湯狭の夜4
「化け物か!?」
路地裏に輝く月。
それが動く度に血が飛び、人が倒れる。
「全く、しつこいな。邪魔しないでくれよ」
薙刀を小脇に抱え悠然と立っている。
殺気が立ち込める路地裏。
その殺気に圧されて射撃手の指も固まっている。
ザッと前に踏み込む。取り囲む兵達が後ずさる。
そのまま後ろに駆け出していく男。
後ろを守っていた兵達の悲鳴の後に駆けて行く足音が木霊していた。
「少佐」
私が宿舎に戻ると、傷ついた兵や赤く染まったシーツに覆われた兵が運ばれて行く。
その光景を、唇をかみ締めて見つめる事しか出来ない。
いや、出来る事はある。
「何が」
近くに居た兵に事情を聞く。
跋維党のスパイが進入していて、それを発見したが戦闘になり……。と言った所だった。
だとするとスパイはあの男。
「スパイは何処に?」
スパイを捕らえる事で彼等に報いよう。
心にそう言い聞かせてスパイが走り去った方に走り出す。
夜の街を走り抜けて、一時間。
走り回っていたら、何か騒ぎがあった場所に到着。
テープで覆われた先には何人もの人と車が行き交う。
息を殺して様子を窺う。
「あの女」
あの女がいる。
アイツがここに居たのか?
女は路地裏に入っていく。
唇の湿らせて近づく。
「こら、近づくな」
グイ、と後ろに押される。
「あそこに行きたいんだけど」
「駄目だ。見て分かるだろう。立ち入り禁止だ」
くそ、ここで問答していてもしょうがない。
その場を離れて、また走り出す。
……ボクは今夜どれ位走っているのだろうか?……。
「私達はこっちを、あなた達は向こうへ、見つけたら連絡を」
敬礼して走っていく兵達。
「行きましょう」
手分けして男を捜す。
この先には守備隊の本部がある。
これ以上、好きにはさせない。
槍を握る手にも力が入る。
渇いた喉を潤し、捜索を再開する。
「どこいったんだ?」
耳を澄ますと、騒ぎがあった方から人や車の音が聞こえる。
「あそこじゃない」
そことは反対の方へと走り出す。
「まったく」
ここまで走ってるんだ。
なんとしてでもとっ捕まえてやる。
「さて、君とは再びだな」
男は出会った時と同じ様に薙刀を持ちにやついている。
「俺の気まぐれに期待するなよ」
私が構えると、同時に向かってくる。
力、速さが段違いだ。
防戦だけで精一杯だ。しかし、私も一人で来たんじゃない。
「君が防戦に徹していても」
柄のギリギリ後方を持ち、ぐるんと大きく振り回す。
弾かれる槍、悲鳴と地面に叩きつけられる音が響く。
「君はここまでかな」
場違いな表情と声。
最後まで私は諦めない。