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最終章~LAの空の下で

この章で完結です。ここまでお付き合いいただきましてありがとうございました。

「へぇ、あいつも留学生だったんだ・・・棒高跳びか・・・・。」


LAスミス大学のグランドに10年ぶりにやってきた啓太さんは。

芝生に腰をおろすと、懐かしそうにグランドを見回し、そして懸命にトレーニングをしているソースケさんを見つけた。


この間、ここで偶然ソースケさんと出会った時の話をすると。


「そっか。スポンサーの関係で、来月には帰国か・・・でもあいつ、いい顔してるな。飛ぶのすげぇ楽しそうだ・・・飛ぶ度に、空見上げて、あいつ何やってんだ?」


自分の時の事を思い出しているのか、啓太さんは膝に肘をつき、頬づえをしながらそんなことをつぶやいた。




私は明日帰国する。


LAに来た初日にお母さんと再会し、そこへお父さんがやってきた。

お父さんから、敏さんとの婚約をもどしてほしいとLAに来る前に言われていたのだ。

もともと婚約解消は私に非があったわけではなくて。

お父さんの奥さんの妹が、敏さんのお父さんと犬猿の仲の大物代議士の息子と結婚することになったから聡さん側の信用を失い、私が婚約を破棄されたのだ。

つまりそれは、お父さんは私ではなく、奥さんを優先したという結果だった。


だけど、突然事態が変わった。

奥さんの妹の結婚相手というのも若手議員だったのだが、その相手が突然汚職で捕まったのだ。

もちろん妹は、すぐに婚約を解消した。


そして、政治ルートが一切なくなったお父さんは、困り果てた。

その上、何故か。

敏さん側も、私との復縁を希望していたらしく・・・そこで利害が合致した。


それで私に啓太さんとは婚約を解消して、敏さんと復縁しろとお父さんは言ってきたのだった。

勿論私はすぐに断った。

でもしつこく、お父さんは電話ではなく直接話そうと言ってきたが。

私は気持ちが変わることはないと言って、1日早くLAに飛んだのだった。


だけど、お父さんはよほど困っていたのだろう。

私を追って、LAまでやってきた。





部屋に入ってきたお父さんを、お母さんは罵った。

いつもしとやかだったお母さんの怒鳴り声に、お父さんは驚いたようだったが。


「お前が、俺と離婚しなければ、椿はこんな状況にはならなかったんだ!元の原因はお前じゃないかっ。」


お父さんが反撃をした。

泣きだすお母さん。

ホームズ先生が、慰めるように肩を抱いている姿を見て。

私は、心が返って静かになった。


そして。

私は、初めてお父さんに自分の気持ちを伝えた。


「違います。元の原因は、お父さんがお母さんを労わらない上に、愛人を作ったことです。」


代々家長が強い家の躾で、私は今までお父さんに口答えをしたことがなかった。

そんな私が、言った言葉にお父さんは目を見開いた。


「私は、今まで一度も、敏さんを好きだと思ったことはありませんでした。それは、どうしても敏さんを尊敬できなかったからです。いつも強引で、自分が気に入らないと手をあげる・・・何かしてもありがとうを言われたことがありません。そして、お父さんに分かりますか?そんな好きでもない人に抱かれることがどれだけ嫌か?ああ、考えたらお母さんも私とおなじでしたね・・・お父さんによく手をあげられていたのを私は見ていましたから。だから、ホームズ先生と結婚するってきいて、私はお母さんに幸せになってほしいって思ったのです。」


私の辛辣な言葉にお父さんはカッとしたらしく、私に向って手を振りかざした。


殴りたいなら殴ればいい!


だけどその手は、啓太さんに捕らえられた。


「・・・ぐぅっ、離せ!痛いっ!」


どうやら、啓太さんはお父さんの腕をつかんでいる手に、力を入れたらしい。


「痛い?何を言っているんですか?椿を殴ろうとしたくせに!今まで椿がどんなに辛くて痛い目にあったか・・・これぐらいの事で、何言っているんですかっ!?」


啓太さんの怒鳴り声と共に、お父さんの悲鳴が上がる。


ま、まずいっ。


「け、啓太さんやめてっ。砲丸投げの腕力で力を入れたら、お父さんの腕の骨がくだけるからっ!」


私の言葉に、蒼白になるお父さん。

啓太さんが、仕方がなくといった様子で、お父さんを突き放した。



「お父さん・・・10年前、決めたのは私です。だから、10年間敏さんが好きでなくても必死に頑張りました。でも、結局。お父さんは、私よりも奥さんを選んだのです。だから、私も家より、啓太さんを選びました。今更勝手なことをいわれても、私は従う気持ちはありません。私より奥さんを選んだのは、お父さんが決めたことです。ですから、もう一度はっきりと、ここでお断りさせて頂きます。今、私はとても幸せなんです。この10年間とは雲泥の差です・・・お父さんにはお父さんの家族がもうあります。冷たいようですが、お父さんが選んだ家族で、これからは力を合わせて頑張って下さい。」


何とも思っていないふりをしていたのかもしれない。

だけど、本当は。

私よりも今の奥さんを選んだお父さんに、私はうらみがましい気持ちを持っていたのかもしれない。

だから、最後にこんな冷たい言葉が出たのかもしれない・・・。

こんな冷たい私の事、啓太さんはどう思ったのだろうか・・・。

不安になったけれど、もう口から出てしまったものは取り消せないし。



気まずい沈黙の中、突然お父さんの携帯が鳴った。

啓太さんが小さい声で、来た、とつぶやいた。


何だろう・・・?


