5、強い心
「お母さん、もう・・・昔のことはいいよ。結果、敏さんと別れたけど・・・こうして啓太さんと出会えて・・・啓太さんとは運命だと私思っているの・・・今、仕事も楽しくてすごく幸せなの・・・今日、LAスミス大学へ行ったのは、あそこが今の私の原点だから。ちゃんと、今を見つめたくて・・・私、お母さんのこと怨んでなんかいない。あの時だって、今まで幸せじゃなかったお母さんに、幸せになってもらいたくて、私が決めたことなの・・・だから、そんな顔しないで。幸せそうに笑ってくれたら・・・私の10年間は報われるの・・・。」
私の気持ちを素直に伝えると、お母さんは泣き崩れた。
そして。
「ごめんね・・・ありがとう・・・。」
嗚咽交じりに、そう言ってくれた。
私はホッとして、今度こそ紅茶をいれようと啓太さんの腕から出ようとしたのだけれど。
「・・・椿が、暴力を振るわれていたなんて、そこまで酷いやつだったなんて・・・許さない・・・。」
初めて聞く、啓太さんの低い声に私は驚いて振り返った。
「いや、もう・・・昔の話だし・・・暴力っていっても・・・顔を平手で叩かれたとかだ――
「ああっ!?・・・絶対に許さない・・・。」
いや、もう敏さんとはとっくに終わったことなんだけど・・・私の中では。
とりあえず紅茶でも淹れるからと、何とか啓太さんの腕から解放してもらえたのだけれど・・・。
啓太さんは電話を持って、何故かバスルームへ行ってしまった。
まぁ、啓太さんはおいておいて。
お母さんと、ホームズ先生・・・そして、無視され続けているソースケさんに紅茶を勧めた。
「はあ・・・あてがハズれた。婚約者って、奥さんから聞いていた酷いやつだとばかり思っていたから・・・椿ちゃんの事を簡単に奪えると思ったんだけど・・・あの人じゃ、勝ち目ないなー。」
とソースケさんが明らかにがっかりとした様子で、そう言った。
「ええっ、奪うって・・・!?」
私が驚いていると。
「そうなの・・・ソースケさんは、とてもいい青年だから、あなたが婚約していた人からあなたを奪ってもらおうと思っていたのよ・・・実は。」
お母さんが、気まずそうにそう言った。
私は、ため息をついた。
だから、それがダメなんだ。
そう思い、お母さんをじっと見据えた。
「お母さん・・・結局私は、子供とはいえ・・・自分の人生は自分で決めたの。婚約者だった敏さんがどうしても好きになれなくても、結婚して支えて行こうと私は思ってた。でも、色々あって、敏さんと婚約が解消になって・・・それは私のせいではないけれど・・・でもその時に思ったの・・・このままの自分じゃ駄目だって・・・だから新しいことにチャレンジしようって・・・そう決めたのも私。それで、そのチャレンジはあんまり上手くいかなかったけれど、啓太さんと再会して・・・啓太さんのことを好きになって、周りの人もとてもいい人で・・・今、とても幸せなの・・・今の自分は、自分で選んだ道なの。さっき、ラウンジで私が電話で話した相手って、志摩さんっていう女性で、私が勤める事務所の人なんだけど、すごく強い人なの。人一倍努力していて、実力もあって・・・だからとても厳しいことも言うし、辛辣なのだけれど・・・全部自分の道は自分で決めている人なの。今、私の目標はその人・・・志磨さんみたいに、強い人になりたいって・・・強い心を持ちたいって思っているの。だから、お母さん!」
私はそこで一旦言葉を切り、お母さんを強く見つめた。
そして。
「お母さんも強くなって!私の事を人任せにしないで!人にしてもらおうなんて思わないで!自分の意思で幸せを選んで!こんなに愛してくれているホームズ先生の気持ちに向き合って!お母さんの幸せがどこにあるか、それに気がついて!」
結局、お父さんとの生活に耐えられなくて、愛する人を選んだのに。
この10年、お母さんは後悔と罪悪感で幸せを見逃していたのだ。
そんなこと、私が望んだお母さんの生活ではないのだ。
私の気持ちが伝わったのか、お母さんは泣きながら何度も頷いた。
「カミー、君は・・・強い、素敵なレディに成長したね・・・。」
ホームズ先生は、涙を流しながら私にほほ笑んでくれた。
そして。
何故かソースケさんも目に涙をためて、鼻をすすっていた・・・。
「え、ソースケさん!?どうしたんですか?」
「いや・・・何て言うか・・・部外者だけど・・・胸が、ジン、としちゃってさ・・・・ううっ・・・・グスッ・・。」
もらい泣き!?
本当に、ソースケさんって人が良いんだ・・・。
何か、ホームズ先生と似てる・・・。
あ、だからお母さんも私のことをソースケさんに・・・って思ったんだね。
ただ、人任せじゃなかったんだ・・・。
「さて、と・・・時間も時間だから・・・皆で食事でもしないか?」
お母さんと、ソースケさんの涙がおさまった頃・・・ホームズ先生がニコニコと笑いながら、そう提案した。
お母さんが嬉しそうに、私にいい?と尋ねてきたから、頷きかけたけれど。
まだバスルームで電話をしているらしい啓太さんを思い出した。
「啓太さんに、聞いてみます。」
そう言って立ち上がったら、突然私の携帯が鳴った。
この音は、電話着信だ。
着信欄をみると、相手は・・・お父さんだった。
鳴り続ける着信音。
私はどうすることもできず、電話をもったまま固まっていたが。
バスルームから啓太さんが出てきて、私の手からなり続けている携帯を奪うと、勝手にでてしまった。
「はい・・・・・・・そうです、椿の携帯です・・・・・・はい、木村です・・・・・・・・はい、目の前におりますが・・・・・・・いや、今はかわれません・・・・・・いや、椿が今電話に出たくない様子ですので・・・・・・・え・・・・・そうなんですか?・・・・・・・・ご用件は?・・・・・・・・・・・・・・はい、では、お話しを伺います。ホテルシェリルウエストの1309号室です・・・・・はい、分かりました。」
啓太さんは話し終えたらしく、携帯を置くと。
「椿のお父さんが、椿を追ってLAに来ている。どうしても話がしたいそうだ。丁度いい機会だと思う。俺も言いたいことがあるし、きっちり話したいから。40分くらいでここへ来るそうだ。」
ええっ!?
お父さんが、ここへ来る?
「ちょ、ちょっと・・・啓太さん!?そんな勝手に・・・。」
焦る私に啓太さんは、ニヤリと笑って見せた。
う・・・。
これって、物凄く。
腹黒い事を考えている時の顔だ・・・。
「別に、何も怖がることはないさ。俺には椿を絶対に離さないって強い気持ちがあるから、全く問題ないだろ?」
何か、この顔って・・・どことなく、志摩さんに通じるものがあるって思うのは、勘違いだろうか・・・。