用なのかは聞かなくても分かるが、そう言いたくなる。
ビクッとしてボクを見つめる。
「えっと、そのぉ」
顔を伏せて答えを探している様だ。
見た感じ。大人く賢そうな印象を受ける顔。
この状況でも慌てる事無く冷静を保っている。
寝ているところだったのか、パジャマ姿の子供。
いや、予測していないから頭が回らないのか。
「何?」
ついて来るって事は、親も盗賊に襲われたんだろう。
行く当てがない。だからボクについてくる。
ここに一人で残ってもどうにもならないって事は理解している。
「言いたい事ははっきり言え」
「助けてくれてありがとうございました」
ぺこり、とお辞儀する子供。
意外な言葉が返ってきた。
「あ。いや、別に大した事は……してないし」
まっすぐな目。見た感じお坊ちゃんの雰囲気を持つ子供の態度に、思わず照れてしまった。
横を向いて、頬をぽりぽりと掻いて歩き出す。
今度はボクの横で話し出す子供。
背はボクより少し高い。それが妙に腹立つ。
その怒りが自分の小ささを思い知らされる事に気付いて、ため息を吐く。
子供の話は予想通り、親が襲われ、必死に逃げていたらボクに会い、
「それで、僕も帰る所無いし……」
「連れて行けって? 悪いけどボクも目的があるし」
「あ。『夕音』に親戚がいるからそこまで」
「夕音? どこ?」
「ここから西に車で四、五日行った所ですけど?」
ピンと来ない。
そりゃそうだ。結構長い間旅してきたけど地名を覚えようと思った事は無い。
子供が僕を怪訝そうな顔で見る。
「何?」
「失礼ですけど……この国の人じゃあ」
「違うよ。ボクは仙士だって。さっき言わなかった?」
「聞きましたけど、仙士って何ですか?」
「簡単に言うと戦闘専門の仙人。仙人の戦士」
「じゃ、仙人様なんですか?」
子供の目が尊敬に変わる。
「まぁね」
「何をしにいらっしゃったんですか? まさか、あの跋維党と戦いに?」
憎しみと悲しみが混ざった様な赤い目でボクを見る。
その目にボクは耐え切れずに、逸らして、
「違うよ」
とだけ答えた。
「じゃ、何しに」
「それは、お前には関係ない事だ」
冷たい言い方だと自分でも思う。
それっきり黙り込む。
この空気に耐え切れなかったのはボクだった。
「仙士を探してるんだ」
町を出る頃に呟いた。
「仙士、ですか?」
「あぁ、ソイツには返さなきゃいけない借りがあるし」
「そうですか。その聞いてもいいですか?」
「何?」
「仙人様って何人もいるんですか?」
「結構居るんじゃない、六仙って分かる?」
「はい。火、水、地、風、時に冥。ですよね」
「そう。詳しい数は知らないけど、千二百万ちょいはいるんじゃない?」
「そんなにいるんですか?」
「ボクは風仙だけど、二百万位居るって聞いたことあるけど。だからそれかける六で大体そんなトコじゃない?」
「じゃ、こっちって言うのかな。に来てるのは?」
「さぁ? そんなのは知らない」
「探してる仙人様が居るかどうかも分からないのに探してるんですか?」
「そ。じっとしてるのは性分じゃないし」
「スゴイですね〜」
「そうかぁ? そんな事ないと思うけど」
「僕には出来ないですよ。あ」
「どうした?」
「まだ、名前言ってませんでしたね」
「いいよ、別に」
「由宇って言います。仙士様は?」
「仙士様と呼べ」
「お名前教えてくださいよ。僕は名乗ったじゃないですか?」
「うるさい」
「教えてくださいよ〜。ね〜」
ボクの前をちょろちょろと動き回る。
「うろちょろ、邪魔だっ!」
「ね〜。仙士様〜」
手で払っても怯まない。
「史紀! これでいいか!」
怒鳴る。なぜ怒鳴ったのかは自分でも分からない。
「史紀様ですか。いいお名前ですね」
そう言われると……正直照れる。
「うるさい! さっさと行くぞ!」
ちょっと赤くなった顔を隠して由宇を置いて歩いていく。