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1、10年ぶり

『スカイブルー』の続編、椿サイドです。そんなに長いお話ではありませんが、よろしくお願い致します<(_ _)>

10年前と、そこはあまり変っていないというのが、正直な感想だった。

それは、この空の色があの時のままの色だからだろうか。


違うと言えば、グランドでトレーニングをしているのが、砲丸投げの選手ではなくて、棒高跳びの選手で・・・どうやら彼も東洋人らしいけれど、啓太さんではもちろんなくて。


でも、何となく。

その人は、当時の啓太さんを思い出させるようなひたむきさがあって、私はつい足をとめて芝生の上に腰を下ろした。

丁度喉も渇いていたし、ついさっき自販機で買ったコーラを飲もうと蓋を開けた――



10年ぶりに訪れたLAスミス大学。

啓太さんが長期出張でLAに来て、はや2ヶ月。

約束通り、啓太さんに会いに来たのだけれど。

啓太さんに、実は内緒で1日予定より早く来てしまった。


一昨日、急に父から連絡があり・・・今更なのだが、父からの無茶な話しを避けたくて・・・。

そして、忙しい啓太さんに気を遣わせたくなくて・・・。

まあ、気を遣わせたくないという理由もそうだが、この10年で起きた色々な事に対して心の整理をつけたくて。


色々な気持ちが混同して――


だから、原点に1人で立ちたかったのだ。

そう、私にとっては此処が原点。


啓太さんと出会い、一緒に見上げた『青』は、私の心にパワーをあたえ、幸せな未来を見せてくれた。

あれから、どんな事があってもLAの空が私の心を支えてくれたから・・・今の幸せがあるのだ。

そんな風に思えるようになったのは、やっぱり、啓太さんのおかげなのだけれど。


だから私は、どんなことがあっても。

今度は自分の気持ちに忠実でいようと決めている・・・。




「あの・・・失礼ですけど・・・もしかして、日本の方ですか?」


LAの空の青を見上げ、今までの事を考え込んでいた私は、突然日本語で話しかけられた。

突然ということと、すぐ真後ろから声がかけられたという事もあり。


「えっ!?・・・きゃあぁっ!」


私は驚いて、上体をそらして空を見上げていた体勢を思いっきり崩してしまい。

つまりは、後ろへひっくり返る事になったのだけれど。


「あっぶねぇ・・・。」


すぐ後ろにいたその人が、瞬時に抱きとめてくれたらしく、私はひっくり返るのを免れた。


「ああっ、ご、ごめんなさいっ。」


故意にではないとはいえ、抱きかかえられる体勢になってしまって思わず焦り、振り向いて頭を下げた。

その途端、持っていたペットボトルが傾き、その人の上着に思いっきり中身がかかった。

まだ買ってから一口も飲んでいない、コーラが・・・。


「ああっ、す、すみませんっ。」


ハンカチを取り出し、慌てて拭こうとしたけれど。

ペットボトルをまだ持ったままだったことを忘れていて、更にその人にコーラを浴びせる事に・・・。

焦りまくる私に。


「わかった、わかったから!ちょっと落ち着こう!別に、コーラがかかったって、死にはしないから。それに、これジャージだから、着替えもあるし、洗濯すれば平気だから。それより、まず落ち着いて、とりあえず被害をここでくいとめるようにしよう!」


もっともで、あまりにも的確な意見に、私は動きを止めた。

すると、その人はクスクス笑いながら、私の手からペットボトルを奪い、3分の1位にへってしまったコーラを一気飲みした。


唖然とする私に。


「よし!これでコーラ被害を受ける事はなくなったな?」


と至極真面目田顔で言うので。


「あ、ありがとう・・・・ござい、ます?」


と、お礼を言いかけたのだが、途中でこれはお礼を言うべきなのか、謝るべきなのか、いや私のコーラを勝手に飲まれたから怒るべきなのかわからなくなって、思わず疑問形になってしまい。


「ぶっ。」


と、噴き出された。


えーと。

やっぱり、私、変だったんだよね?

どう対応していいのか分からず、固まっていると。


「コーラをいきなりかけたお詫びに、俺にコーヒーおごってくれない?」


と、突然その人が言い出した。


「あの・・・。」


どう返していいかわからず口ごもると。


「俺、こっちに留学して3ヶ月なんだけど、勿論ここでは英語だからさ、日本語滅茶苦茶恋しくて。ちょっと、俺の話し相手になってよ。」


その言葉に、さっきこの人がひたむきに棒高跳びのトレーニングをしていた姿を思い出した。

何となく、スランプだったと言った啓太さんの当時の姿とダブり、私は頷いていた。





大学内の、セルフサービスのカフェで彼にはアイスコーヒーを、そして私はコーラLサイズを注文した。

彼は、コーラ飲めなかったもんなー、と笑ったが。

何故かおごるはずの私にお金を出させず、支払いをしてくれた。


「あ、あのっ・・・。」


慌てる私に、彼は。


「女の子におごらせるわけないだろ?単に日本語で話がしたかったんだよ。」


そう言って、アイスコーヒーとコーラをトレーにのせ、空いている席に向かった。




彼が座った席の向かいに、私も礼を言って座った。

オープンカフェなので、空の下だ。

空の青が素晴らしくて、また見上げる。


「また、見てる・・・空か?」


「え?」


「さっきも・・・芝生に座って、空見てただろ?コーラも飲まないで。」


その言葉に見られていたのだと、少し気恥ずかしくなった。

きっと、変な女だと思われたのだろう・・・。


「今日ここには、空を見に来たので・・・。」


上手く説明できず中途半端な言い方になってしまったので、言い方を間違えたかもと思ったが。


「空?・・・え、ここの学生じゃないのか?」


上手い具合に話がそれた。


「ええ、旅行です。ここに来たのは10年ぶりで・・・ここには思い出があって・・・。」


「10年前って、子供の頃?」


「はい、小学生の頃2年ほどこの近くに住んでいたんです。それで、あなたと同じように日本人留学生でトレーニングをしていた人と知り合いになって・・・空の話をしたんです。」