そして、着信欄を見た途端慌てて電話に出たお父さんは、みるみる顔色が悪くなっていった。

何か必死に引き留めようとしている様子だったが、一方的に電話を切られたようで。

がっくりとうなだれて、ため息をついた。



暫くして、お父さんは疲れた表情で、私を見つめた。


「千田先生の方から、敏さんとのことはもういいと言ってきた。お前に幸せになってくれと、伝言を受けた。」


どういうことだろうか。

よくわからないけれど、とにかく敏さんとの話はなくなったということらしい。


正直、ホッとした。


お父さんは、力なくもう一度ため息をつくと。


「椿・・・色々辛い目にあわせて悪かったな・・・今更だが・・・幸せになってくれ。」


そういって、出口へ向かって歩き出した。


何だかやりきれない気持ちになったけれど。

だけど、かける言葉も見つからなくて・・・。

私は喉がひくついた。


だけど、その時。


「あなた――」


お母さんがお父さんを、呼びとめた。

お父さんは無言で振り向く。


「もう・・・お目にかかることもないでしょうが、どうか・・・お元気で。」


そう言って、綺麗に頭を下げた。

それは昔の、しとやかなお母さんだった。


一瞬、お父さんは顔を歪めて、ひとつ質問していいか?と言った。

お母さんが、はい、と答えると。


「お前は、俺のことを好きだと思ったことは一度もなかったか?」


お父さんの質問に、私は心が震えた。

結局、そこだったんだ。

小さいころからの飲み込めない苦い思い・・・それは、私は両親が愛し合って出来た子供ではないということを、肌で感じていたからだ。


義務でできた子供。

義務でできたのに、義務を果たせない女で生れてしまったこと――

それが、ずっと――


だけど、次のお母さんの言葉で私は自分の思い違いを知った。


「・・・うまく言えませんが・・・嫁いですぐの頃、冬でした・・・私達の部屋に面した庭に雪がつもって・・・そこに椿が沢山咲いていて・・・それは、とても綺麗で・・・あなたも笑いながら綺麗だな、こんなに寒いのに椿は辛抱してあでやかに咲く・・・うちの家は大変だろうが、お前もこんな椿のようになってくれって・・・あの時の気持ちは今でも忘れていません。」


そうじゃなかったんだ。

私は、思い違いをしていただけだった。


お父さんが、私を見た。


「お前が、生れた子に椿って名前をつけたいと言った時、俺もその時の事を思い出した・・・そうか・・・・分かった・・・ユリ、椿を産んでくれてありがとう。今更だけどな・・・お前も元気で・・・。椿も、幸せになれ。」


お父さんは、そう言って部屋を出て行った。




結局、人の心は、表面だけでは分からなくて。

きちんと、気持ちを伝えなければ、ずっと思い違いをしたままなんだ・・・。





それから、3回ほどお母さんの家を訪ねて、久しぶりにお母さんの手料理を食べて。

10年間満たされなかったものが、一気に心の中に溢れかえった。


幸せだ。

隣には、啓太さんがいて。

本当に、私は幸せだ。



「啓太さん。」


「ん?」


「ありがとう。」


「え、何だよ、急に。」


「私と出会ってくれてありがとう。私のそばにいてくれてありがとう。私を愛してくれてありがとう。」


きちんと気持ちを伝えたかった。

啓太さんを見ると、一瞬キョトンとした表情をしたが。

すぐに笑顔になって。


「俺の方こそ。ありがとうな?スランプをすくってくれた。」


「えー、それ昔の話じゃない!」


私が口を尖らせると。

啓太さんは首を横にふった。


「違う、人生のスランプを救ってくれたんだ。椿がいなかったら、俺ずっとこんな幸せな気持ちになれなかったぞ。」


「ふふ・・・私も。ね、啓太さん・・・私、不思議なんだけど・・・今ここの空を見上げる気持ち、前と随分違うの。」


「え?」


「何かね?上手く言えないけど・・・今、空を見上げても、未来の幸せが見えるとか・・・そんなふうに思えなくって・・・でもそれって、今が幸せだからかな?ただ、今日もいい天気だなー、こうやって芝生の上でごろごろするのいいなー、って・・・それで、幸せって・・・あはは、これって平凡?」


