湯狭の夜2
そっと脚を踏み出して見ると、ぽつん、と人影が見える。
あの女かと思って身を隠すが、よく見れば違う。
目を凝らし見つめる。
薙刀を持つそいつは、ボクの視線に気付いたのか向こうもこっちを見る。
目が合う。
その瞬間、全身が総毛だった。
確認も何も無い。気付いたら飛び掛っていた。
「何だぁ?」
ボクの攻撃を避けつつもあっけらかんとした声を出す。
突き上げる拳を顎先を掠める。
「誰、お前?」
答える事など無い。
ボクはこいつを叩きのめしてもう一人の、才蔵の居場所を聞き出す。
薙刀を背に反撃が無い。
それなら!
左手で相手の右手を捕らえ、右手で相手の襟を掴んでボクの体を密着させて投げ飛ばす。
「おわ」
ボクの背中から声が聞こえる。
「痛たた」
地面に叩きつけられて顔をしかめる男に馬乗りになり、首を絞める。
「おい、才蔵はどこに居る?」
「はぁ? 才蔵なら……って言える訳無いだろう!!」
男の手がボクの襟を掴み、
「うわっ!」
引き倒される。
ごん、と頭を打つが今は痛がってる場合じゃない。
ようやく見つけた手掛かり。なんとしてでも情報を聞き出す。
薙刀を構え、ボクを見据えるその目に殺気が篭る。
「で、お前は……」
何かに気付いたのか、思い出そうとしてる様にも見える。
「どっかで……あ! お前あの時の!」
思い出したのなら話が早い。
「拾った命を捨てるか?」
「やってみろ!」
ボクが踏み込むと同時に薙刀が払われる。
刹那の間合いでタイミングをずらしてボクの眼前を通り過ぎてから、更に詰め寄る。
長柄が活きない間合いの勝負。
武器を捨てればその瞬間の隙を逃さないし、持ったままなら片手だけ。
ボクが有利。
の筈だったのに。
「どうした、ハンデが片手じゃ足りなかったかな?」
言葉通り、男は左手だけでボクの攻撃を裁いている。
くそ、これじゃ、
「悪いが、やる事があるから」
今まで動かなかった薙刀が振るわれる。
しまった。気付いたときにはボクは遠く弾き飛ばされていた。
「痛……まだ」
「ほう、前より少しはマシになったか」
男はその場から動かずボクを見ている。
「まだまだ、俺達には届かないな」
その一言が、何より痛かった。
「こっちです! 速く!」
「しまった。騒ぎすぎたか」
男は身を翻して、闇に紛れていく。
「待て」
痛む体を無理矢理起こして立ち上がる。
力が入らず、地面に蹲る。
くそ、くそ……。
「大丈夫?」
心配そうに声を掛けてくれる。
悔しくて歯がゆくて顔を上げることが出来ない。