私の言葉に、少し驚いたような表情をしたが。


「・・・空の・・・どんな、話?」


興味をもったようだ。

私は、もう一度空を仰いだ。


「LAの空は特別。この青は日本の空の青と違って・・・何か、力が湧いてくるって・・・そんな話。」


私がそう言うと、目の前の彼も空を仰いだ。

そして。


「確かに・・・本当だ。青が全然違うな・・・すげぇ、突き抜けた色・・・はっ、今まで俺、全然っ・・・気がつかなかったわ。」


今度は私が驚いた。


「ええっ、あなた・・・空に向かって飛んでいたのに、気がつかなかったの?」


「空・・・に向かって・・・飛んで、いた?」


「え、ええ・・・私にはそう見えたけど?気持ちよさそうだなって・・・違うの?」


私の何気ない言葉に、彼は考え込むように黙り込んだ。


人、それぞれ色々なものがある。

抱えているものも、あるはずだ。


私は、黙り込んでしまった彼に敢えて話しかける事もなく。

ただ、10年ぶりの空をまた見上げた――





「ハイ、ソースケ。」


穏やかな英語が聞こえた。

振り返ると――


「あ、ドクターホームズも、ティータイムですか?」


目の前の彼はソースケさんという名前らしい。

そして、ソースケさんに話しかけたのは・・・。

10年たっても変らない、アニメのキャラクターのようなもじゃもじゃ髭の親しみやすい笑顔の――ホームズ先生だった。


「いや、もう帰るんだけどね?奥さんに、アップルパイを買って帰ろうと思ってね?うちの奥さんアップルパイ好きだから。」


突然ホームズ先生の口から出た、言葉・・・。

そういえば、お母さん・・・グランドヒロセ銀座のアップルパイが好きだった・・・。

よくお母さんとグランドヒロセ銀座のラウンジで、アップルパイを食べたっけ。


「へえ、奥さんアップルパイが好きなんですか?じゃあ、今度うかがうときはアップルパイを手土産にしますよ・・・・あ、この先生の奥さん日本人なんだ。うちが近所でよくご飯ごちそうになるんだよ。」


「へえ・・・そうなんだ・・・。」


上手く話せているだろうか。

お母さんとは、私が日本に帰ってから一度も会っていない。

何度か手紙を出したが、一度も返事が返ってこなかった。

悲しかったけれど、でもそれは・・・お母さんが日本での事を忘れたいからなのだろうと思った。

それ以来、連絡する事を止めて・・・10年がたった。


お母さんは、ホームズ先生に大切にされているようだ。

きっと、幸せなのだろう。

偶然とはいえ、それを知ることができて良かった・・・。


「ソースケ、こちらは君のガールフレンド?とても可愛いね。」


ホームズ先生が相変わらずの人懐っこい笑顔を、私に向けてきた。

その笑顔で、今もお母さんを癒してくれているのだろう。

笑顔を見ながらそんな事を考えていたものだから、会話の内容なんて聞いていなくて。


「いや、まだ知り合ったばかりで、これから口説こうと思っているんですけど。」


と、突然のとんでもない言葉に仰天した。


「ええっ!?く、口説くって・・・あのっ、私婚約者がいますからっ!」


冗談じゃないっ。

私には啓太さんがいるのに。


「えっ、そうなのか!?」


ソースケさんがあからさまにがっかりした顔を見せた。

ホームズ先生はそんなソースケさんを見て笑い。


「振られちゃったねー。じゃあソースケ、今日はハートブレイクだから、奥さんの料理を食べさせてあげるよー。日本食食べたら元気になるよー。」


と、夕飯にソースケさんを誘った。

すると、ソースケさんは私を見て。


「君も行かないか?ホームズ先生の奥さんの料理すごく、旨いぞ?」


なんて突然誘ってきた。

深い意味なんてないのだろうけれど。

私は、今更会えるわけもなく、首を横に振り立ちあがった。


「そろそろ、行きますね?コーラごちそうさまでした。それから、汚してしまってごめんなさい。」


そう言って頭を下げ、ホームズ先生にも頭を下げた。

そして、立ち去ろうとした時。


「ねぇ、君!名まえは?」


突然、ホームズ先生に尋ねられた。

ホームズ先生は私が誰だが気がついていない。

そりゃあそうだ、あの頃はまだ私は小学生で髪も長くて、今は背も伸びてショートカットになり、お化粧もしているから随分とイメージが変わっている。

だけど当然、本当の名まえを言えるわけもなく。


「・・・・木村です。」


まだ籍は入れていないけれど、もうすぐ変る性を名乗っておいた。

もう一度頭を下げて、歩きだした私にソースケさんが。


「俺、野田ソースケって言うんだ!またな!」


そんな声をかけて来た。





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