うまくまとまらない考えを啓太さんに伝えると、啓太さんはじっと私を見つめた。


「平凡こそが幸せって思える幸せが、一番なんじゃないか?」


啓太さんの言葉が、胸をついた。

確かに、好きな人がただ横にいる日常が、平凡というなら・・・それが幸せなのだ。


「そうだね?うん、なら・・・この気持ち、忘れないようにしよう。」


「ああ。」


そう言うと2人で見つめあって、どちらからともなくそっと手をつないだ。


「そう言えば、びっくりだった。まさか志磨さんが、敏さんのお父さんを知っていたなんて・・・そう言えば、前、敏さんのお父さんの事務所へ文句言いに行くって言ってくれたけど、知り合いだったからなんだ。」


「知り合いっていうか・・・な?」


「え?」


口ごもる啓太さんに私は、首をかしげた。

啓太さんは少し考えてからため息をつくと、真剣な目を私に向けた。


「いいか?引くなよ?・・・業界じゃ少ないことじゃないからな・・・・。」


そう言って話してくれたのは、枕営業という嫌な話だった。

昔駆け出しの頃、志磨さんが所属していた事務所で、強要されて仕事のために色々な人と体の関係を持ったという話だった。

酷い・・・と言う私に、啓太さんはそれでもそれをやると決めたのは志磨さんだと言った。

事務所を辞めることだってできた、だけど仕事をとることを選んだのは志磨さんだと。


その時に、関係をもったうちの1人が敏さんのお父さんで。

お父さんの弱みを志磨さんは握っているらしい。

それをほのめかして、私を諦めるように志磨さんが敏さんのお父さんに連絡をしてくれたそうだ。

もちろん、バスルームにこもって啓太さんが志磨さんに話をした後で。

ちなみに、志磨さんは、シェリルの支配人もよく知っているようで。

いきなり、啓太さんが私の部屋に入ってこられたのも、志摩さんが私の部屋のキーを啓太さんに渡してくれと支配人に頼んでくれたからで。


志磨さんって、すごい・・・。

なんか、今までのネガティブな出来事だって、志摩さん自身の力に変えてしまっている。

本当に、すごい女性だ。



「でも、その・・・敏さんのお父さんの弱みって・・・何なんだろう・・・リーダーシップがあって、男らしくてあんまりそういうのなさそうな人なのに。」


本当に、思い当たらない。


「じゃあ、志磨さんに聞いてみたらどうだ?・・・多分、自分の昔の事、椿に知られて・・・椿が引いたんじゃないかって思っているぞ?」


「えっ、そんなこと全然ないっ。」


「メールずっとないだろ?多分、椿からくるの待ってるぞ・・・案外あれで、気が小さいんだよ、志磨さん。」


「でも、何て・・・メールしたら。全然気にしてません、なんて送ったら、ダメだろうし。」


「普通でいいだろ?聞きたいこと聞けば。改まると、変に勘繰るぞ?」


そういえばこの間も私が送ったメールですぐ、私の気持ちがわかったみたいだし。

下手な小細工はしない方がいいのかも。

私は、敏さんのお父さんの弱点が何だったのかという質問だけのメールにした。


メールを送って、私はまた、空を見上げた。

本当に、いいお天気だ。

降り注ぐ太陽の光がここちよくて、目を閉じると。



チュッ。



いきなり、啓太さんにキスをされた。


驚いて目をあけると。

悪戯っぽい顔で、啓太さんが私を見つめていた。



「ふ、夢がかなった、ぞ。」


「え?」


「前に言っただろ?俺の夢は、今度LAの空の下で、椿とキスをすることだって。場所も、気持ちも・・・今だと思ったから、したんだ。」


「・・・夢にしては、何か・・・平凡すぎない?」


「さっき、いったろ?平凡が幸せなんだって。」


「あ、そうか・・・確かに、私・・・今幸せだ・・・。」


啓太さんの言葉にそのまま同意すると、啓太さんは物凄く嬉しそうな顔でほほ笑んだ。


だから、私も嬉しくて――



そこで、メール着信を知らせるメロディが流れた。

このメロディは、昨日啓太さんに変えてもらったもの。

前のメロディは、勝手に敏さんが決めたアイドルグループの曲で、いいかげん変えたいと思っていたのだ。


今度の曲は、いい曲だけど、知らない曲。

でも、啓太さんがどうしてもこの曲がいいって言って設定したから。

ちょっと、気になる。



メールは、志磨さんからだった。

志麻さんの回答を啓太さんが待ちきれないという感じで、私から携帯をとった。


私はメールボックスを開いている、啓太さんに尋ねた。



「この曲、いい曲だけど・・・何て言う曲なの?」


メールを読んだらしい啓太さんは、突然噴き出した。


「し、志磨さん、すげぇなっ・・・あはははは・・・・。」


お腹をかかえて笑っている。

でも、私は敏さんのお父さんのことよりも、この曲の方が気になって。


「ねぇ、なんていう曲なの?」


笑い転げる啓太さんにしつこく問いただす。

啓太さんは、息も絶え絶えで。


ようやく答えた。




「ククッ・・・ス、『スカイブルー』!!」







【完】






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