始まり
なんで……?
目の前の光景が信じられない。
ボクはなんの抵抗も出来なかった。
いつもの通りの夜……の筈だった。
師匠を相手の稽古も終わり、食事を作りながら兄弟子達を待っていると、
「斜緒奈様!」
異変を告げる風仙界の仙人が駆け込んできた。
「宝聖殿に侵入者がっ!」
それを聞いて飛び出して行く師匠達。
「あ、ちょっと」
ボクは食事を作りかけていたが、ひとまず火を止めて遅れてついていった。
宝聖殿。
ボク達の住む風仙界の政治文化の中心、『風月』
そこにある風仙界の仙具が収められている宝聖殿。
警備も当然厳しい。そこに侵入者なんて。
警備兵も一流の仙士達。それなのに、師匠を呼びに来るなんて。
胸騒ぎと期待が入り混じる胸中を抱えて後を追う。
「う」
血の匂い。
いつもは博物館としての顔の宝聖伝。
しかし、今、辺りには血に塗れた警備兵が倒れている。
思わず口元を押さえる。
微かにでも動いていれば助けを呼ぶが……。
鉄の匂いがボクをこの場から遠ざけようとする。
それに動かされて倒れている警備兵を避けて入り口に立つ。
煌く閃光。
「流石、風仙界に射緒奈あり。と謳われるだけの事はある」
「何をっ!」
師匠が二人を相手に戦っている。
入り口から一歩も入れない。
師匠の闘気と初めて見る実戦の戦慄とで体が動かなくなる。
「まだ居たのか?」
戦い中から声が聞こえた。
薙刀を持った男がボクと目が合う。
「史紀っ!」
「え」
師匠の声と男の手に持った薙刀が同時に体に届いた。
その瞬間に、風を感じ力が抜けた。
膝から地面に落ちていく体。
「余所見……したらこうなるって分かってるだろう?」
師匠の体から刃が突き出る。
「まったく、手を焼かせてくれる」
ボクの上から聞こえる声。
「仕方ないさ。相手は風仙界最強だ。二人がかりでやっとの相手だ」
「ま、そうか」
師匠は倒れたまま動かない。
それでも目に映る光景。
師匠の周りにも何人も倒れている。
彼らは誰一人、動くことはない。
「さて。これで」
「障害は無いな」
「ふむ。終わってみると案外簡単なものだな。才蔵」
「終わるまで気を抜くなよ比奈人」
掠れる意識の中、暗闇に消える直前の二人を睨みつける。
師匠達を避け更に奥へと向かう二人。
覚えてろよ……お前等は絶対にボクが……。
気が付いたらボクは病院のベッドの上。
体調は少し戻ったが体は動かず、警察や政府。それに兄弟子から事情を聞かれていた。
あそこで何が起こったのかは知らない。
築いたらここに居た。とそれだけを繰り返し話していた。
それから、また一月。
傷も癒えて家に戻った。
師匠から頂いた飛盾『箒星』
兄弟子が師匠の後任に付く為の手続きで留守の時、ボクは箒星を手に風仙界から飛び出した。